思い出のドレス
庶民だった私は知らなかったけど。クーネル王国では、一年に一度は王家の主催でダンスパーティーが開かれるそうだ。
ラベナも前に言ってたけど、ダンスパーティーは貴族の子息、子女にとっては、重要なお見合いイベントになってるし、近隣国の方を招くこともあるから外交にも役立つし、と、メリットが多いそうだ。
去年はルーガ王太子殿下の誕生日に合わせて開かれたから、春の催しになったけど。今年は夏のイベントだそうだ。
殿下がドレスを新しく仕立てようかって言ったけど、私はもったいないから去年の春に着たドレスを着るって断った。もったいないし、それに、あのドレスは気に入ってるからね。殿下と初めて踊ったドレスなんだしさ。
——ただ。
一年も経つと、私の体形も変わってしまてて、胸が入らなくなってたんだ。
ピンポイントで太るとは、これいかに——と、ヘコんでたら、マーゴが少しデザインを変えてリメイクしてくれるって言ってくれた。
「こんな事になってるかなって思ってました。マロー様、貴女もまだ十七才なんですから。そりゃ、体つきも変わって行きますよ。気づいてなかった方に驚きますけど……」
「……だって、普通に服が着られてたから」
「ワンピースはゆったりしたデザインの物ばかり選んでたじゃない? 下着は私がサイズを変更してましたよ。本当に自分のことには無頓着なんですから」
「間に合うかなぁ? 一週間しかないんだけど?」
彼女は少し垂れた目を綻ばせ、お姉さんらしい笑みを浮かべた。
「お任せ下さい。少し大人びたデザインになりますが、今のマロー様なら着こなせますよ」
「………お願いします」
「ふふふ。そういうマロー様は可愛いです」
「え?」
「頼ってくれる感じ。マロー様、普段は人を頼りませんからね。もっと、頼りにして下さい。私は貴女のお側付きなんですから」
「——ありがと、マーゴ」
☆
夏のダンスパーティーに間に合わせて、マーゴは私のドレスを直してくれた。胸元を開いて濃い紫の布を当て、縫い目に細いレースのリボンが縫い付けてある。リメイクしてくれたドレスは、体にピッタリ綺麗に仕上がっていた。
「すごいね、マーゴ」
「ふふ。ありがとうございます。頑張りました」
今日はダンスパーティーでドレスを着るって分かってたから、痣はドーランでキッチリと塗りつぶしてる。胸元が思ったより開いてるけど、痣は腕の付け根に寄っているので見えない。
マーゴが私の髪を結い上げて、髪飾りをつけながら私の左手を見る。
「マロー様。ブレスレットは外さないんですか? 装い的に、もう少し派手な物でも良いかと思うんですけど」
「外さないよ。派手にするなら、もう一つ別のを重ねてつけるけど」
「……大事な物なんですか? いつも、つけていらっしゃいますね」
「殿下に貰ったもので、私にはお守りだから」
——あ。
マーゴの顔が変な感じに緩んだ。
「そうでしたか。それは外せませんね。ふふ」
「嬉しそうだなぁ」
「無論です。マロー様が殿下の思いを肌身離さずお付けになっている。これは、十分な萌えエピソードですので」
「……マーゴ。それなら、私の剣は陛下からの賜り物だし、ナイフはラベナがくれた支給品だけど?」
「個人的な贈り物と、褒美や装備を同列にしないで下さい」
そういうものか。
ああ、プレゼントっていえば——。
「ねえ、マーゴなら分かるかな」
「なんでしょうか?」
「女性から男性へのプレゼントでさ。自分を贈り物にするって、どういうの?」
「それはアレですよ。夜伽するってことです」
……え?
なんだって?
「贈り物ですからね。自分にリボンとかつけて、その夜は男性の言うがままに——ね。結婚の決まった恋人同士とか、夫婦でないと、そんな贈り物はしないですけど。なんで、そんな事を聞くんですか?」
背筋を冷や汗が流れてく。
言うがままに?
——師匠!!
「マロー様?」
「え? あ、いや。前にね、カメオ師匠が。殿下の誕生日プレゼントに——お前を贈ったらどうだって、言ったもんだから。いや、いやいや、贈ってないよ? あげたのは組紐のお守りだからね!!!」
——いつかって、約束しちゃったけど。
マーゴが、ふふふって面白そうに笑った。
「あら、カメオさんも言いますね。そうだなぁ、マロー様がそんなふうに仰った時の殿下を見てみたい気もしますが、やめておいて正解でしょうね。そんな事を言われたら、殿下は他のことが考えられなくなっちゃいますよ。まともに王太子の務めが果たせなくなります」
ええ?
