行事と発熱
ラベナが朝食をテーブルにセットしながら、少し興奮気味に教えてくれる。
「聞いたか、マロー」
「何をよ」
「ほら、この間、マローがハーブ畑で襲われたろ?」
「!! あれは非常にムカついたよ。お陰で畑を始めからやり直す羽目になったんだから!」
「それ。その首謀者が判明したんだ。なんと、アルデンテだったんだぜ」
ああ、アイツかぁ。
「なんだよ。驚かないのか?」
「驚きはしない。でも、なんで私を襲うのかは疑問だな」
「それなんだけどな、アイツ、素行不良でラーニャ侯爵のお嬢さんと破談になったんだよ」
「へぇ。ラーニャ侯爵家に見限られちゃったのか」
「その事で、グラハム公爵家の跡取りはバミューダの方に決まったんだ。それで自棄になってたらしい」
なんか、よく分からないけど。
八つ当たりされたってこと?
「それで、なんで私を襲うのよ」
「襲うっていうか、攫うつもりだったらしいぜ。お前は陛下の覚えもいいし、ルーガ殿下の許嫁だしな。交渉のカードに出来るんじゃないかって思ったらしい。ねぇ、殿下」
私は呆れ返ってしまう。
素行不良で冷遇されたからって、何を交渉しようっていうんだ。
「アルデンテは遠方に送られた。しばらくは王都に戻れないだろ。関わった奴らも処分されたし、ラーニャ侯爵はバミューダの方に見合いを申し込み直して断られたらしい。侯爵家の影響力も弱まってる。この事でマローが煩わされることは、もうないと思う」
殿下は淡々と言って、フーッと息を吐く。
なんだろうな。
少し疲れてるのかな。
「殿下。体調が悪いですか?」
「え? いいや」
「……元気がないみたいですけど」
「そんな事はないよ」
彼はニコッと私に笑ってくれる。
けど、なんか様子が違う気がするんだよな。
——殿下はすぐに無理して抱え込むからな。
すると、ラベナが一人で妙に納得してる。
「今日ですもんね」
「何が今日なのよ」
「マロー。お前、それは薄情じゃないか? 今日は殿下の誕生日だろ」
「それは覚えてるけど」
「王太子殿下は十五歳になられる。国王に呼ばれてるんだ。クーネル王国で、男の十五歳って、ちょっとした儀式があるだろーが」
——ああ。
そうか。
殿下は宝物庫へ行く日なのか——。
まあ、ラベナが言ってるのは、少し違うんだけどね。彼が言ってるのは、準成人式のような催しのこと。クーネル王国では一般的に行われる厄除けの行事だ。川に入って身を清め、建国神話に則って、家長から額に印を描いてもらう。この行事は男性のみで行われる。女性の参加はご法度だ。
私はポケットからネッカチーフを取り出した。刺繍の時間にチクチクと刺した王家の紋章入り。淡いブルーに染められたシルクで、すっごく刺繍し難かったんだけど頑張ったんだよ。女官長に及第点を貰えたから、殿下に贈ろうって決めてたヤツ。
「後で時間を見てと思ってたんだけど、殿下、今日は忙しくなりそうだから。先に渡します。ルーガ殿下。お誕生日、おめでとうございます」
殿下は私からネッカチーフを受け取ると、指先で王家の紋章をなぞった。
「お前が刺したのか?」
「そうです」
ふっと表情を緩め、殿下はニコッと笑ってくれた。
「ありがとう」
ラベナが勢い込んで、私と殿下の間に割り込む。
「俺からもありますよ! 十五歳、おめでとうございます、殿下!」
彼が差し出したのは、液体の入った小さなガラス瓶だった。
「…これ、なんだ?」
「これはですね」
殿下の耳に口を寄せたラベナが、ゴニョゴニョと何か囁いてる。
微妙な顔をした殿下は、ガラス瓶を揺らして中の液体を見つめた。
「んー。まあ、もらっとく。ありがと」
「なんですかー。もっと喜んでくれると思ってたのに」
「……自分で使えば?」
「でんかー!!」
私は殿下の持ってるガラス瓶をジッと見てしまう。
「ねえ、それ、なに?」
「お前には教えられないな! ま、そのウチに思い知るだろ、この液体の威力!」
——威力?
マーゴが硫黄から開発した爆薬みたいなもの?
殿下は微妙な顔で私を見て、軽い溜息をついた。
なんなの?
なんか、失礼だな。
☆
殿下の誕生日っていうのもあるのか、今日はマーゴも忙しいらしい。
「スーノン妃殿下がルーガ王太子様の行事に参加されるので、マリアンヌ様がそちらに掛り切りになられます。私はベルナンド殿下のお側に居なくてはならないのですよ」
「あれ? でも、あの行事って女性は不参加だよね?」
「前イベントがあるんですよー。王族ですしね」
「そうか、まあ、こっちは大丈夫だよ。いつもと変わらないから」
わざわざ顔を出してくれたマーゴが、パタパタとベルナンド殿下の宮へ戻ってゆく。私はラッチェの別棟へ向かいながら今朝の殿下を思い出す。
魔道具を手に入れるっていうのが、王族の男子的には重要な事なんだろうから緊張してたのかな。
——と。
中庭までオンブロが迎えに来てて、私を見つけると、すぐに寄って来てスカートを噛んだ。
「どしたの?」
グイグイと裾を引っ張る。
なんか、急げって言ってるらしい。
私が小走りになると、肩に飛び乗って来た。
いつものようにラッチェの別棟に入って、研究室の扉を開けると——。
「ラッチェ!」
彼はグッタリして床に倒れてた。オンブロが急がせたのは、ラッチェが倒れたからか。側に寄って顔を見ると、青ざめた肌に紫の斑点が浮かんでる。見た事もない症状で——。
「ちょ、どうしたの? ラッチェ、ラッチェ!」
全く意識がないようで、ウンともスンとも言わない。口元に顔を寄せると、呼吸はしてる。私はサーチ魔法を発動して彼の身体の様子を探ったけど。
「……ダメだ。ぜんぜん分からない」
わかったのは、全身に炎症が起こってるってことくらい。治癒魔法も使ってみたけど、一向に症状が改善しない。とにかく、どこかに寝かせて休ませないと——。
「ぐ……ラッチェ、重い」
抱き上げるのは無理だ。彼の脇の下に両手を回し、自分に体重をかけさせて浮かせるように持った。グッタリと体の力が抜けた男性一人、力を振り絞らないと運べない。
「オンブロ、ラッチェのベッドどこ?」
私は歩き出したオンブロを追って、ラッチェを引きずらないように研究室を出た。彼の体は発熱してるらしく、触れた部分がとても熱い。
——とにかく、解熱しなきゃ。
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