抱擁
同じエピソードなので、一度にあげます!
気づいたら、ラッチェに抱かれて馬の上に居た。
「あ、気づいた」
「……ラッチェ?」
「注意したのにさ。魔力を分けすぎ」
——ああ。
あの感じが、そうなんだ。
ん?
ちょっと待って。
彼は片手で手綱を持って、私を自分にもたせかけ、脇の下に手を入れて抱くように支えてる。
頬が彼の胸にくっついてて、心臓の音さえ聞こえてきそうだ。
——これは、あまり歓迎できない状況じゃないのか?
「私、一人で——」
「危ないから、動かない」
「……だけど、これって良くないですよね」
馬を止めたラッチェが、私を覗き込む。
白っぽい金色の目が心配そうに私を見つめる。
「まだ一人で馬に乗ってくの無理だよ」
「……すみません。でも、こんなの誰かに見られたらラッチェが困るでしょ?」
「別に困らないよ」
面白そうに笑われて、私はラッチェを睨んでしまった。
真面目に言ってるのに、笑うことないと思う。
「睨まないでよ、マロー。忘れてるの? 僕は君に求婚した男だよ」
「その話、終わりましたよね?」
「……終わってないよ。今、ちょっと傷ついたんだけど」
——しかしだよ。
「でも、私って対外的には王太子の許嫁だし。ラッチェに変な噂でもたったら大変じゃない」
「……ねぇ、マロー」
「はい?」
「君が気にしなきゃならないの、そこなわけ?」
銀に近い金の瞳が、物言いたげに私を覗き込む。
彼はそのまま耳元に唇を寄せて、囁くように。
「君に気がある男に抱かれてるんだけど?」
そう言って、私を抱く手に力を込める。
「ここは森だしね。そうそう、他人に見られることはないよ」
「………そうか。変な噂であなたが困ることもないかな」
ラッチェが深いため息をついて項垂れる。
なんなんだろうな。
「だからさー」
「はい?」
「ないの? 恥ずかしいとか、照れるとか、ドキドキするとか」
「……ええと。何にですか?」
「僕に!」
拗ねたみたいに睨まれてもなぁ。
「ラッチェが親切で運んでくれてるの分かってますし。別に恥ずかしいとかないな。どっちか言ったら、申し訳ないって感じ。迷惑かけちゃって。ごめんなさい」
——また溜息をつかれた。
謝ってるのに。
「そっからなの?」
「へ? どこから?」
「僕はこれでも緊張しながら君に触れてんだけど。そういうのに、気づいてないんだよね? 微塵も——」
「だから、ごめんなさい。意識のない人間なんか、グタッとしてて運び難かったよね。でも、もう大丈夫。一人で馬に乗れると思うから……」
——なんだって、そこまで盛大に溜息をつく。
「僕はね、カメオに頼まれてるんだよ。それに、ちゃんとしてルーガの所に帰らないと、仕事を止められちゃうよ? フラついて馬から落ちたら大変だし。ほら、隣で焦げ茶も心配してるしね」
手綱を繋がれ、二頭立てになってる馬が私をジッと見てる。
「大丈夫。森を抜けたら、一人で乗っていいよ。今は僕にくっついてて、少しづつ魔力を分けてる所だから」
そう言われては、ジッとしてるよりない。
彼の胸に頭を寄せてると、少し早い鼓動が伝わって来る。
——緊張してるって、本当なのかもしれないな。
きっと、落としたら不味いとか、気を使わせちゃってるんだろうな。
「ラッチェ。本当にごめんね。ありがとう」
私が首を上げて彼に笑いかけたら、苦笑に近い笑みを浮かべた。
「いいよ。……でもね、あの状態は良くない。しばらくは僕と一緒に行動してもらう。一人で森に入ったら——どうなるか分からない。分かった?」
「………はい」
ラッチェは確かに私に魔力を分けていたんだと思う。
森を抜ける頃には、一人でもシッカリと座っていられるようになった。
「君が森に行くと嬉しいのはわかってるけどね。明日は僕の研究室で魔力の分け方を練習しよう。いいね?」
「……よろしくお願いします」
「まあ、今日は僕の役得ってことで許すよ」
「役得?」
「マローを抱きしめられる機会なんて、滅多にないでしょ」
彼はニコッと少し恥ずかしそうに笑った。
☆
自室に戻ろうと廊下を歩きながら、思わず猛省してしまう。
——やらかしたなぁ。
ラッチェには本当に申し訳なかった。
ちゃんと注意されてたのに。
気を許し過ぎなんだよね。
