甘えるラッチェ
ラッチェに食べさせる為に、私は久しぶりに自分で調理していた。食堂で食事をもらって来ようかって言ったら、台所に食材があるからって——。
「ねえ、横になってた方が良くない?」
「大丈夫。マローがご飯を作ってるの見たい」
「作るのは、ただのパン粥だよ?」
「うん」
生成りの、ゆったりした上下に着替えたラッチェは、椅子に座ってジッと私を見てる。目が合うと必ずニコッと笑う。こんなに幼い感じのラッチェを見るのは初めてだ。まるで大きな子供ができた気分だな。
ミルクを沸かし、パンを浸し。
アーモンドの粉があったので、少し振り入れてお砂糖を入れる。
「果物も置いてあるんだね。どれか食べる?」
「ビワが良いな」
「じゃあ、ビワとりんごを剥こうか」
パン粥に果物を少し。
消化しやすいし、病人食ならこんなものか。
「できたよ。どうぞ」
彼の前に食事を置くと、私の手を掴んで口を開けた。
「はい?」
「食べさせて」
「ラッチェ……」
口を開けてスタンバイしてる。
ヒナか何かのつもりなの?
仕方ないなぁ。
スプーンでパン粥を掬って口に持ってくと、パクッと食べてニコッと笑う。
「熱くない?」
「美味しい。マロー、ビワも食べたい」
「はい、はい」
フォークで刺して口に持ってくと、これもパクッと食べる。
うん食欲あるのは助かるね。
というか、終始ニコニコしてる。
なんか、ラッチェ、壊れたんじゃないかな。
「気分は大丈夫?」
「良い気分だよ。マローがかまってくれるからね」
「ラッチェ」
「あーあ。君とルーガを後押しするんじゃなかったな」
彼はスッと手を伸ばして私の頬に触れ、少しはにかんだように微笑む。
「僕にしといてもらえば、毎日、ご飯を作ってもらえたかもしれないのにね?」
——不覚にも、ちょっとキュンとしてしまった。
だって、ラッチェは綺麗な男性なんだよ。
肌は白くて滑らかだし、銀髪はサラサラで、まつげ長いし、顔立ちは整ってるし。そんな男性が、はにかむんだよ。なんかもう、こっちが恥ずかしい。
——と。
「人の許嫁に何してんの?」
部屋の空気が凍りつきそうに冷えた声が響いた。
——殿下って、こんな声が出るんだね。
振り向くと眉間に深い皺を刻んだ殿下が、台所の入り口でラッチェを睨んでた。
——怖いよ殿下。
腰の剣を掴むの辞めようよ。
ラッチェは驚いた様子もなく、ニコニコっと笑う。
私の頬から手を退けて、少し首を傾げた。
「あれ、ルーガ、成人予備式、終わったの?」
ラッチェの手が私から離れると、殿下は剣から手を離して不機嫌そうに歩いてくる。
そのまま、椅子を引っ張って来て私の横に座った。
「終わったよ。で、お前は俺の許嫁に何してんだよ」
「ちょっと失敗しちゃってさ、意識無くしてたんだよ。マローが看病してくれたんで、なんとか生きてるけどね。で、看病の続き。ね、マロー」
——盛大に頷くと、殿下は私の腕を掴んで引っ張り、私が掴んでるフォークにりんごを刺して、自分の口へ持っていって食いついた。
「ルーガ。それ、僕のりんご」
「マローの貸出料だ。マロー、マーゴを呼んで来い」
「……え? マーゴ?」
「式典が終わったからな、少し手が空く。看病が必要なんだろ?」
ラッチェが剥れたような顔をした。
「マローがいいんだけど? 一日くらい貸しといてよ」
「巫山戯んな。早く呼びに行って来い。その間は、俺がラッチェを見ててやる」
「……はい」
まあ、ラッチェもだいぶん元気になってるしな。
殿下の機嫌を損ねるのも面倒だしね。
☆
マーゴを連れてラッチェの台所に戻ると、殿下がラッチェにパン粥を食べさせてた。
「なんで《ドラゴンの葡萄》なんか飲むんだ? お前は馬鹿なのか」
「元気な妖魔に試すわけにいかないし」
「だからって自分で試すかよ。マローが来なかったら死んでたぞ」
「大丈夫だよ。ブロが居たし」
「オンブロに浄化はできないだろ。お前——割と無茶苦茶だよな。ほら、口開けろ、ちゃっちゃと食え」
「ルーガ。喋りながらは食べられないよ」
「文句言うな。食えよ」
二人を見たマーゴが、ふるふると細かく震えた。
「これは不意打ちって感じ。美青年のラッチェに美少年の殿下がお口にあーんなんて。違う扉が開いちゃう。ダメダメ、ルーガ殿下のお相手はマロー様。でも、俺様入ってるルーガ殿下が天然ラッチェに陥落っていうのは、それはそれで尊い」
マーゴはブレないな。
「心の声」
「え?」
「ダダ漏れだよ」
「!! すみません! 一推しはマロー様です。本当です!」
マーゴの叫びに殿下とラッチェが振り向いた。
「ああ、来たか。マーゴ、俺と代われ」
「ええー? 私がですか?」
すごく嫌そうだな、マーゴ。
「他に誰が居るんだよ」
「ラッチェと私では萌えないかと」
殿下の冷めた視線にマーゴが軽く震える。
ご褒美になってるよ、殿下。
立ち上がった殿下は、ラッチェの肩を軽く叩いた。
「明日から、しばらくマーゴを付ける。お前のそば付きも考えるからな」
「えー。いいよ、いらない」
「いらないじゃねぇ。何か仕出かすたびに、マローに世話をさせる気か?」
「ダメなの?」
「ダメに決まってるだろ」
ラッチェは少し嬉しそうに殿下を見上げた。
「なら、ルーガに世話してもらう」
「はぁ? どの口がそういう事を言うんだよ」
「この口」
「塞ぐぞ」
なんか、ラッチェが殿下にもデレてる。
居ない間に何があったのやら。
「頼んだぞ、マーゴ。マローの貞操を守る為だと思え」
「畏まりました殿下。そういう事でしたら、このマーゴ、誠心誠意ラッチェ様にお仕え致します」
——いつの間にか、私の貞操が危機に陥ってるし。
「行くぞ」
殿下は私の腕を引っ張って、そのままラッチェの別棟から出た。
「お前な、自分の立場は分かってるよな?」
「分かってますよ」
「今回のも不可抗力だって言うんだろ?」
「……ですよね?」
パンっと後頭部を叩かれ、殿下にギロッと睨まれる。
「一人で世話しようとしなくたって、人が呼べただろ? ベタベタと触られやがって、少し反省しろ」
——ああ。
殿下が拗ねちゃった。




