ラベナの贈り物
ノクターンの村には宿屋がないから、馬で小一時間走ればいい、近くのパイソンという少し大きな町に宿を取った。ここには、お婆ちゃんと何度も来たことがあるけど——。
「少し変わったかな?」
四年という月日は、短かくは無かったようだ。
店の並びが変わってたり、人の装いも変化してる気がした。
それでも——道順だけは同じで、ここはパイソンなんだなって思う。
まあ、子供だった殿下が結婚できる歳になっちゃうわけだしね。
当の殿下は移動距離の割に元気だ。
本当に体力がついたんだなぁ。
宿屋は《半月の宵待ち亭》町一番のお値段で、二階まであるゴージャスさ。一階はレストランになっとるらしい。いつ出来たんだ、こんなの。
しかもポータ付きっていう。
殿下が荷物を運んでくれたポーターにチップを払ってた。
お部屋も、そこそこ広い。
——ちょっと、待て。
ダブルベッド?
「殿下」
「なんだ?」
「……お薬を出しましょうか?」
「は? 何の?」
「眠れるヤツ」
微妙な顔で私を見ると、パシッと後頭部を叩いた。
「そんなもの飲まさなくても、まだ手なんか出さねーよ」
「ええと。やっぱり、ここに、私と……殿下ですか?」
「ああ。ゼンが、こんな良い部屋には泊まれないって言い出した」
——違うだろ。
ゼンと泊まるのにダブルベッドって、ないだろ。
「…………やっぱり、お薬を飲みませんか?」
殿下は少し赤くなって。
「……ダメそうだったらな」
「ダメそう?」
「……我慢が……無理そうだったら」
「先に飲みましょう。食事の後でいいですから」
「マロー」
「はい?」
彼は私の腕を掴んで引っ張って、ギュッと抱きしめる。
「二人っきりになれる時間なんか、王宮だとほぼ無いんだぞ。俺は——そういうことが、したいわけじゃない。こうやって、一緒に居たいだけだから」
私が腕の中で殿下を見上げると、彼は少したじろぐ。
「……したく…ないわけじゃ……ないけどな」
赤くなってソッポ向く。
——どっちだよ。
「なるほど。要するに——」
私は殿下の腕を逃れて、備え付けのソファーに座ってから、ポンポンと膝を叩く。
「おいで?」
「……え?」
「甘えたいってことだよね?」
「い、いや」
「おいで」
彼は観念したようにソファーに転がって、私の膝に頭を乗せた。彼の髪を撫でると、仰向けのまま赤く染まってく。いや、その表情は反則じゃないかな。そう思ってたら、殿下の髪からふわっと不思議な香りがするのに気づいた。
甘いような苦いような——香水?
「殿下、今日は香水をつけてるんですか?」
「……まぁ」
「珍しいですね」
髪を弄る私の手を掴むと、起き上がって隣に座って両手で顔を覆ってしまった。
——ええと。
「ルーガ殿下?」
「……飯食ったら、薬飲む」
「え? あ、は——」
え、ちょ。
勢いで押し倒すとか、ないでしょ。
「で、でん」
そのまま唇重ねるから、押しのけようと思ったら腕を掴まれた。体重をかけられると身動き取れないし、男装のズボンだから殿下の片足が私の足の間に入ってるし。
殿下、キスが上手くなってるしー!!
絡む呼吸で目眩が起こりそうで、心臓はバクバクして飛び出しそうだし。
唇を離した殿下は、私の上で身悶えてる。
「………マロー。ちょっとでいいから、聖痕が見たい」
「え?」
返事も聞かずにシャツのボタンを外すかな。
いや、だから——恥ずかしいんだけど。
「で、殿下。ちょっと、不味いから……」
「何が」
「ひ、人、来たら」
「来ないよ。扉には鍵かけた」
「……………確信犯じゃないか」
彼は赤い顔で小さく笑った。
「確信犯だ」
——我慢する気ないじゃない!!
☆
すぐにゼンさんがノックしてくれて、食事に行こうって言ってくれなかったら——ヤバかったんじゃないだろうか。身なりを整えて廊下に出たけど、私はちょっとフラつく。
「マロー?」
「………大丈夫です」
「え、俺、どっか痛くさせた?」
「いえ」
「けど——」
「ちょっと、腰が砕けてるだけ」
私は大きく息を吐く。
「ビックリしたんです」
「……ごめん」
本当にビックリした。
自分が、ああいう状況で力が抜けてしまうと思わなかった。
ゼンさんには感謝しかない。
あのままだったら——。
殿下が少し困った顔で私を見てる。
うん。少し困りなさい。
「飯食ったら、ちゃんと薬を飲むからさ」
「……はい」
強めの睡眠薬を出しとこう。
「でさ……」
「はい?」
「マローはこの香り好きか?」
「え? ああ、香水? そうだなぁ、嫌いじゃ無いかな」
殿下が含んだ目で私を見て、へぇーって言う。
「え? なに?」
私の耳に口を寄せた殿下は、声を抑えて教えてくれた。
「ラベナに貰った香水だよ。女性をその気にさせる香りなんだってさ」
「!?」
呆気に取られて殿下を見たら、悪戯そうに笑った。
「効果あったっていうの?」
「……無いです」
——何を考えてんだ、ラベナ。
そう言えば、効果を思い知れとか言ってたか?
確かに嫌いな香りじゃないけど。
香りのせいじゃない。
——殿下のせいでしょ。
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今夜は連続であげます。




