シッカリ手を繋いでね
黒髪に少し赤みがかった目の少年が、人の間をすり抜けて走ってく。
「お待ちください! お待ちくださいって、殿下ー!!」
その後を焦げ茶の髪と瞳を持つ青年が、必死で追いかけてる。転びそうになった黒髪の少年を受け止め、軽々と抱き上げた男性が少年を窘めた。
「オニキス。お前、今日が何の日か分かってて逃げてんのか?」
「分かってる! けど、けど」
「薬が苦いか」
「父上!!」
少年はわが意を得たりと男性の首にしがみつく。
「た、助かりました、殿下」
「フロー。お前、マローに苦くない薬の作り方を教わったんじゃなかったか?」
「無論です。王太子妃様直伝のお薬を教わっております」
「なら、なんでオニキスが逃げてんだよ?」
「畏れながら、ラッチェ様が成分的に足した方が良いと仰って、苦瓜の汁を」
「ラッチェか……」
黒髪を頭の後ろに結い上げた女性が、男性からヒョイと息子を取り上げた。
「マロー」
「殿下。準備は済んだの?」
「ああ、あとは俺が行けばいいだけだ」
「で、オニキスの準備は?」
「母様。フローの薬、苦いんだよ」
「聞いてたよ。フロー、あなたね、まだラッチェの言うことを鵜呑みにしてるの? あの人は面白ければ、それで良い人じゃない」
フローは心外だと言いたそうに王太子妃を見つめる。
「ですが、ラッチェ様は賢者の称号をお持ちの——」
「悪戯大好きなおじさんね」
「!!」
ルーガがクスクスと笑った。
「お前にかかっちゃ、ラッチェも形無しだよな」
「だってそうじゃない。わざと苦くさせてるんだから。ラッチェはフローが必死でオニキスを追いかけるのが楽しいんだよ。オニキスには、母様が薬をあげる。だから、お父様の戴冠式は大人しく見てようね?」
少年は母親の首に腕を回し、甘えたように笑う。
「……マ、マロー様、それでは、私の薬師としての役目が」
「逃げられてるんじゃ、仕方ないよね」
「ねー!」
息子と笑い合ったマローは、側付きのフローに息子を渡すと、ドレスのポケットを探って粉薬の包みを出した。
「これをジュースで割って飲ませて。薬を飲ませるのは、微熱があるからなんでしょ?」
「おっしゃる通りです。……承知致しました」
「ラッチェの事は、マーゴに文句を言っとく」
「えええ! 夫人にですか? そ、それは——」
オニキス少年が面白そうに笑った。
「マーゴは、母上より怖いよね」
「そうなの?」
「だって、僕に教えてくれたよ。お城くらい爆発させられる大きな爆弾を作ってるって!」
ルーガが苦笑して息子の頭を撫でた。
「相変わらず物騒な物を作ってるな。そんなもの、使わなくて済むのが一番だろ」
「作ってるって言ってたの、マーゴじゃないけどね」
「ほー。誰だ?」
「ルル」
「ああ、ラッチェの小さな魔法使いか」
そこに灰色髪でガタイのいい男性がやって来た。圧が強いので、周りが避けている。
「ルーガ殿下、探しました。そろそろ会場へ参りませんと」
「ああ、すまない。ゼン」
「マロー様におかれましても、ヴィオラが探しておりました」
「え、本当。ごめんね」
慌てるマローの腕を引いたルーガは、ニコッと笑ってから彼女の頬へキスをする。
「後で会場でな」
「了解」
微笑んだマローは、自分の側付きを探しに行った。
フローが小さく文句を言う。
「どうして、王族の皆さんは、すぐに側付きを巻いて居なくなるんですかね?」
「ウザいから!」
「オニキス殿下……」
ルーガが軽くウケたので、オニキスは機嫌が良い。
「じゃあ、お前も会場でな、オニキス」
「はい」
大広間には厳粛な空気が漂っていた。中央に設えた両陛下の席には、白髪の増えたジェット陛下とスーノン妃殿下が座っている。静かに奏でられた音楽の中、ジェット陛下が立ち上がって宣言した。
「集まってもらって感謝する。今日、私は王を退く。本日より、クーネル王国の王は、我が息子、ルーガ・クーネルへ移行する。ルーガ、前に」
陛下の前に膝まづいたルーガに、ジェットは自分の頭から外した王冠を乗せ、彼を立たせると自分が膝まづいた。会場から盛大な拍手が起こり新王の誕生を祝う音楽が流れ出す。
国王になったルーガに招かれ、マローが王妃殿下の前で膝を折ると、妃殿下が自分のティアラをマローの頭へ移し、膝を追って彼女の手を取った。微笑み合ったスーノン妃とマローが手を離すと、ルーガが一歩前に出て王として初めての言葉を発する。
「私は国に住まう全ての者たちの平和と安寧の為に尽力する。一緒に良き国を作ってゆこう」
彼は会場からおこった拍手に応えて、小さく手を振った。王妃になったマローは、隣に立つ黒髪のルーガ王を少し遠い目で見つめる。
「マロー。次は国民に挨拶だ。行こうか」
彼が差し出す手を掴んでマローが微笑むと、彼女の手をシッカリ掴んだ国王が小さく笑った。
「知ってたか、マロー」
「何をですか?」
「俺がお前を妻にするって決めたのは、お前が俺の腕を掴んだからなんだぜ?」
「私が陛下の腕を?」
「ああ。お前は、いつだって、他の誰でもない。俺の手を掴んでたろ」
……そう、だったかな?
ルーガ国王陛下は、隣に立つマローに微笑む。
「俺の手を離すなよ?」
繋がれた手を見つめた彼女は、満面に笑みを浮かべた。
「離しませんよ。死が二人を分かつとも——ね!」
「それはそれで、怖いな」
「諦めなさい。私からは逃げられないから」
「とっくに……観念してるけどな。さて、行こうか」
彼は彼女の手を引いて、ゆっくり歩き出した。
彼が賢王と呼ばれるのは、もう少し後のことである。
読んで下さって有難うございました。ブックマークやいいね、読んでもらってるんだって思うとお話を作る元気がもらえました(^ ^)本当に感謝です。遊んでもらってる感じが嬉しかったです!!
——この後は一人反省会。
また、何か書いたら遊んで下さいね!
誤字脱字、教えて頂いて有難う^o^




