脱出
ジェラルドが居なくなった穴蔵で、私は拘束具をサーチした。
やっぱ生体じゃないから、よく分からない部分が多いけど、魔力の流れはなんとなく分かる。
コイツの開閉に使われてるのは、嵌め込まれた宝石らしい。そこにジェラルドの魔法が掛けられてるんだな。破壊できないわけじゃないだろう。強度が分からないけど……ミスリルでなら壊せそうだ。
「こっち来て、土塊」
私が呼ぶと私の世話をするっていう土塊が寄って来た。
今の私ができる事は、ラッチェの研究室で学んだことの応用くらいか。
目の前にいるのは、ゴーレムだと思う。
コイツにはジェラルドの指令がインプットされてるんだよね。
「ええと……私の額を掻いて」
土塊が細かく震えて、私の言葉を検証してる。
ゆっくり腕らしき部位が伸びて来て、私の額に触れ、コリコリと額を掻く。
私は触れた部分から魔力を流し込みながら、ゴーレムをサーチする。私の魔力はゴーレムの額に集まってくみたいだ。そこにコアがあるんだな。
「もういい」
ゴーレムが腕を戻してピタッと止まる。
私は指を鳴らして明かりを灯し、もう一度、部屋を見回した。本当に悪趣味だな。何もかもがレースだらけ。ジェラルドが想像する女の子ってのは相当にレースが好きらしい。
壁に寄せた天蓋付きベッド、その横にドレッサー、装飾の多い小さなテーブル。反対側が出入り口で、私は部屋の中央の椅子に座らされてる。ベッドに総レースのネグリジェ的な物があるのは、見なかった事にしとこう。
——あんなの選んでるジェラルドなんか、気色悪すぎて笑えない。
天井は土が剥き出し。
この上に聖域の廟が建ってるのかな。
ええと——城から一番近い廟は、確か森の外れにあるはず。
そこならトンネルを移動した時間と符合しそうだ。
ゆっくりはしてられない。
ジェラルドが殿下に手を出す前に、アイツを仕留めなきゃ。
「土塊。私の腰から剣を抜いて、そのまま剣を上に向けてしゃがんでて」
ゴーレムが私の言葉を検証してる。
どんな指令が出てるのか分からないけど、たぶん、逃すなとか、生かしとけ、とかだよね。
ゆっくり動いて、ゴーレムは私の言う通りに陛下に賜った剣を握って、私の前にしゃがんだ。
「そのまま動くな」
立ち上がった私は、腕の拘束具についてる宝石を渾身の力でミスリルに打つける。
ゴーレムが身じろいだけど——。
「シッカリ掴んでろ! 動くな!」
ジェラルドの指令に逆らってなければ、ゴーレムは言う通りにする。何度か宝石を打つけると、思惑通り、硬い音を立てて砕けた。宝石が砕けた拘束具は、私の力でも簡単に外せる。同じ魔法を使ったとして、ラッチェなら、こんな片手落ちの拘束はしないだろうなぁ。
「剣を鞘に戻せ」
立ったままではゴーレムが混乱して震えるので、椅子に座り直した。その姿勢になると、ゴーレームはゆっくり私の腰に剣を戻した。
——うん。
ゴーレムがお利口でなくて良かった。
足の拘束具の宝石も壊しにかかる。私の前でゴーレムが小さく振動してた。私の行動がジェラルドの指令に反してるのかどうか、結論が出ないんだろうな。
たぶん、通って来たトンネルへ戻ろうとすればゴーレムに阻止される。私は拘束を解いて天井を見上げる。さて、あの天井の厚さはどのくらいあるだろう。
「…でも、ま、それが一番早いよね」
私は天蓋付きのベッドによじ登ってく。ポケットにはマーゴに貰った小瓶が入ってる。天井に小さな穴を開け、小瓶を差し込み、ベッドに降りてブーツに仕込んでたナイフを投げる。
爆発は結構な大きさで、天井の一部は崩れ落ちて部屋に土の小山が出来たけど……。
「無理かぁ。あとは掘るしか……え?」
私が起こしたのとは違う爆発音が響いて、天井が崩れ落ち、光が差し込んだ。
「マロー、居るか!?」
「……殿下?」
天井の穴から殿下が覗いてる。
どういうこと?
殿下はハーっと息をついて、穴から飛び降りて来た。
彼は私を抱きしめてくれたけど、その後ろに土塊の腕が見えた。
「殿下! 後ろにゴーレムがいる!」
すぐに剣を抜いた殿下が、振り返りざまにゴーレムの腕を切り落とした。けど、そこは土塊、痛みなんか感じるわけもなく、もう一方の手を突き出してくる。
私は腰に隠してあったナイフを引き抜いて、ゴーレムの額に投げた。そこにコアがある。
「殿下! ナイフを押し込んで!」
もう一方の腕も切り落とした殿下が、剣の柄を使ってゴーレムの額にナイフを押し込んだ。ゴーレムの頭の後ろから、四角い粘土版のようなコアが飛び出し、土塊はその場で崩れ落ちて土に戻る。殿下はハッと肩で息をつくと、粘土板を拾って握りつぶした。
私を振り返った彼は、キュッと唇を噛んで私の腕を引いて抱きしめる。
「無事だな? どこも何ともないか?」
「……うん」
「出るぞ、こんな所」
彼は嫌そうに部屋を見回して、やっぱりベッドをよじ登った。
「よく私の居場所が分かったね?」
「オンブロが案内してくれた」
「あ、オンブロかぁ」
首から下げた小袋に、オンブロの毛が入ってるんだった。
先に上がった殿下に引き上げられ、地上に出て——。
「ここ、廟ですか?」
「そう。緑の廟の中だ。オンブロは入れないから、聖域の近くで待ってる」
「え? オンブロも入れないの?」
「聖域ってのは不思議な場所でさ。高位の妖魔、精霊は入れない。入れるのは魔力の弱い奴らだけだ。たぶん、力の弱い奴らの避難場所って事だろうな」
——不思議な場所なんだな。
廟は綺麗な石で森の陽だまりに作られた、東屋みたいな所だった。壁もなければ扉もない。四方に柱が立ってて、天井はある。その全てに細かい文様が刻まれてる。たぶん——呪術的なもの。
その東屋の中央にポッカリと穴が空いてしまってる。
殿下が私を見て苦笑した。
「後で塞ぐよ。そんな顔すんな」
「え? あ、そうですよね。塞ぎますよね」
だって、こんな綺麗な場所なのに、勿体無いなって思ったからさ。
もうすぐ終わるので、二回づつ上げて行きます。




