懐かしい顔ぶれ
そういえば、殿下は無事に魔道具を手に入れたそうだ。
彼の魔道具は、不思議な紋の刻まれた黒い宝石の指輪だって。
「レゴって呼ばれる指輪で、別名が魔王の指輪」
「魔王…ですか?」
「ああ。妖魔や精霊に対して絶大な力を発揮する——らしいよ」
「らしいんですか」
「使ったことないからな」
その指輪は彼の右手の小指に嵌ってる。
殿下の話では、彼が死ぬまでそこに嵌ってるらしい。
大きさまで変化する不思議な指輪だそうだ。
「親父が引きつってた」
「え?」
「この魔道具が人を選ぶのは、三百年ぶりだとさ」
「………凄い物に選ばれたんだね」
「みたいだな」
本人はケロっとしてた。
誕生日の朝になんとなく暗く感じてたのは、やっぱり緊張のせいだったのかな。
「おはようございます、殿下!」
ラベナがゼンさんとヴィオラちゃんを連れて、朝食のワゴンを運んで来た。
というか、ゼンさんまで?
殿下が三人に頷いて、私をヴィオラちゃんの側に引っ張った。
「今日からマローの側付きってことで、頑張ってくれ」
ヴィオラちゃんが少し緊張した面持ちで私を見た。
「よろしく、お願いします」
「こちらこそ。しばらく見ないうちに大きくなったねぇ」
彼女は殿下の二つ下だから、十二歳になってるのか。
師匠と一緒にあった時よりも、ずっとお姉さんになったな。
「始めは王宮メイドが手伝いに来るから、仕事の仕方を教わってくれ」
「はい。頑張ります」
——で。
「ゼンさんも?」
「ああ。ゼンは俺の個人的な護衛士になる」
「え? ラベナは?」
ラベナは少し嬉しそうに私を見る。
「俺の心配してくれんの? だーいじょうぶ! 側付きは外れないよ。ただなー、俺もこう見えて忙しくてさ。ずっと殿下の側に居られないから」
誰も心配はしてないがな。
でも、そうかー。
ラベナも近衛兵長の仕事してるし。
「ゼンさんが護衛なら安心ですね」
岩みたいにガタイのいいゼンさんが、小さく笑った。
「マローは俺の命の恩人だ。君の大切な人は俺が守ろう」
彼はそう言って、殿下に視線を移す。
えっと、大切な人ね。
そう臆面もなく言われると——。
ラベナがケラケラと笑った。
「赤くなってんなよ、マロー。殿下にも伝染するだろ」
「煩い。その口を閉じな」
私がラベナを睨むと、ヴィオラちゃんが少し強張った。
大丈夫だよ。
私がキツく当たるのは、男だけだからね。
☆
ラッチェの別棟へ行くと、マーゴがお茶を入れてくれる。
シミジミと私を見て、ホゥッと息をついた。
「やっぱり、マロー様は男装がお似合いになりますね。殿下やラッチェも美形ですが、マロー様の醸し出す色香は出せないんですよねぇ。ずっと見て居たいんですけど掃除に行って来ます」
「……はい、行ってらっしゃい」
ラッチェは私の隣に座って、ニコニコと笑ってる。
この人、倒れてから変だよね。
「ルーガの魔道具、聞いた?」
「聞きました。レゴ、でしたっけ」
「そうなんだよね。僕も少し驚いた。けど、アイツなら使いこなせるかもね」
「妖魔とか精霊に威力を発揮するって言ってましたけど」
ふっと怪しい表情になったラッチェは、例の少しゾクッとするような笑みを見せた。
「命令を下せるんだよ」
「……妖魔や精霊にですか?」
「そう。ルーガは——妖魔や精霊を治める力を手に入れた。ほんと、アイツって生まれながらの王だね」
「えっと」
「まあ、今は戦乱の時代じゃない。隣国との関係もいいしね。でも、もし戦になったら、あの指輪は大きな力になるよ。ルーガは個人的な軍団を持ったようなものだから」
「なんだか、物騒だなぁ」
彼はニコニコっと笑うと、私の手に自分の手を重ねた。オンブロが赤目でジロッとラッチェを見たけど、今日は威嚇しないで大人しくしてる。
「君とルーガって似てるよね」
あ、それって——ラベナにも言われたなぁ。
「僕は二人を守るよ」
照れたように笑ったラッチェは、私の手から自分の手を退けた。
「信じられないよね? アイツ、この僕の頭を撫でたんだよ?」
「へ?」
「無理すんなよって——」
——ああ。
殿下ってそういう所がある。
自分はすぐに無理するくせにね。
「僕は世間で言われてるほど万能ってわけじゃない。人より魔力量は多いし、器用だと自分でも思うけどね。その分、土地の力にセンシティブで、入れない場所もあるんだよ」
「そうなの?」
「うん。僕は聖域が苦手」
王国には幾つかの聖域がある。建国神話に出てくるような場所だ。古い時代、妖精と魔物の間に大きな争いがあったとされていて、初代クーネル王と王妃は介入して両者の争いを治めたとされてる。その時に重要な拠点となった場所に廟が建てられ、聖域とされているんだ。
「僕のご先祖様ってねー。随分と昔に精霊と混血したらしいんだ。その影響かな」
彼はふっと息を吐く。
「だからだよね。彼らに思い入れあるのって。僕のご先祖様だし」
「古い時代には、精霊や妖魔と結婚する事も普通にあったんでしょ? もしかしたら、私にも混ざってるかもね。お婆ちゃんが何か言ってた気がするし。でも、ラッチェに苦手があると思わなかったな」
「ヤダなー。苦手くらいあるよ。一応は人間なんだし」
一応って言うなよ。
ラッチェは綺麗な顔に不思議な笑みを浮かべる。
「それでも、全力で君達をサポートするって決めたよ」
「…ラッチェ。うん。ありがとう」
彼が力を貸してくれるのは、本当に心強いからね。
「ああ、そうだ。ルーガには伝えたけど、マローにも注意しとく」
「はい」
「クーネル王国でジェラルドらしいのを見た奴がいるって」
「……え?」
ラッチェが珍しく眉を潜める。
「しかも——ちょっと厄介な状態になってるんだよね」
「厄介なの?」
あの人、もともと、厄介だけど。
「うん。だから、はい。オンブロの毛を渡しとく。しばらくは森に入らないでね? アイツはマローに執着してるんだし。魔法協会からも、クーネルの魔法省からも、ジェラルドの捜索には人員を派遣してるから、捕まるまで我慢してて」
「……うん」
彼はニコニコと笑った。
「そんな不安な顔しなくていいよ。カメオがアルプを使ってルーガの護衛するって言ってたし。護衛士も増えたんでしょ? 君にはオンブロも僕もついてる。あ、それと、これ。マーゴから」
「マーゴから?」
「うん。硫黄を使った爆薬だって。小型の魔物くらいなら吹き飛ばせるって言ってた。あの娘、面白いよね」
「……持ってて平気なのかな」
「衝撃を加えなきゃ平気だって言ってたよ」
——ふむ。
心遣いなんだもんな。
「ありがとう」
私の膝に乗ってたオンブロが、私の手に頭を擦り付けてくれる。
「うん。君のことも頼りにしてるからね」
頭を撫でると赤目を細める。
オンブロは可愛い。
……ジェラルドか。
嫌だなぁ。
いいね、ありがとう!!
ブックマークも付けてもらったようで、ありがとうございます。
今日も二回上げます。
あと、ちょっとの予定ですー。




