夏のダンスパーティー1
殿下に連れられて壇上に登り、私は緊張しながら両陛下に挨拶する。
「両陛下様にはご機嫌麗しく」
ジェット国王がニコニコッと笑う。
「堅苦しくしなくていい、マロー。元気そうで何よりだ」
スーノン王妃も艶やかな笑みで私を見てくれた。
「お久しぶりね、マロー。貴女に会えるのを楽しみにしていたのよ。陛下もルーガも、ちっとも私やベルナンドの所へ貴女を連れて来てくれないんだもの。本当に、気兼ねなく遊びに来てね?」
相変わらず、お美しく凛としていらっしゃる。
彼女の視線というのは、どことなくルーガ殿下に似ててね。
なんか、少しムズムズっとする。
「身に余る光栄です。両陛下様。ええと、ですが——このような席ですと恐縮してしまいまして。あの、私は階段下の席に移動してはいけませんか?」
陛下が面白そうに私を見る。
「マロー。君の席はルーガの隣だ」
……ああ。
陛下に言われちゃうと、もう、どうしようもないよね。
「そんなに緊張することはない。挨拶の時だけだから。我慢してくれるかな」
少し気遣うように、陛下が優しく微笑んで下さった。
「勿体無いお言葉です」
分かりましたよ。
逃げませんよ。
殿下が私の手を引いて、席までエスコートしてくれる。
今日は彼のエスコートが少し有難い。
だって、もう目眩しそうだもの。
「座れよ。お前……大丈夫か?」
「殿下。私はもうダメです。目が回ってます」
正直に言ったのに、殿下がクッと詰まって口元を隠して笑った。
「本当なのに」
「いや、だって、速攻すぎるだろ。まだ、始まってもいないんだぜ?」
「……もう帰りたい」
「我慢しろ。お前も俺に合わせて、途中で退出していいから」
「……………はい」
壇上から見る会場は、人、人、人。
本当にな。
音楽が流れ、会場の人たちが一斉に壇上の国王陛下へ視線を移す。
陛下が王妃の手を取って立ち上がると、音楽が止んだ。
「集まってもらって有難う。今宵は花を愛でる催しだ。そこで、我が息子、ルーガの花を紹介しよう。許嫁になった・マロー・ノクターン嬢だ。知っている者も多いと思うが、彼女は国の功労者である大魔女、リリサの孫に当たる。強い魔女の血筋が我が王家にもたらされる事を、私は大いに歓迎する」
——え?
そういう宣言するわけ?
あれ?
婚約だから、解消もあるって話は?
殿下が私の手を取って立ち上がる。
引かれるように立ち上がると、なんでか拍手が起こってるし。
——うわぁ。
目が回るよ。
「マロー、淑女の挨拶」
殿下が小さく囁いたので、ドレスを摘んで膝を折る。
私の横で殿下が胸に手を当てて、紳士の挨拶をしてる。
フラつく私の背中を、殿下が軽く腕を回して支えてくれる。拍手が収まるのを見計らって、私の腕を引いて椅子に座らせてくれた。
「……謀られた」
私の呟きに、殿下がまた吹き出しそうになってる。
でもね。
心情的には、そうだからね。
「今宵の会場には、大輪の花々が咲き誇っているようだ。夏の宵のひとときを、美しい花を愛でて過ごそう。では、皆も楽しんでくれたまえ」
陛下は微笑んで、スーノン王妃の腕を取って階段を降りてゆく。中断していた音楽が奏でられ、殿下に手を取られた私は、両陛下の後ろから階段を降りてく。
「落ちるなよ、マロー」
私の腕をシッカリ掴んだ殿下が、面白そうに言う。
返事をする余裕もないよ。
そのまま、中央のスペースに連れてかれ、先陣を切ってダンスを踊るらしい。
殿下と一瞬だけ離れ、挨拶を交わして彼の手を取る。殿下の背中に腕を回すと、殿下も私をホールドし、小さく笑った。
「マロー。顔が引きつってる」
「こんなの、騙し討ちみたいじゃないですか」
「なんだよ。俺と踊るの嫌なの?」
「そうじゃなくて」
ステップが始まれば、殿下の顔しか見ないで済む。
ちょっと、ホッとするな。
「俺は気が楽になった」
「へ?」
「これだけ宣言しとけば、お前にチョッカイかける男が減るからな」
「なに言ってんですか。もともと、そんなの居ませんよ」
殿下がキュッと私の腕を引いて、自分の腕の中に抱き込んで回る。
「お前は鈍いからな」
「はい?」
なんだか、殿下は機嫌がいいのか、悪いのか分からないな。
まあ、自分の気が張り詰め過ぎてるからね。
でも、殿下のダンスの腕が上がってるのは分かる。彼のリードはとてもシッカリしてて、合わせているだけで動けてる。
それに、去年よりずっと背が伸びてるから、視線を下げなくても彼と目を合わせていられる。
——ん?
私って今日はヒールを履かされてるよな。
ローヒールだけど……。
もしかして、殿下って思ってるより大きくなってる?
すでに私を——抜いたのか?
「マロー。ボンヤリするなよ」
殿下が軽く手を引いて、私を回す。
クルクル回ると、薄紫のドレスが広がって——。
少し楽しそうな殿下が笑った。
「お前、ダンスが上手くなったな。本当に花みたいだ」
——うっ。
胸がキュンってしたぞ。
顔が熱くなってく。
彼は私の様子を見て、ククッって笑った。
「笑わないで下さい」
「いや、だって。お前、顔が赤くなってる」
知ってるわよ!
軽く唇を噛んで殿下を睨んだら、もっと笑い出した。
「殿下。ダンス中なんですけど」
「知ってる。けど、マローが可愛いから」
「煩いな」
曲が終わりに近づくと、殿下は私の腕を引いて自分の腕の中に引き込んだ。腰に手を回して、軽く私を仰け反らせる。それはダンスの型にあるけど、殿下は私に合わせて自分の体を折った。彼の顔が私の顔に近づいて、動きに合わせて髪が揺れた。
近づいた瞬間に、囁くように言う。
「本当に可愛い」
うわぁ!
全身がカッと熱くなってく。
殿下は、こういうの、どこで覚えるんだ。
年上を揶揄って楽しいのか。
——いや。
すごく楽しそうだな。
殿下は機嫌が良いらしい。