妖魔にも、精霊にも——。
でも、あの感覚は不思議に癖になりそうだな。
体が冷えて意識が無くなってく感じ。
私は軽く身を震わせる。
ダメダメ。
あれが続いたら「死」が待ってる気がする。
気をつけないとな。
ふっと、殿下の部屋の前だって気づいた。
自室に戻る前に顔を出そうか——。
ノックしたら、殿下の声で「入れ」って聞こえて来た。
ラベナはいないのかな。
「殿下。ただいま、戻りました」
彼は窓枠に座って外を見て居たらしい、そのままの姿勢で私を見た。
「お帰り。で、森はどうだった? 今日は森に行ったんだろ」
「え? ええ、面白かったです」
思わず視線を逸らせる。
私って小心者だな。
殿下が目を細めて、チョイチョイって指で私を呼ぶ。
——うう。
「ええとですね。魔力の使い方って難しくて——」
「いいから、来い」
「……はい」
そのまま側に寄ると、引っ張られて私も窓枠に座らされた。
殿下は私の手を掴んだまま、綺麗な顔で私を覗き込む。
「で? 何したんだ?」
「……怪我したり、病気になった妖魔や精霊の治療です」
「——で?」
「……………で、ええと。魔力の分け方に失敗しまして。その、気を失ってラッチェに抱いて帰って来てもらいました」
殿下が掴んでる手に力を入れた。
「へぇ? 抱いて?」
「……はい。迷惑をかけました」
「詳細に語れよ」
「へ?」
「何処で、どんな風に、どのくらい抱かれてた」
「え、いや。殿下。私は気を失って——」
「覚えてるとこだけでいいぜ?」
なんか、目つきが怖い。
というか、なんで、尋問みたいになってるんだろ。
「……帰り、森を抜けるまで。馬の上でもたれかかってた感じです」
「ふぅん? ずっと」
「枯渇した魔力を分けてもらってたので」
殿下がキュッと下唇を噛んで私を睨み、少しして弾丸みたいに喋り出した。
「お前さ、どういう状態だったか分かってるのか? ラッチェはお前に求婚した男なんだぞ? そういう奴の前で簡単に意識を失くした? 不注意にも程がある。忘れるなって言ったろ? 他の男にもたれたりとか、していいわけないだろーが。そういうの——」
あ、説教くさくなってきた。
——なんか、面倒臭いな。
「分かりました!」
私は殿下の腰を掴んで思い切り抱き上げた。最近の殿下は体重も増えたから、ちょっと自信なかったんだけど、なんとかイケたな。彼をそのまま膝の上に乗せて、ガシッと抱きしめる。
「お、おま、何を——」
「もたれなさい」
「はぁ?」
「そのまま、力を抜いて私にもたれかかって」
「いや、マロー」
私は殿下を無理やりに抱き寄せた。最近は身長差があんまりないから、抱き寄せると殿下の顔は肩に乗ってしまう。まあ、私の方が座高だけ高くても悲しくなるわけだけど。
「ちょっと違うかな。もう少し力を抜いて。私の胸に——」
「は、離せよ。これ、ちょっと、やばいだろ」
「やばくないです。動かないで下さい。もうね、馬の上に居たくらいの時間を抱き合いましょう。私の失態なんですから、実演でお返しします。殿下の気の済むまで抱いてます!」
「ば…なに」
殿下の頭をギュウって胸に抱きしめたら、彼は無言になってしまった。
——あれ。
殿下ってば真っ赤になってないかな。
なんか、首まで赤くなってる?
「え……可愛い」
思わず呟いたら、殿下が私を突き飛ばして膝から降りてしまった。
「何考えてんだよ」
——え?
あ、うわぁ。
すごい。殿下ってば発熱したみたいに真っ赤だ。
目まで潤んでる。
そんな顔されたら——。
思わず口元を手で隠して、彼から目を逸らせちゃう。
——可愛すぎ。
こっちまで顔が赤くなってくる。
彼は真っ赤になったまま、少し怒ったみたいに言う。
「もういい。分かった。次から気をつけろよ」
「いいんですか?」
「気をつけろって言ってんだよ」
「はい」
そのまま上目遣いに私を見て、チョイチョイっと指で呼んだ。
何かと思って窓枠を降りて近寄ったら。
殿下が耳に口寄せて囁いた。
「お前、自分も赤くなってるの気づいてるか? すげー可愛いぞ」
「!!!」
カーッと頭に血が上ってくる。
思わず一歩下がったら、殿下が赤い顔のままでニッと笑った。
意趣返しってヤツなのかな。
——なんか、ムカつく。




