夏のダンスパーティー4
フロアに出てラッチェと踊りだすと、人の囁きが聞こえて来る。
——あちら、ラッチェ様よね? 公の場に出るなんて、とても珍しい。
——相変わらず、お綺麗な方だわ。でも、ね、やはり……怖いわね。
——ローブをお脱ぎになってるのね。ねえ、あのローブがないと近寄った人が魔法に掛かるって本当?
——ノクターン嬢なら安心よね? 大魔女様のお孫さんだもの。
——魔法使いと魔女ね。お似合いだわ。
その囁きには憧れ以外のモノが含まれてて、私は少し驚いた。表情に出さないように気をつけてはいたけど、こんな好奇の視線に晒されて、ラッチェは居心地が悪くないのかな。
「マロー。踊ってる時くらい僕を見てよ」
腕を軽く引かれて首を上げると、夜会独特のキラキラした灯りで、ラッチェは普段の何倍か美形に見える。
「ごめんなさい。ラッチェの注目度が高いから、緊張しちゃって」
「注目されてるの、僕だけじゃないけどね」
ラッチェは私の腕を軽く引いて、自分の腕の中に抱き込んだ。
彼は顔を寄せて苦笑まじりに囁く。
「皆んな、僕らが恐いんだよ」
「……そうなのかな」
「特に僕のことがね」
クルッと私を回して離れると、ニコッと笑った。
「ラッチェ?」
「慣れてるよ。だいたい、僕に触れる人って限られてるしね」
「え?」
「皆んな恐がって僕に触らないよ」
ラッチェはニコニコっと、いつも浮かべる笑みを浮かべた。
「君は僕を怖がらない。だから……ルーガを選んでるの知ってるけど、期待しちゃうんだよね。もしかしたら、僕のそばに居てくれるんじゃないかって」
彼は私をホールドする手に少し力を入れる。
「君はどうして、ここに残ってるの?」
「どうしてって……」
「リリサの《まじない》は僕が解いたよ。君の契約はとっくに終わってるって、ルーガも言ってたね。婚約なんか解消して、ノクターンに戻ることもできるのにね?」
………どうしてって、言われると明確に答えられない。
「……殿下と約束したので」
「何を?」
「彼を立派な王にするためなら、命の一つ二つは差し出すと」
彼は私を覗き込むと、ゾクッとするような笑みを浮かべた。
「違うでしょ?」
「……ラッチェ」
私が困った声を出すと、彼はニコッと普通に笑った。
「すごく残念。僕なら君を自由に振舞わせてあげられるのにな」
「……どういう意味?」
「言ったまんま。王太子妃なんて役割に縛られたりしなくて済む。森に行って妖魔や精霊と戯れたり、馬で遠乗りして薬草摘みに行ったり、調薬して新しい薬を試してみたり、ね。君の好きな暮らしをさせてあげられるのにな」
どう返していいかも分からず、私はラッチェの肩を見つめながらステップを踏んでた。曲の終わりに合わせて、私を解放したラッチェがクスっと笑った。
「仕方ないな。ルーガに返そうか」
彼は私の手を引くと、殿下の方へ歩きだす。
「そういえば、王妃が君をお抱えにしたいって言ってるの知ってる? ベルナンドのお守役をさせたいみたいだけどね」
——ベルナンド王子の?
「そんな話は聞いてないけど……」
「僕がゴネてるからね。せめて、そういう形ででも僕に関わってて欲しいから。うまく断る」
「……いや、本人の居ないとこで話を進めないで欲しいな」
「でも、マロー。仕事は楽しそうじゃない?」
——まあ。
ラッチェの仕事は面白いけどさ。
「はい。返しに来たよ」
ラッチェが私を殿下の横に座らせると、殿下は不思議な目で私とラッチェを見た。マーゴが軽い溜息をつく。
そこへ——。
「ずるいな、ラッチェ」
なんでだかラベナが寄って来て抗議した。
「俺だってマローと踊りたいと思ってたんだけど?」
「なら申し込めば良いんじゃない?」
ラッチェにニコニコっと笑われたラベナは、不服そうに彼を睨む。
今夜のラベナも近衛兵の制服ではなく、夜会服を着ている。
また、目立たない方の護衛なんだろうか?
「……マロー。俺とも一曲、踊らないか?」
ラベナが手を差し出すと、殿下が私の手を取って立たせた。
「え、ちょ、殿下。俺の申し出は?」
「断る。もう、誰にも貸す気はない。マロー、未成年は次が最後だから踊るぞ」
「え? あ、はい」
ポカンとしたラベナを置いて、殿下は私の手を引いて歩き出す。
マーゴが微妙な感じに頬を緩めてる。
ラッチェはソファーに座って、ニコニコしながら見てた。
そのままフロアに連れていかれ、少しスローな曲に合わせて、ゆっくりとステップを踏む。
「マロー」
「はい」
「ラッチェと何を話してたんだ?」
「……王妃様が私をお抱えにしたいって言ってるとか」
殿下はジッと私を見る。
ええと、なに?
「他には」
「………」
彼が聞きたいのは、きっと——。
私は小さく溜息をついた。
「自分なら、私を自由に振舞わせてやれる。役割に縛られなくて済むよって」
「………そうくるんだな」
「?」
殿下が少し考えて、小さく言う。
「俺と逆だよな」
私の体を軽く自分に引き寄せて、彼は静かに言った。
「俺はお前を自由になんかできない。お前がラッチェと踊ってるの、すごく嫌だった。いろんな奴が、お前とラッチェが……似合いだって言うのが聞こえてきたし」
「似合いなわけないじゃない。ラッチェだって、上流貴族の子息なんだし。吐出した魔法使いだし、容姿も優れてる。私はリリサの孫だって言うだけで、貴族じゃないし、魔法だって治癒系が使えるだけ」
——そうだよね。
そんな私が……。
重くなってく気持ちを持て余す。
ラッチェの言葉が、私の気持ちを掻き回してる。
——どうして、ここに残ってるの?
国王陛下が宣言したのは、私が残ってたからだ。
春に契約が切れた時、どうして婚約の解消を申し入れなかったんだろ。
お婆ちゃんの《運命を決定するまじない》なんか、とっくにラッチェが解いたのに——。
「マロー?」
曲が終わって殿下が動きを止める。
私は彼から離れて淑女の挨拶をして——天井画を仰いだ。
創世の神話の天井がを見ると、胸が痛いんだよ。
なんでか分からないけど。
足早にフロアから逃れる私の腕を、殿下が掴んで眉を寄せる。
「何を考えてるんだ?」
「……何ってなんですか」
「俺を嫌いじゃないよな? 可愛いって言われるのも嫌じゃなかったろ。だけど——」
早く、このフロアを出たい。
「お前は……俺が他の娘と踊ってても、焼き餅すら焼かないんだ」
そんな顔しないで欲しい。
ローズちゃんと踊る殿下は素敵だったじゃない。
——と。
「違うよ、ルーガ。焼かないんじゃない。マローは焼けないんだよ」
おやすみなさい。




