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理り

「アイツは何処へ行ったんだ?」

「……探してるんじゃないかな。殿下を」


 私は殿下の手をギュッと掴んで、彼の顔を見上げた。

 長い睫毛に縁取られた黒目がちの目が、伺うように私を見つめる。


「ラッチェを出し抜いて……あなたを殺すって言ってた」

「俺をか」


 掴んだ手に力を入れた私を、引っ張って隣に立たせると手を離して頭を抱く。そのまま、抱いた手で頭を撫でてくれた。反対側の手には剣を握ってる。


「心配すんな。殺されたりしない」

「けど……」


 ジェラルドは化け物になってた。

 私がそう言う前に——。


 足元に開いた穴からデッカイ腕が伸びて来た。

 殿下は退いて私を背中に回した。


 穴から這い上がって来たジェラルドが、長い舌で唇をペロッと舐める。


「音がしたから戻ってみれば、泥棒がいるとはな。お前、また盗んでく気か? 彼女は僕のお嫁さんなんだから——」


 大きな体、鱗の生えた首、尖った耳の上の角。美しかった銀髪は残ってるけど、整ってた容姿は見る影もない。


「返せよ」


 振り上げられた太い腕、私は殿下の後ろになんか隠れてられない。思わず前に出て殿下を庇って、ジェラルドの爪でザックリ肩口を引っ掻かれた。


 ジェラルドは軽く目を細めたけど、そのまま反対の腕を振り上げる。私の腰を抱えた殿下が、頭の横から腕を伸ばした。


「止まれ! 動くんじゃねぇぞ!」


 ジェラルドがピタッと動きを止める。

 私を背後から抱きしめたまま、殿下が小さい声で言った。


「なんで、前に出るんだよ。治癒魔法だ。早く治癒しろ」


 私は呆然としながら、自分に治癒魔法を発動する。


 なんでジエラルドは動かない?

 憎しみを湛えた瞳だけが、こちらをジッと睨んでる。


 振り上げた腕もそのままで、まるでラッチェの魔法みたい——。

 魔法…これは殿下の魔法?


 ルーガ王子は私の耳元で諭すように囁いた。


「お前、体に傷をつけるなって言っただろ? 約束したじゃないか。なに、俺の前になんか出てんだよ」

「……だって。アイツ、殿下を狙って」

「ジェラルドに俺は殺せない。いいか、二度と前に出るなよ。いくら治癒できるって言ったって……痛かったろ。このバカ」


 私は背後から抱きしめてる殿下を振り返る。

 ——なんで?


「ラッチェの言った通りだな。アイツは妖魔を食い過ぎたんだよ」


 小さく笑った殿下は、私の傷を確認するように触れて、固まってるジェラルドを冷たい目で見た。


「ゆっくり歩いて聖域を出ろ。出たら待機だ」


 ジエラルドの目に葛藤が滲み、体が細かく震えたけど、一歩、また一歩、ノロノロと歩み出す。


 私の肩を抱いてジェラルドの後ろを歩き出した殿下の顔を見上げると、彼は右手をヒラッと振った。その小指には、金の粉を噴いたように煌めき、宝石部分に変化を起こしたレゴの指輪が嵌ってる。


 ——ああ。

 指輪の魔法を使ってるから。


 これが、レゴの力なんだな。

 本当に——殿下の魔法だったんだ。


 ジェラルドは妖魔を喰らい過ぎたって言った。身体に著しい変化を起こすくらいだから、ジエラルドは——妖魔化してるんだ。だから、レゴに逆らえない。


 聖域を出ると、すぐに待っていたオンブロが私の肩に飛び乗った。

 赤目がジッと私を見つめる。


「大丈夫だよ。ありがとう、オンブロ」


 顔を擦り付けて飛び降りたオンブロは、ジェラルドの前に回って牙を剥く。聖域を出て立ち止まってるジェラルドは、相変わらず細かく体を震わせてた。


 殿下は私を見つめると、私の体を回して抱きしめる。

 私の顔を自分の肩に押し付けるように……。


「耳を塞げ、マロー」

「え?」

「いいから耳を塞げ。お前は絶対に振り返るなよ」


 そう言われて、私が自分の耳に手を当てると、殿下は右手を振り上げた。


「俺の声が聞こえたモノは集え!」


 ザワザワと森が蠢く気配がして、頭上を何体もの飛翔する妖魔や精霊が飛び交い始めた。黒い影が、私達の横を通り過ぎ、異様な気配に背筋が鳥肌だってくる。


「奪われた力を奪い返すがいい。理りを破って妖魔を喰らった男だ——喰らえ!!」


 殿下の手が私の手に重なって、両耳を上から塞ぐ。

 塞がれても聞こえた。


 ジェラルドの悲鳴は空気をつん裂くようだった。

 牙を立てる音、肉を咀嚼する音、骨が砕ける音——。


 私は彼の最期を殿下の腕の中でジッと聞いていた。

 血の臭いが辺りに満ちた頃、殿下が息を吐く。


「俺の命に従ったこと、感謝する。散って森を守ってくれ」


 蠢くようなザワザワが、徐々に消えてく。

 殿下が私の耳から手を外すと、私を抱きしめて目を閉じた。


 彼はずっと見ていたんだもんな。

 自分の命令の結果を——。


「殿下」


 私は彼の背中をゆっくり摩る。

 見ていて気持ちの良いものじゃなかったはずだ。


「……大丈夫だよ」


 彼は息を吸い込むと、オンブロに声をかけた。

 オンブロだけは残って私たちを見つめていたから。


「オンブロも戻っていいよ。少し聖域で休んでく」


 ふいっと顔を上げた殿下は、森に向かって続けた。


「アルプも戻っていい。カメオに大丈夫だって伝えてくれ」


 ——気づかなかった。

 アルプも居たんだ。


 殿下は私の肩を抱いて、聖域に戻ってく。

 彼の体は血の気が引いてて、少し冷たく感じられた。

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