誕生日プレゼント
ラッチェの仕事を手伝いに行った日は、必ず報告に来るように殿下に厳命されているわけでさ。夕方に顔を合わせる事になるんだけど——。
「………」
最近は、日暮れてくる時間に殿下の部屋に二人きりだと、なんとなく居心地が悪いんだよね。なんでなのか、自分でも分からないんだけど——落ち着かないんだよなぁ。
でも、まあ。
取り合えず、仕事の報告だ。
私のノックに答えて、ラベナの声がする。
「どうぞ」
ちょっとだけ、ホッとしてる自分に戸惑うな。
別に殿下と二人きりが嫌だってわけでもないのにね。
「失礼します。報告に上がりました」
部屋に入るとルーガ殿下は自分の椅子に座ってて、ラベナが殿下の横に立って書類を抱えてた。
「よお、マロー。仕事は終わったのか?」
「うん。殿下に報告したら終わりだよ。ラベナは忙しそうだね?」
「春は人の入れ替えが多いからな。書類仕事が多くて嫌になるよ」
自分で立ち上がった殿下が、部屋の大きなランプを灯す。
「ラベナ。上がっていいぞ」
「え? あ、あぁ。はい」
ラベナがチラッと私を見る。
どういう視線?
殿下も不思議そうにラベナを見た。
「なんだよ」
「え、いや……」
「もう、上がっていいぞ?」
「はい。あの、殿下。くれぐれも、マローは許嫁ですから」
「は?」
「その、まだ、婚姻してませんからね?」
「分かってるけど?」
「……なら、いいんです。ええと。じゃ、マロー。明日な」
挙動不審のラベナを見送って、結局は二人きりになった。
ランプの灯りに揺れて、殿下の黒い瞳が揺らぐ。
「座れよ」
「……はい」
殿下の向かいに座って、静かに私の言葉を待ってる彼に、一日の報告を始める。
「今日も、ほぼ、ラッチェの研究室で調薬と、魔術書の勉強してました」
「ああ。変わった事は?」
「ラッチェが妖魔を捕まえるトラップを見つけたって」
「……トラップ?」
「はい。ジェラルドの残していった資料の中にあったみたいです。なんていうのかな、魔法円」
彼は興味深そうに身を乗り出した。
「それ、どんなの?」
「上手く言えないな。すごく複雑な文様の円でしたよ。あ、でも、捕まえられるのは短時間みたいに言ってたし、オンブロなんかは捕まえるのは無理だって」
「ああ、ラッチェの所に住み着いてる妖魔か」
「はい」
必死で威嚇してくれたオンブロを思い出して、ちょっと思い出し笑いをしてしまう。
「なんだよ?」
「いえ、オンブロ、可愛いんですよ。研究室に行くと、ずっと私の側に居てくれるんですけど。妖魔や精霊だけじゃなくて、ラッチェまで威嚇してくれるんです」
「へえ。頼もしい味方をつけたんだな」
「そうですね。茹でたお肉が好きらしいんで、今度、ご褒美に持って行きます」
「肉を食うんだ」
「みたいですね」
殿下は足を組んで、上体を戻す。
軽く顎に指を当てて——。
「俺も見てみたいな」
「え?」
「トラップ。それに、オンブロって妖魔もさ。俺は、お前よりは妖魔を見てると思うけど、オンブロは見た事ないんだよな。あれって、珍しいタイプなの知ってるか?」
「ええと。けっこう、高位の妖魔だって」
「ああ。数が少ないんだ」
「へぇ……」
炎が揺らぐと、影も揺らぐ。
殿下の顔にも影が映って、綺麗な顔に不思議な表情がつく。
やっぱり、居心地悪く感じる。
——あ、そうだ。
「ルーガ殿下」
「なんだ」
「今日でしたよね」
私はポケットから、お守りの組紐を出した。
殿下がキョトンと私の手の平を見る。
「十三歳のお誕生日、おめでとうございます」
「え、くれるのか?」
「はい。プレゼント」
彼は私の手から組紐の腕輪を取ると、顔の前にぶら下げて見つめた。
「あんまり見ないで下さい。初めて作ったんで、ちょーっと不格好?」
「……いや。ありがとう」
殿下は眉を寄せて、少し困ったような顔になった。
久しぶりに見るな。
こういう顔。
「……あの、本当に小さな物で恐縮なんですが」
彼は目を閉じて、スゥッと息を吸い込んで笑った。
「嬉しいよ。俺、こういうの貰うの初めてなんだ」
「へ? こういうの?」
「……誰かが、俺の為に作ってくれた物」
「!! そうなの? でも、だって、殿下なら沢山プレゼントもらうでしょ?」
クスッと笑った殿下は、自分の腕にお守りをつける。
「確かに物は貰うよ。俺のためにって選んでくれてたりもする。けど、手作りは貰ったことない」
「そうなんですか? ヤダな。もう少し気合い入れて、丁寧に作れば良かった」
「充分だよ。この色は安全を願ってるんだよな?」
「そうですね。あと、幸運を願ってます」
彼は綺麗な笑顔で嬉しそうに笑った。
「ありがとう。マロー」
こんなに喜ばれると思ってなかったな。
——少し、照れ臭い。
「良かった。ヴィオラちゃんに作り方を教えてもらったんです」
「ああ、あの子、元気か?」
「ええ。元気だって師匠が言ってましたよ。そういえば、師匠ってば、私をプレゼントにすればいいとか言ってた」
「………え?」
殿下の動きが止まる。
「さすがに早いかって言ってましたけどね」
私が笑ったら、殿下は動きを止めたまま——目を伏せた。
「殿下?」
「……あ、ああ。ええと。それは、早い……だろ」
「早い、遅いがあるものなの?」
「ラベナも言ってたろ——まだ、許嫁だしな」
「?」
よく分からないけど、いつかは欲しいってことか?
「では、いつか、差し上げますよ」
軽い気持ちでそう言ったら、殿下が真っ赤になってしまった。
——なんで?
しばらく俯いてたと思ったら、首の後ろに片手をやって上目遣いに私を見る。
「お前さ、まさかだけど。意味……分かってない?」
——意味? 私の命を殿下に差し出すってことだよね?
「前に言いましたが、私は殿下を立派に育てる為なら、命の一つ、二つは差し上げます。忠誠を誓うくらいは何でもないですけど?」
彼は両手で顔を覆って、ハーっと深い溜息をついた。
「だよな。お前って、そういう所が信じられないくらい疎いよな」
「え? 違うんですか?」
私をジッと見た殿下は、少し間をおいて小さく笑った。
「…………違わない。いつか、お前を俺にくれよな」
殿下が手を伸ばして私に小指を出す。
一瞬、躊躇してしまう。
これ、約束していいヤツなんだろうか。
なんか、殿下の様子を見てると深い意味がありそうなんだけど。
「マロー」
「あ、はい。分かりました」
ランプの灯りが揺れる部屋で、私は十三歳になった殿下と指切りする。
殿下は絡んだ指を持ち上げると——唇をつけた。
彼の唇の感触と表情で、私の全身がビクッと強張る。
背筋をゾクゾクッと何かが這い上がっていった。
「約束だからな」
殿下は少し熱を帯びた目で私を見て、はにかんだように笑った。
「プレゼント、ありがとう。良い誕生日になった」
私は強張ったまま、なんとか微笑む。
口から心臓が飛び出しそうになってる。
なんてことない筈じゃない。
手の甲へキスするのなんか、紳士から淑女へ親愛の挨拶なんだし。
でもなんで?
絡んだ指が……外せない。




