熱ありますね?
曲が終わる頃、ホールの出入り口が少し騒めいた。
「……なにかな?」
「客が来たんだよ」
「お客さん?」
殿下がクルッと私を回して距離を広げ、少し屈んで胸に手を当てて紳士の挨拶をした。私も慌ててスカートを摘んで膝を折る。手を離した王子は、私の側によって軽く手を掴んで中央から離脱してく。
「今日の催しには、隣国からも何人か出席してる。あれは、トランス王国の貴族じゃなかったかな」
「……へぇ。さすが王太子殿下の生誕パーティーだね」
彼は私の手を離して、小さく息をつく。
「挨拶に行く。後ろについてろ」
「分かりました……殿下、本当に体調は悪くないですか?」
さっき掴んだ手も熱かった気がする。
目も少し潤んでるように思えるし。
「会場が暑いんだ」
「……少し風に当たれるといいんだけどな」
「主催だから仕方ない。とりあえず、挨拶しとかないと親父にどやされる」
王子の後ろに控えながら、そのお客さんという人を見て、なるほどって思った。
——これは女性が騒つくね。
たっぷりの銀髪、薄い、薄い緑の瞳。ほっそりと背も高く、一言でいって麗人。人間離れした美貌の青年が、微笑みを浮かべて王太子を見つめた。彼が着ていると、真っ黒な夜会服がキラキラして見える不思議。
「ルーガ王太子殿下。十二歳のお誕生日、おめでとうございます」
「ありがとうございます。ジェラルド伯爵」
「こちらに寄せてもらうのは二度目ですが、相変わらず美しい国ですね」
「褒めてもらえて嬉しいです。休暇を兼ねた外遊だって聞いていますので、存分に英気を養ってお帰り下さい」
むろん王太子は子供だから、男性の胸まで背丈がない。それでも、ジェラルド伯爵は丁寧に殿下と接して、握手も欠かさない。美貌の青年と美少年の絵面は眼福よね。会場から女性達の溜息が聞こえてくる。
——と。
殿下の体が軽く揺れた気がした。
この子、やっぱり無理してる。
私は挨拶を終えた殿下の腕を軽く支えて、人目が避けられそうな場所を探す。
「殿下。あそこからテラスに出られますね?」
「……ああ、出られるけど?」
「行きますよ」
ジェラルド伯爵と両陛下が挨拶しているので、会場の視線はそちらに移ってる。私は殿下の腕を引いてテラスに逃れ、少し影になった部分でしゃがんだ。
「マロー?」
殿下の額に手を当てると、やっぱり少し熱い。
汗ばんできてるから、水分を取った方が良さそうだけど。
「熱あるじゃない」
私はしゃがんだままで王子を少し睨む。
小さく唇を突き出した殿下は、拗ねたように言った。
「俺の為のパーティーを抜けるわけにいかないだろ」
「倒れるよりはマシだと思うけど?」
「もう少ししたら終わる。未成年は先に引き上げるから、それまで黙ってろよ」
「——口を大きく開けてみて」
彼はしぶしぶと口を開く。
指を弾いて光を作ると、赤く炎症を起こしてる喉が見えた。
「喉が痛かったでしょ? ちゃんと言ってよ」
「言ったって寝てるわけにいかなかったし」
「薬くらい処方できた」
「喉が痛いと思ったのは、パーティーが始まってからだったんだよ」
私は彼の両耳の下に手を当てて、治癒魔法を発動させた。
——殿下は喉が弱いんだよね。いつも、そこから風邪をひく。
淡いオレンジの光が王子を包むと、彼はふぅっと息をついた。
苦しかったのかもしれないな。
私はしゃがんだまま、彼の目をマジっと見た。
少し潤んだ黒曜石の瞳が、困ったように私を見返す。
「無理はしないで。私にはパーティーより、あなたが大事」
彼は何度も目を瞬き、小さく唇を噛んでから目を伏せた。
額に手を置くと軽く身を引かれてしまったけど、熱は下がったみたい。
「うん。少しの間はこれで我慢して。部屋に戻ったらお薬を出します」
「……マロー」
「はい?」
ルーガ王子は少し赤い顔で小さく言った。
「楽になった。ありがと」
——キュンッてきた。
抱きしめたいのを堪えて、私は彼の頭にポンッと軽く手を置く。
「どう致しまして」
素直になってるってことは、だいぶん体が辛かったってことだろう。
王太子って立場も大変だなって、改めて思った。
「会場に戻ったら、何か飲みましょう。水分を取った方がいいから」