夏のダンスパーティー2
先陣を切って一曲踊った後、殿下に連れられて座るところを探してたら——。
なんか、人が次々と寄って来るんだけど。
「ルーガ王太子殿下様。この度はご婚約をおめでとうございます」
「お話には伺っておりましたが、綺麗なお嬢さんではないですか。殿下、お幸せに」
「おめでとうございます。ルーガ殿下、ノクターン嬢様。私の母はリリサ様に大変に世話になりまして——」
「ルーガ殿下! おめでとうございます! うちの息子から、マロー様のお噂はかねがね聞いております」
殿下は微笑んで、一人一人にキチンと挨拶を返してゆく。
「ありがとう。カーネル侯爵」
「ダイソン子爵。あなたの所のクラネスに、初めての子が生まれたと聞きましたよ。私からも、おめでとうを送ります」
「ランドール公爵。ありがとうございます。父がいつも世話になっております」
「これはジェミニ伯爵。ラベナにはいつも世話になっております。ありがとうございます」
——殿下、すごい。
全員を覚えてて、身内情報まで挟んで挨拶してる。
私なんか、もう、横でニコニコしてるのが精一杯だっていうのに。
殿下が私の耳に顔を寄せて、小さな声で教えてくれる。
「ランドール公爵はラッチェの親父。最後のジェミニ伯爵はラベナの親父」
「!!! そうなの!」
そういえば、二人とも貴族の息子なんだったな。
よく見れば面影あるかな?
——と。
「ルーガ。僕にも婚約者を紹介してくれないかな?」
そう言って微笑みながら寄って来た男性は、濃い茶色の髪に黒い瞳をした綺麗な中年男性だった。隣に真っ赤な髪の美しいご婦人を連れてる。
「ごきげんよう。叔父さん。マロー。陛下の弟君のグラハム公爵と妻のアンジュ夫人だ」
私は思わず目を瞬かせてしまった。
すごく穏やかで優しそうな二人。
確かに、この人たちが暗殺とか——想像もできない。
「マロー・ノクターンと申します。初めてお目にかかります」
「婚約、おめでとう。兄から貴女の噂を聞いてるよ。会いたいと思っていたんだ。アンジュもスーノン王妃から聞いて、君に会うのを楽しみにしていたんだよ」
「初めまして、マロー嬢。そんなに固くならないで? 貴女の武勇伝は義理姉から何度も聞かされたのよ」
「……た、大変に。恐れ入ります」
グラハム夫妻が面白そうに笑った。
「婚姻は先の話になるだろうけど、私たちは君たちの結婚を楽しみしているよ。では、また」
連れ立って歩く夫妻の背中を見ながら、私ってば、そろそろ限界。
殿下が私の腕を取って、会場の端にある簡易ソファーに連れってってくれた。
「座れよ」
「ありがとう、殿下」
彼は壁際に立ってたマーゴを呼んで、飲み物を頼んでくれる。
「マロー様。大丈夫ですか? ふふ、大人気ですものね」
「マーゴ。代わってくれないかな」
「馬鹿なことを言いませんように。炭酸よりはジュースの方が宜しいですか?」
「冷たければ、どっちでも良いかな」
「お任せ下さい」
マーゴが離れると、殿下は私の隣に座って面白そうに笑う。
「お前は、本当に人混みが苦手だよな」
「目が回るんですよ。殿下、すごいね。人の名前も顔も覚えてて」
「叩き込まれるんだって。仕事みたいなもんだからな」
少し面長になって、鼻筋がたち、大人びてきた殿下の顔を見てて思う。
「殿下の体調は大丈夫?」
「俺? 大丈夫だよ」
「なら良いんだけど。去年は熱を出したから」
彼はポリっと顎を掻いて、私を横目で見る。
「お前に言われたろ。俺は喉が弱いって。だから、最近は気をつけてる。うがい薬でうがいしてるし、ヤバイかなって思ったら薬湯の蒸気を吸ってる。なるべく眠るようにしてるし」
——おお。
殿下、私の知らないところで努力してたんだな。
「偉いな」
「その言い方やめろよ」
「褒めてるのに?」
「……子供扱い」
拗ねたような殿下の顔が可愛くて、私は少し笑ってしまう。
「お待たせしました。ルーガ殿下も同じ物でよろしかったですか?」
マーゴが果物のジュースを持って来てくれて、グラスを私たちに渡しながら目を細める。視線の先には、こちらへ歩いてくるアルデンテが居た。
相変わらず、周りを避けようという配慮もないようで、取り巻きに先導されたアルデンテを周りの人たちが避けている。その後ろを骸骨のように細く顔色の悪い男性が、少し苦い顔をしながらついて来てた。
——が。
いきなり立ち止まって、お腹に手を当てると、みるみる青い顔になって踵を返した。取り巻きの男女が慌ててる姿を見て、マーゴがふふって小さく笑う。
「アルデンテ様は、どうなさったのでしょうね。顔色が悪いようですけど」
「マーゴ」
「なんでしょう。マロー様」
「何を盛ったの?」
「あら、人聞きの悪い。少し便通を良くするお薬を差し上げただけです。溜め込むのは体に良くないですからね」
殿下が横で聞いてて、呆れた顔でマーゴを見上げた。
「ほどほどにしとけよ?」
「あの男は私のマロー様に舐め腐った口をきいたんです。排除するのは当然です」
「……マーゴ」
ジュースを飲んだ殿下は、クスッと笑った。
「まあ、助かったけどな。アイツ、面倒な奴だし。後ろにくっ付いてたラーニャ侯爵も面倒だしな」
「……あの人がそうなんですね」
「知ってるのか、マロー」
「ラッチェに聞きました。避暑に行った時の——」
「まぁな。叔父さんも大変だよな」
そうだね。
貴族社会とか、本当に面倒くさそう。
——と。
「あの。お久しぶりです。ルーガ王太子殿下。マロー様」
ふわふわ金髪にパッチリ青い目のローズちゃんが、私たちの側に立って淑女の挨拶をしてくれた。




