告白
ラッチェの言葉に殿下が驚いた顔をする。
もう——嫌だ。
今夜のラッチェは饒舌すぎる。
「焼けない? なんでだよ」
ニコニコと笑みを絶やさないラッチェは、俯いてる私を見つめる。
「リリサの《まじない》なら僕にも解ける。でも、もう一つのは無理みたいだ」
「もう一つって、マローは、まだ何かに縛られてんのか?」
「うん。そっちは、強力過ぎて僕には解けない。解けるとしたら——君だけかな。ルーガ」
「俺? それって、俺に——おい、マロー!!」
私ってば、殿下の手を振り払って走り出してた。
だって、もう、無理。
ラッチェのバカ。
何もこんな日に絡まなくたっていいじゃない。
大広間を逃げ出して宮廷の庭に飛び出す。
生垣になってる椿の陰に座り込んだ。
胸が苦しくて、身動きできない。
——どうして、ここに残ってるのか。
そんなのは、分かってる。
分かってるけど——。
「……無理」
泣きたい気持ちを押し込んで、膝を抱えて丸まった。
なんだか、自分がすごく浅ましく感じる。
こんな自分は誰にも見られたくないよ。
なのに——。
「なんで逃げるんだよ」
どうして見つかるかな。
しかも、殿下に。
彼は私の隣に座って、溜息をつく。
「話せよ」
「……」
「思ってることは、話さなきゃ分からないんだろ? お前が言ったんだぞ」
「………」
何をどう言えばいいのさ。
他の誰でもない。
絶対に隠しておきたい相手を前にしてるのに……。
殿下は私の手を取ると指を絡ませて繋いだ。
彼の暖かい指の感触は、私の胸の痛い所に触れるみたいだ。
「……醜いの。私は」
絞り出すような私の言葉に、殿下は戸惑った様子で私を覗き込む。
「醜い? お前が?」
「……………」
突き上げてくる感情に、胸が詰まって視界が歪む。
話さなきゃ——ダメなんだろうか?
「言わなきゃ……ダメ?」
「……話せよ。俺には、お前が醜くくなんて見えないし」
「それは……隠してるから。絶対に人に見られないようにって、お婆ちゃんに厳命されてて」
殿下は黙って聞いてる。
繋いだ手の指が促すように動く。
「私の…………体には痣がある。見た人は目が潰れる。そう言われて育ってきた」
「うん」
「だから、人前で肌を出さないの。誰にも見せたくないの。殿下に望まれても、妻になれません」
ポロポロと涙が溢れてくる。
「…………そんなの見たら…殿下は私が嫌いになる」
自分で言ってて悲しくなる。
私……こんなに、嫌われたくないって思ってたんだなって。
繋いでた手が強く握られた。
「どんな痣なのか知らないけど——。俺はお前を嫌ったりしないぜ」
「嘘だよ。誰だって…綺麗な肌が好き……」
ノクターンで、川遊びしてる女性達だって見たことある。
痣も、傷跡も、何もない肌は、小麦色に焼けて、滑らかで綺麗で——美しかった。
私は——違うから。
殿下は掴んでた手を離して、私の肩を抱く。
彼の暖かい体温が私に伝わって、どんどん、苦しくなってく。
「ソレ、見せてみろ」
「嫌だ」
「大丈夫だから」
「絶対に、嫌だ」
私を抱く殿下の手に力が籠る。
「俺を信じろよ」
「……」
——見せる?
ルーガ王太子に?
