真っ赤
聖域に戻った殿下は、廟の端に腰掛けて私の腕を引いた。私は彼の隣に座って腰に腕を回し、片手で彼の体を抱く。私の肩に頭を乗せた殿下が目を瞑った。
「……レゴの指輪、けっこう魔力を持ってくな」
「回復をかけようか?」
「いや、少しこうやってれば戻る」
聖域を吹き抜ける風は、穏やかで緑の香りがした。
「…俺を嫌いにならないか?」
「は? なんで?」
「残酷な方法を選んだって……」
私は自分の肩にもたれてる殿下の頭を撫でる。
彼の髪がサラサラと私の指を流れ落ちてく。
「妖魔の世界では、小型のモノは大型のモノに食べられたりするでしょ。精霊だって、肉を食べなくても魔力を吸い取って取り込むのは通常の行為だし。ジエラルドは妖魔を食べて、妖魔の力を手に入れたんだから——同じように食べられただけ。残酷だとは思わないよ」
ルーガ王子はフッと息を吐いた。
「……なら…良かった」
彼は体を起こし、伺うように私を覗き込む。
黒い瞳に困惑顔の私が写り込んでた。
「お前に嫌われたら……自分を嫌いになりそうだからな」
「嫌いになんかなりませんから」
「……うん」
ルーガ王子は首を伸ばして、私の顔に自分の顔を近づける。
一瞬、身を引きそうになったけど、それは彼を傷つけてしまうと思って我慢した。
遠慮がちに唇が重ねられ、心臓が激しく鼓動を打ち始める。と、彼の唇が私の唇を食むように動いた。甘い息と柔らかな感触で全身が脈打ってる気がする。魔法に掛かってなくても、身動きできない時ってあるんだな。
ゆっくり唇を離して身を引く殿下は、少し潤んだ目でずっと私を見つめてた。
それから、ふっと、驚いた表情になる。
「……マロー」
「はい?」
「色が変わってる」
「え?」
彼の視線につられて、自分の胸元を見ると——。
ジェラルドの爪で引き裂かれたワンピースの間から、真っ赤に染まった薔薇のような痣が見えた。
「……え? 赤く」
殿下が手を伸ばして、私の痣に触れる。
「お前…これ……聖痕だろ」
「その……ように見えますね」
彼は私を見つめて、何度も瞬きを繰り返した。
「……マロー」
「な、なに、殿下」
「本気で俺を好きなんだな」
「!?」
——それ、どういう確認なのさ!
「……キスで色を変えるとか」
……え?
これって、そういうモノだったの?
お婆ちゃんも、ラッチェも、そんなことは一言も言ってなかった。
殿下は改めて私を見て、面白そうに笑った。
「照れてんのか? 指先まで真っ赤になって」
「う、煩い。殿下だって赤い」
「そうだろうな」
彼はふいっと私の首を捕まえて、耳に口を寄せると囁いた。
「照れるマローは、メチャメチャ可愛いからな」
「!! で、殿下、耳、くすぐったい」
慌てて身を引こうとしたら、ガシッと肩を掴まれる。
ルーガ殿下、力が強くなったな。
逃げられないじゃん。
「俺のこと好きか?」
だから、聞くな!
彼は覗き込むように私の顔に顔を寄せる。
なんだか意地悪な目つきしてないか?
「聞いてるんだけど?」
「……す………好きです……けど?」
綺麗な顔を真っ赤に染めて、ニコッと笑った殿下は。
「良かった。俺も、マローが好きだからな」
——う。
その笑顔は反則。
「俺さ……そう言えば、ずっと気になってる事があんだけど」
「……はい?」
殿下は少し目を細めた。
「ラッチェは、どうして俺にしかお前の縛りが解けないって言ったんだ?」
「え? えーと?」
「お前がパーティー会場から逃走した夜にさ。そう言ったろ。リリサのまじないは自分が解いた。でも、もう一つは解けない。解けるとしたら、俺だけだって」
……今、それ、聞く?
「マロー。視線を逸らすなよ」
「そ、それは、ラッチェは私の気持ちに気づいてたからでは?」
「そうじゃなくてさ——アイツ。お前に痣があるの知ってたろ」
………なんか、視線が刺さる。
「隠してたんじゃなかったか?」
「か、隠してましたよ。ラッチェには……見せたんじゃなくて、見られたんです」
「……やっぱ、知ってたわけだ」
「不可抗力だし。見せたかったわけじゃないし」
「俺は知らなかったのにな」
不貞腐れたように立ち上がった殿下は、私の手を掴んで引っ張った。
そんな、拗ねたってさぁ。
「仕方ないでしょ。殿下にだけは、絶対に見せたくなかったんだから」
「ふぅん?」
「それに——」
「なんだよ?」
——こんなこと言うの恥ずかしいじゃないか。
けど、殿下が拗ねてるし。
「赤くしたのは、ルーガ殿下ですからね!」
彼は軽く眉を上げて、面白そうに私を見る。
なんだよ!!
「赤いのは俺しか見てない?」
「見てない」
「……なら」
殿下は私の肩を掴んで、胸に顔を寄せて痣を——。
「痛い!」
歯を立てて噛んだ!
噛んだよ!!
「な、何すんですか!」
「ソレに俺の歯型つけとこうと思って」
「何の意味があるのよ!」
「印。俺のだっていう」
「印なんかなくったって、私は殿下のでしょ!」
喚いたら、すごく嬉しそうにニヤついた。
なんか、ムカつくんだけど。




