まだまだ先だと
私の髪を結い上げて、たくさんの髪飾りをつけてるマーゴが、ホゥッと息を吐く。
「お綺麗です。マロー様」
「それは、どうも」
「……なんですか。テンション低いですね」
「だって、なんの実感も湧かないんだ」
「ふふ。それは、これからですよ」
——そうなのかなぁ。
「こんなの、まだまだ先の話だと思ってたよ」
「マロー様は呑気ですものね。さ、行きませんと。王太子殿下がお待ちですよ」
ルーガ殿下は今日で十六歳になられる。
とてもお目出度い。
クーネル王国での成人は男女共に十六歳だ。
十六歳になれば——一人前とみなされて、様々なことに自分で責任を持って判断ができるようになる。婚姻も許可され、一家の主人になることもできる。
だからって……誕生日と婚姻を同時にするかな。
☆
殿下と二人でラッチェの別棟へ向かってた時のことだ。
ジェラルドの件を片付けるのに、ラッチェは大忙しだった。魔法協会や魔法省へ事の成り行きの報告と、王宮の下に張り巡らされた地下道の対処や、ジェラルドが掻き集めた魔道書や禁書の保管管理。
殿下の魔法でジェラルドを食べた妖魔の特定と、その後の変化観察や、土の上に残ってたジェラルドの体液の採取。私や殿下からも聞き取りしてたし、城下町でも聞き取りしてたらしい。
王宮地下に張り巡らされたトンネルは、補強工事して保存することになって、城内にも土木作業員が入ってたからラベナやゼンさんも城内警備に駆り出されてたし。その陣頭指揮もラッチェだった。まあ、半妖魔になった人間の所業だから、好奇心が抑えられなかったみたいだし。
そんな感じで、大忙しのラッチェは半年近く事後処理に追われてたんだよね。私は手の回らないラッチェを手伝うのが、仕事になってた感じだ。
その日は殿下がラッチェに用があるからって、一緒に中庭を歩いてたんだけど——。
「ああ、そうだ。マロー。俺の誕生日に婚姻するからな」
「へ? 誰が?」
「俺とお前に決まってるだろ。お前、王太子妃になるから。準備しとけ」
「で、殿下? 普通、婚姻の儀というのは一年くらい掛けて準備するんじゃないの? 誕生日って一ヶ月ないじゃん!」
「婚姻手続きだけだし。親父に立ち会って貰えば済むんだよ。披露宴は後にするから、準備なんかそんなにいらない」
「い、いや、いやいや。なんで、そんなに急ぐのよ」
「だって、お前、すでに二十歳じゃん」
——ああ、そうですね。
そんなの知ってるけどね。
クーネル王国の結婚適齢期的に、私はギリギリですけどね!!
「早く結婚すれば、子作りの時間が増えるだろ」
「…………もう少しオブラートに包むとかないの?」
「包んでどうすんだよ。お前、いまさら嫁ぐの嫌だとか言ってんじゃないよな?」
「違うけど。心の準備ってあるじゃん! 私はお婆ちゃんのお墓参りもしてないんだよ!」
殿下がポンッと手を叩いた。
「ああ。それはゴメン。墓に報告に行かなきゃなんないな。ゼンに予定を調整してもらうよ。近日中にノクターンに行こう」
「こんな時だけフットワーク軽いね」
「一ヶ月ないからな。ああ、部屋も変わるから、家具勝手に選んでいいか?」
「……お好きにどうぞ」
「なんだよ、投げやりだな」
「だって、急に言われたって」
ルーガ殿下は、綺麗な顔にニコッと笑みを浮かべて私の手を取った。
「誕生日には、お前がプレゼントだからな」
「はい?」
「約束したじゃん。いつかって」
「それ、十六歳の誕生日になんて言ってない」
「他のいつに、そんな贈り物する気なんだ」
——いつかは、いつかで、来ない予定だったんだよ。
「まあ、毎晩、贈ってくれてもいいけど?」
思わずカッと赤くなったら、殿下が面白そうに笑った。
「ドレスは俺が選ぶけど、夜着はマーゴが選ぶらしいからな」
「は? なに、それ」
「さぁ……マーゴに聞けよ」
すでに私の側付きはヴィオラちゃんだっていうのに……。
そんな話から一週間と経たずに、殿下はゼンさんとヴィオラちゃんを連れてノクターンへ向かってくれた。馬車に揺られながら、私は拉致されるように王都へ来たことを思い出す。
あの時の従者の方は、陛下の近衛兵の一人で、カメオ師匠と双璧を成す、陛下の左腕の人だと後で知った。そういや師匠が爵位を与えられたって聞いてる。出世頭らしい。まあ、妖怪枠のお人だしね。
今回はお忍びなので、殿下が私もラフな格好で構わないっていうから、マーゴの好きな男装してるんだよね。殿下は微妙な顔してたけど、女連れだって思われるより安全だよって力説したら、しぶしぶ承諾してくれた。
どう頑張っても庶民に見えない殿下は、裕福な商家の御曹司風で、私は付き人の装い。ゼンさんとヴィオラちゃんは、普通に兄妹で、殿下の友人って感じになってる。馬車は殿下と私と荷物、ゼンさんとヴィオラちゃんと荷物。
「なあ、マロー」
「なんですか?」
「男装してて村の人に変に思われないのか?」
「思われないですね。日常的に男装してたので」
「…え?」
「娘だってことは、村の人は知ってましたけど。祖母について村を出る時は男の子の格好でしたよ。その方が舐められないし、絡まれないので」
「……お前が妙な所で度胸がいいのは、生い立ちなのかもな」
「まあ、リリサお婆ちゃんは豪快な人でしたけど、女性であるがゆえに嫌な目に会ったことも多かったようですから。ほら、魔法使いにも男尊女卑がね」
「相手、大魔女だぞ?」
「言わなきゃ分かんないし、言っても分かんない奴は分かんないんです」
——まあ、お婆ちゃんも大概だったけどね。
人の家の牛でロデオとか、今考えたら在りえないだろ。




