王都の森
その日は、やっと、ラッチェが森へ連れてってくれると言った。
「そろそろ、いいかなって思うんだけどね。妖魔や精霊の種類や特性も理解出来てきたでしょ?」
「はい、はい!」
とにかく、頷きまくったらラッチェが笑う。
「逆に不安になるなぁ」
どんな事でも、まずはやってみなくちゃね!
すごく、楽しみだ。
馬を借りて行くということで、私たちは馬屋へ向かう。馬屋にはカメオ師匠が居た。もちろん、疾風の世話をしてたんだけどね。
「珍しい組み合わせだな」
「仕事を手伝ってもらうんだよ。空いてる馬はいるかな?」
「今は四頭が待機してるな。疾風はダメだぞ」
「分かってるよ。空いてる馬を借りる。マローは馬に乗れたよね?」
「むろんだ。何だったら馬の上でも剣が振れるぞ」
「カメオ。僕らは戦闘に行くんじゃないよ。少し見せてね」
ラッチェが馬屋に入って行くと、師匠が面白そうに私を見た。
「よく、殿下が許したな」
「え?」
「城を出るんだろ? ラッチェが付いてるっていったって、衛兵も連れないでさ」
「いや、師匠。私は仕事で出かけるんですよ?」
「そりゃ分かってるけどな。お前、一応、殿下の許嫁だろ」
「……一応」
「五、六人の衛兵連れてたって変じゃないぜ?」
「勘弁して下さいよ」
師匠がケラケラ笑う。
「まあ、ラッチェとお前じゃ、下手な衛兵は逆に足手まといかな。なあ、疾風」
疾風の鼻先を撫でる師匠の腕に、綺麗な色紐が揺れた。
「師匠。それ、なんですか?」
「これか。お守りだ」
「お守り?」
師匠は少し嬉しそうに、その赤と黄緑の紐に触れる。
「組紐を腕輪にしたものだけどな。色の組み合わせに意味があるんだよ。ヴィオラがゼンと俺に作ってくれたんだ」
「……そうなんですか」
——お守りかぁ。
「そう言うの、殿下も喜ぶかな?」
「そりゃ、喜ぶんじゃないか? ああ、もうすぐ殿下の誕生日か」
「そうなんですけど、ほら、私ってお金持ってないから」
「ふむ。なら、作り方と組紐用の紐をやろうか? 修道院のバザーで作ったから、余ってんのがあるはずだ」
「本当! 欲しい!」
カメオ師匠が面白そうに私を見る。
「お前って、なんだかんだ殿下が好きだよな」
「そりゃね。面倒なとこあるけど、良い子だし」
「ふぅん。なんなら、いっそ、お前がプレゼントでいいんじゃないか?」
「は? 私?」
「……ま、さすがに早いか」
——なに、その意味深な狐顔。
でも、良かったな。
これで誕生日にプレゼントが贈れる。
まあ、うまく作れればだけど。
ラッチェが焦げ茶と赤毛の二頭を引いて戻って来た。
焦げ茶の子が私に鼻先を差し出した。
私が撫でてやると、機嫌良さそうに鼻を鳴らす。
師匠とラッチェが同時に笑った。
「乗れってさ」
「じゃ、マローはこの子ね」
馬に乗ったラッチェに、師匠が静かに言った。
「お前が着いてりゃ大丈夫だろうが、ソイツを頼むぞ。腕は立つし、センスもあるが、勇み足が過ぎる娘だからな」
「分かってるよ。君の弟子に怪我なんかさせない」
「ああ。マロー気をつけていけよ」
「はい。行ってきます」
☆
王都の森はノクターンより広葉樹が多かった。下草の種類もやっぱり違う。
でも——木漏れ日と、流れる風、馬上の森は、どんなご馳走より私に力をくれる気がした。
ラッチェが面白そうに私を見てる。
「機嫌いいね」
「はい。やっぱり、森はいいですね」
「水を得た魚って感じかな」
「はは、そうですね。息が楽です」
「この先に小さな湖があってね。そこに馬を繋ぐよ」
「はい」
馬の側にラッチェが結界を張って、あとは歩いて木々の間を抜けてく。時々、弱った木を見つけては、私に治癒を頼んだ。
「春先に大風が吹いた日、あったでしょ?」
「ああ、荒れた日がありましたね」
「それで、けっこう木々が痛んだんだよね」
「ラッチェは、一人の時にはどんな対処をするんですか?」
「普通に薬品を塗って、布で巻いてやったりするけど」
「なるほど。まさに治療して回ってるんだ」
彼はクーネル王国の土地を愛してるって公言してたもんな。
こうして地道な努力をしてるかと思うと、彼への評価が少し変わってくる。
「あ、やっぱり集まってるな」
すごく大きな柏の古木の下に、ラッチェの研究室で見かけたような生き物たちが集まってた。彼は綺麗な顔に微笑を浮かべて、私の手を引いた。
「定期的に治療に通ってたら、集まってくるようになったんだよね。さ、仕事だよ、マロー。言っとくけど、くれぐれも魔力を分けすぎないようにね」
私には動物と妖魔や精霊の違いは、ハッキリとは分からない。実体を持つ以上は、怪我もするし、病にもかかるんだとラッチェは言う。
「そりゃね。霊力とか、魔力とか、違う所もたくさんあるけど。彼らも同じ、森に暮らすものだよ。下手に数が減ったり、増え過ぎたりしたらバランスが崩れる」
モノのバランス。
それは、お婆ちゃんも口を酸っぱくして言っていた。
——下手な手出しは無用なんだよ。全体のバランスこそが重要なのさ。
「……治して、良いんですよね?」
「大丈夫。ここに来るモノならばね」
小さなピンクの犬っぽい魔物から始める。目に見えて怪我してたからね。足が折れて体液が漏れてきてる。これは、たぶん罠のせいだ。人工的に傷つけられたのかと思うと、一番に治してあげたくなった。
「おいで。痛くしないよ」
私は怪我の側に手を添えて、治癒魔法を発動する。オレンジの淡い光が、折れた足を修復へ向かわせる。
ラッチェは持ってきたカバンから、薬を取り出して、小さな傷を持つモノから治療しだした。私は魔法を、彼は治療を、どのくらい続けたのか。私の周りには、多くの妖魔や精霊が集まって体をくっつけている。
不思議な体験だと思う。
今まで、妖魔にも精霊にも関わらずに過ごして来た。
存在は知っていても、関わるのはお婆ちゃんに止められていたから——。
どうしてなのか、今なら分かる。
木々は私に力をくれる。
妖魔や精霊は、私から力を奪う。
それはちょうど、体温を奪われるような感じで、少しづつ、少しづつ、体が冷えてくみたい。でも、面白いくらいに嫌だとは思わない。
——マロー。それ以上はダメだよ。
ラッチェの声が聞こえたけど、私は朦朧とし始めてた。




