お婆ちゃんの贈り物
翌朝の殿下は私が起き出してもクークー寝てた。
そうだろうな。
持ってる睡眠薬で、一番強いのを飲ませたからね。
怠そうに目を覚ましたのは、ゼンやヴィオラちゃんと食事を終えた後だった。
濃い紅茶と取り置きのサンドイッチを出すと、無言で食べてる。
少し不機嫌——かな?
「殿下。よく眠れました?」
「……お前さ。ああいうのは、薬を出したっていうんじゃなく、一服盛ったっていうんだぞ」
まあ、そうとも言うか。
私は夕食時の殿下の飲み物に薬を入れたんだから。
「飲み忘れないようにと思いまして」
「……もしかして、アレ、怒ったのか?」
「怒ってないですけど」
——まあ、私はたっぷり殿下の寝顔を堪能したからご機嫌だけどね。
可愛いんだよね。
寝顔は。
今も、昔も。
「殿下こそ、怒ってる?」
「……別に」
剥れた顔してるな。
私は彼の前髪をそっと退けて、軽く唇をつけた。
殿下の顔がみるみる赤くなってく。
「そんなので誤魔化す?」
「殿下。プレゼントは貰う前に開けちゃダメだからね」
あ、耳まで赤くなった。
「………分かったよ」
☆
お婆ちゃんのお墓は、村の人達が綺麗に手を入れててくれた。
もう、感謝しかないなぁ。
「いや、これくらいはさせて貰うさ。マローのお陰で、あの冬は一人の餓死者も出さなかったんだから」
「そうさ、あの後な、貰えたお金で村の果樹園に苗木が増やせたしな」
「マロー姉ちゃん、大っきくなっても男の格好してんのか? 嫁に行けねーぞ」
みんな元気で良かったな。
——と。
カッサンド家のお婆ちゃんが、私に封筒を持って来た。
まだ生きてたんだね、お婆ちゃん。
「これな。リリサから預かったんだよ。マローが、王都から戻って来ることがあったら渡してくれって」
「お婆ちゃんから?」
「ああ。ようやっと約束が果たせたなぁ。これでお迎え来てもいいわ」
「縁起の悪いことを言わないでよ」
殿下と一緒にお墓まいりして、婚約の報告した。
なんか、お婆ちゃんがケケケッて笑ってる気がして仕方なかった。
家をどうしようかと思ってたら、ゼンさんが——。
「このままにして置くといい。休みが出来たら、俺が様子を見に来る」
「え? でも——それだと、悪いし」
ヴィオラちゃんがブンブンと首を振った。
「マロー様。小さな果樹園を持つのが、兄の昔からの夢なんです。ノクターンは素敵な場所ですから、手入れをしに来がてら、夢の足がかりを見つけたいんだと思います」
私がゼンさんを見ると、少しはにかんで笑った。
「まあ、そういうことだ」
「……うん。分かった。じゃあ、この家の鍵はゼンさんに預ける」
殿下も笑って頷く。
「マロー。管理費くらい払ってやれ」
「そうしますね」
帰りの馬車の中で、お婆ちゃんのくれた封筒を開けると——。
「ネックレスだな」
「そうだね。不思議な石がついてる」
「オパールだろ」
「オパール?」
「ああ、異国で取れる宝石だ」
私はピンクがかっていながら、緑に煌めく不思議な石を首から下げた。
——と。
——マロー?
——マ
殿下の声が遠ざかって、見渡す限り水が揺れる不思議な景色を見た。そこに、黒髪に赤い目をした不思議な青年が立ってて、手を差し出す。
リリサ。
一緒に来てくれるかい?
私はすぐ、お爺ちゃんなんだって理解した。
生前のお婆ちゃんは、お爺ちゃんの話を一つも聞かせてくれなかった。
母も父も私が幼い頃に亡くなったから、本当に誰からも聞かされたことがない。
——でも。
赤い目は妖魔の印。
ああ、そうなんだ。
お婆ちゃんが愛したのは、妖魔の青年だったのか——。
胸に深い痛みと、愛おしさが湧いて来て。
お婆ちゃんの声が聞こえる。
行くわ。
あなたと…。
——マ。
——マロー。
「大丈夫か、マロー?」
「……殿下」
彼は心配そうに私を覗き込む。
「お前、泣いてるのか?」
「へ? あれ?」
なんだか、少し恥ずかしくなってしまう。
強い感情に触れたんだろうな。
「お婆ちゃんの思い出を見たみたいで」
「思い出?」
「たぶん、お爺ちゃんだと思うんだけど」
彼は私の胸元に揺れる宝石に目を落とした。
「これか」
「たぶん。これに封じてあったと思う」
私はオパールを握って、殿下に向かってニッコリ笑った。
「お爺ちゃん。格好よかった。少しだけ、殿下に似てるかな?」
「は? 褒めたって何もでねーぞ」
少し照れたような殿下は、私の手を握った。
「まあ、良かったな。お前のルーツだろ」
「……はい」
うん。
本当にそうだね。
——ありがと、お婆ちゃん。