それで、いいのかもしれない。
こんな、苦しいのはもう嫌だ。
嫌われるなら、嫌われた方が楽かもしれない。
そう思うのに、体が細かく震えてくる。
「…………殿下」
「うん」
私は自分の左胸、腕の付け根に手を当てる。
「ここ」
「そこ?」
自分では見せることができない。
こんなに怖いと思わなかった。
「……見ていいか?」
「ドーランで潰してあるから、拭わないと見られない」
私はハンカチを渡して、ギュッと目を瞑った。
ルーガ殿下は少し躊躇してから私のドレスの肩を外した。
殿下の持ったハンカチが、私の左胸の上から腕の付け根を拭ってく。
「少し暗いんだけど……これか?」
殿下の指が私の痣に触れたから、緊張してビクッとしてしまう。
月の灯りだけなら、ハッキリとは見えないかもしれない。
見えない方がいいけど——。
——でも。
私は目を閉じたまま、指を弾いて小さな灯りを生み出す。
痣を見た殿下の表情を見たくない。
「…………マロー。お前、バカ?」
「バ、バカって」
思わず目を開いて殿下を睨むと、彼は少し高揚した表情で私の痣を見つめてた。
「綺麗じゃん」
「………そんなわけないでしょ」
「綺麗だよ。肌に……花が咲いてるみたいだ」
「誤魔化さなくていい。こんなの、あるのかって…言ってもいい」
殿下は私の痣を指でゆっくりなぞる。
その指の感触にゾクッとして、思わず身を引いた。
「嘘なんかつかない」
私の肩を掴んだ殿下は、そのまま痣に顔を寄せて——唇をつけた。
柔らかな感触と甘い息が触れて、背筋がゾクゾクする。
「あ……の?」
彼は私のドレスの肩を戻すと、少し赤らんだ顔で横を向く。
「……触りたくなった。あー、ごめん」
私が絶句してると、片手で顔を覆って困ったように眉を寄せた。
「肩抜くと胸元まで見えるし」
「…………見せろっていうから」
彼はフゥッと息を吐く。
「これが妻に成れない理由?」
「………そう」
「お前、俺をバカにしてる?」
「してない!」
「お前の体にあるもの、醜いなんて思わないし。逆に……そそる」
「……………そ、そそる?」
カッと赤く染まった殿下が、両手で顔を覆ってしまった。
耳まで真っ赤にしてる。
「だってさ、白い肌に花みたいな痣だぞ。他の誰にもない、マローの……そう、思ったら。なんか、こう……」
——全身から力が抜けてく。
「なに、それ」
私はずっと、この痣が嫌だったのに。
川遊びしてる女の子たちを見て、私が遊べないのは——痣が醜いからだって。
ずっと、ずっと、思ってきたのに。
誰にも嫁がないって——決めて。
——そそる? なにそれ。
「……泣くなよ」
「だ……ゔぅ」
「しょうがないな」
殿下は私を抱きしめて腕を撫でる。
「お前は俺が妻にもらう。焼き餅くらい焼けよ。嫌いになったりしない。俺はマローが好きだよ」
胸がギュッと掴まれるようだ。
「で?」
「……で?」
「お前は?」
少し体を離したルーガ殿下は、覗き込むように私を見る。
黒目がちの瞳が、魔法の灯りで揺らめく。
「お前は、俺をどう思ってるんだ?」
見透かすような瞳で見つめられると。
誤魔化すのは無理な気がして。
自分自身に確認するように、言葉にして口に出す。
「私は……殿下が…………」
喉が詰まるみたい。
「…………好き…です」
彼はすごく嬉しそうに笑って、私の頭をクシャクシャと撫でた。
「やっと言ったな。褒めてやる。良い子だ」
「………良い子って、殿下」
「お前、すぐ俺を子供扱いするけどな。お前だって、相当に幼いぜ?」
「そんなことない」
「あるだろ。逃げるし、隠れるし、泣くし」
——それは。
そうだけど。
「あ、あの、殿下! わ、私に痣があるの、人に言わないで」
「言わない。それは今まで通り隠しとけ」
「……うん」
「人に見せるのなんか勿体無い。見せるの、俺だけな」
「………」
「分かったか?」
「……はい」
——ええと。
ラッチェも見てるけど、見せたんじゃないし。
……黙っとこう。




