お守り係はカトレア仕様
女官長様に、放っておいてくれ、とは、まかり間違っても言えずに、朝から夕方まで厳しいシゴキに耐えねばならないとは——しかも。
「じゃ、夜は僕と護衛の為の訓練ね?」
「ラベナさん……私、筋肉痛で」
「あれ? 治癒魔法の達人じゃなかったっけ? 筋肉痛なんか、一晩寝れば治るでしょ。それとも僕が苦いお薬を処方してあげようか?」
「けっこうです」
ズボンの上にロングスカート履いて、小型ナイフの訓練とか——死ぬ。
「屈んで足首から抜くのが辛いの? なら、太ももにする? めくる生地が増えれば喜ぶ奴も増えるし」
私は殺意を込めて、的に向かって短剣を投げる。
あの的にラベナさんの顔を貼ろう。
きっと命中率が上がる。
すでに深夜近く——私は崩れ落ちるようにベッドへ潜り込んで、全身に治癒魔法をかけて電池切れ。
気づけば朝。
お日様が眩しい。
そんな日が続いて、すでに今が何日目かも分からなくなってた。
全部、お婆ちゃんのせいだ。
私の耳には、ケケケと笑うお婆ちゃんの笑いが聞こえるような気がする。
「お前……大丈夫か、マロー」
「大丈夫じゃない。ルーガ殿下の顔を見るのは、朝のこの時間だけだし。自分がなんで王宮に居るのか忘れそう」
彼は端正な顔に苦笑を浮かべた。
「女官長にレッスン中は近寄るなって厳命されてたからなぁ」
ケラケラ笑ったラベナが——もうね、さん付けなんか止める。
「殿下。この人、すごいですよ。こんなに短期間でナイフを操れるようになった近衛兵なんか、他に見た事ないです。俺なんか、何回殺されてることか」
「……私は近衛兵じゃないし。ラベナなら、何万回でも殺したい」
私のつぶやきを聞いた彼は、青い瞳をウルっと潤ませた。
「その恨みがましい目、たまんないかも」
背筋がゾクッと——。
思わず隣に座ってた王太子の腕を引っ張った。
——と。
「え?」
前なら引き寄せたらつむじが見えてたのに、前髪の間から上目遣いに私を見る殿下の顔が見えた。
「あれ?」
彼は目を瞬かせて軽く唇噛むと、私の腕から身を引いた。
——そりゃそうか。
顔が近すぎて、ちょっとビックリしたもんね。
「……殿下。座高が伸びました?」
「座高だけ伸びるわけないだろ」
「だって、つむじが見えない」
「背が伸びたんだよ」
「勝手に伸びないで欲しいな」
「お前なぁ。俺だって生きてんだから背ぐらい伸びる」
ちゃんと成長してるんだから、メデタイことよね。
——でも。
「急に伸びたら、寂しいじゃないですか」
「そこまで伸びたわけじゃない」
「……ご飯、制限してみます?」
「俺はテーブルウサギじゃねぇぞ」
そっか。
背が伸びたのかー。
私がシュンとして、朝ごはんのバターロールに噛み付くと、ラベナさんが小さく笑った。
「なんでヘコむの?」
「なんか、寂しいなって。子供の成長は早いから」
「ああ、それは本当にね」
ラベナは目を細めて王子を微笑ましく見た。吊られた私も隣に座ってるルーガ王子を見つめる。
居心地悪そうに細い顎に手をやった彼は、思い出したように言った。
「そういや、マロー。今日からパートナー有りのレッスンだって女官長が言ってたぞ。俺が付き合ってやるから、ありがたく思え」
「……本当ですか?」
「ああ」
「嬉しいです。ラベナでなくて、本当に嬉しい!」
ラベナが自分を抱きしめて、少し上ずったような声を出す。
「なんかさ、もう、マローに毛嫌いされるのが快感になってきた」
「変態な発言は止めてよ、怖気が走るじゃない」
「嫌いの反対は好きだからね?」
「違います! 嫌いの反対は大嫌いです!」
殿下が疲れた声で呟く。
「お前らって、本当にいつも元気だな」
私は思い切り首を振る。
「元気じゃないです! 満身創痍ですよ」
ラベナが含んだ笑みで頷く。
「こういう姿を見ると、彼女は本当に治癒魔法の達人なんだなって思うよ。訓練後は半死だからさ。アレはアレでいいけど」
「……殿下。この人の首を飛ばしちゃって下さい」
「職権乱用は控えてるんだよ」
「すごく残念です」
ダンスのレッスン前には女官長にドレスを着せられる。
着せてくれるのは、女官の方々だけどね。
「女官長様。私は一介のお守役にすぎませんので、装いにここまで気合いを入れなくても——」
「何を言うのです。恐れ多くも殿下がレッスンに付き合って下さると仰るのですよ? 貴女のためにドレスを作るようにとも申しつけられておりました。さすが王太子殿下の見立てだわ。とても似合うわね」
普段は稽古用の型の古いドレスで良かったのに。
仕立てたばかりの新しいドレスとか、本当、もったいない。
「少し胸元が開きすぎじゃありませんか?」
「今年の流行りです。文句言わない」
——だって、聖痕が見えたら困るし。
まあ、お婆ちゃん直伝のドーランを塗ってるから大丈夫だとは思うけど。
赤紫から薄いピンクへのグラデーション。
まるで花びらみたいに重ねられたレースに覆われたスカート部分。
——カトレアみたいなドレスだなぁ。
凝ってるよね。
貴族でもないのにさぁ。
レッスンの為のダンスフロアに行くと、白い絹地のシャツに黒ズボンのラフな格好した王子が立ってた。
——ルーガ王子め。
自分だけ楽な格好とは許しがたし。