まさか——。
「そんな事はないでしょ?」
「あります。特に殿下は若いですからね。経験値も低いでしょうから、もう、虜になって変じゃない。本当に、見てみたいのは見てみたいですけど。マロー様に耽溺してまともに生活できない殿下。ふふ、想像だけでも涎…」
ああ、マーゴの目が少し虚ろに。
「マーゴ」
「あ、はい。失礼しました。まあ、そういう意味ですから。そのカードは大事に取って置いて下さい。いいですね? ここぞって時に切るんですよ」
「……分かった」
一生、切らないよ。
いつか、ってのはいつかで、永遠に来ない。
——うん。
期限も期日も決めてないんだから、騙してない。
というか、貴族って何考えてんだろ。
殿下はすぐ理解してたみたいだけど、そういう情報をどこで——ああ、衛兵たちか。
マーゴがニコニコっと私を見た。
「なに?」
「マロー様って、そういうとこウブですよね。守んなきゃなって思います」
「普通でしょう? それに、もっとあから様な物言いなら私だって知ってるし!」
「はいはい」
「マーゴ」
彼女は私の肩に両手を置いて、ウフフって笑った。
「貴女はそれでいいんです。そこも、私のお気に入りポイントなんですからね?」
……なんか。
バカにされた。
☆
その夜のパーティーの主題は、花を愛でるっていう催しだそうだ。
パーティー会場は去年と同じ大広間で、至る所に宮廷の庭に咲いてた夏の花々が飾られてる。イベントの開催って、本当に大変だよな。その多くを貴族達じゃなくて、王宮で働いてる使用人達がになってる。
コック長も忙しいだろうし、女官長や、メイドさん達、給餌の男性達も大忙しだね。
大広間の天井を見上げて、煌めくシャンデリアやランプに揺れる天井画を見る。創世の神話には、聖痕の乙女も描かれてる。初代、クーネル王のお妃は、真っ白なドレスに金髪で、胸元には真っ赤なバラのような聖痕がある。
——赤いんだよな。
ふっと自分の左胸に手を置いた。
私の痣は青い。
あんな風に、綺麗な感じじゃない。
——本当に聖痕なのかなぁ。
お婆ちゃんやラッチェが、そうだって言ってただけだし。
「マロー」
殿下の声に振り向くと、彼は不思議そうに私を見る。
「天井画を見てたのか?」
「はい。大広間には滅多に入りませんからね」
今日は薄い灰色がかったブルーの騎士服を着ている。
「殿下。今日は夜会服ではないんですね」
「ああ、別に俺の祝いじゃないしな。正装ならなんでもいいから」
「……そうなんですか?」
「そう」
それから、少し首を傾いだ。
「そのドレス、少しデザインを変えたか?」
「え? はい」
——ピンポイントで太ったとは言い難いな。
「ドレスも流行りがあるみたいで。マーゴがリメイクしてくれたんですけど。変ですか?」
せっかく殿下が選んだドレスだったからなぁ。
気に入らないと残念なんだけど。
「いや。綺麗だと思う。似合うよ」
ドレスアップして、美形率が上がってる殿下にニコッと微笑まれると、ちょっと居心地悪い。やっぱり、夜って殿下と一緒にいるの苦手だな。
「殿下も格好いいですね。夜会服より似合うかも」
「……そうか?」
ああ、壁際で控えてるマーゴの笑みが微妙に緩んでる。
また妄想してるんだろうか。
「じゃ、行くか」
殿下が私の手を取って軽く引いた。
「え? どこへ?」
「マロー。お前、今日は俺の隣だ」
「へ?」
視線で促されて、大広間に作られた階段を見上げる。
両陛下の椅子より一段下がった場所に、王太子の席があるんだけど——椅子が二つあった。
——え?
「え、あそこ?」
「ああ。今日はお前もあそこに座る」
「い、いや。殿下、私は許嫁で妃じゃないでしょ?」
「許嫁ってのは、未来の妃だからな。お前のお披露目を兼ねてんだと」
「……え? どういう?」
「国王の指示だからな。観念しとけ」
「………マジ」
「マジだ」
あの上にのぼるのー。
ヤダー。
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