似てない従兄弟
ラベナが朝食の準備をしながら、私と殿下を交互に見てる。
殿下の我慢は気がつきにくいけど、お前は分かりやすいよなぁ。
「……なんなの、ラベナ」
「え? いや。いつ仲直りしたんだ?」
今朝はキチンと身支度した殿下が、ラベナをチラッと見て溜息。
「別に喧嘩してたわけじゃない」
「殿下。昨日は口も聞きたくない感じだったでしょーが」
「疲れてたんだよ。態度悪かったのは謝る」
「けど——」
私は三人分のカップにお茶を満たしながら、最年長のはずのラベナを睨む。
——そうだよ。
人の様子に鈍感で、気付きにくい私が悪い。でも、ラベナだって悪い。
今、殿下の側付きをしてるのは、お前なんだからな。
「あのね。考えてみれば、ルーガ殿下は長旅をしてきたんだよね。移動も含めて十日。熱も出なかったし、発作も起こらなかったけど、そりゃ、疲れてて当然だよ」
「ええ? でもさ、トランス王国から帰って来てから一週間以上は経ってるじゃん?」
「ちょうど疲れが出る頃よね? 気づいてあげられなくて、私は深ーく反省してんだけど。ラベナは?」
ラベナは軽く唇を尖らせる。
「……そこまで、俺も思い至らなかったけど。けどさ、昨日のマローは、お袋も真っ青な感じで鬼ババァだったじゃないか。あれじゃ殿下が可愛そうだなって、俺は思ってたわけでさ」
——鬼ババァ?
「ラベナ。なんか、言った?」
「え! いや別に——」
殿下がクククッって面白そうに笑う。
「殿下!!」
黒目がちの綺麗な目で、椅子から私を見上げた殿下は——。
「飯を食おうぜ? 俺、腹が減ってんだけど」
まあ、そうだよね。
昨日はまともに食事してないんだし。
☆
ラッチェの仕事を手伝うようになって、私の一日のルーティーンも、やっぱり変わった。
週に三日は、彼の別棟に仕事を手伝いに行くわけでね。他の日に王太子妃の勉強や、剣技、乗馬、などが割り振られる。前は空き時間を狙って調薬してたんだけど、最近はラッチェの所で調薬ができるので助かってるけど。
それに、ラッチェ経由で、衛兵やメイドさん達にお薬を使ってもらえるようになった。少しでも皆んなに貢献できてるかと思うと嬉しいものだよね。
——まあ、森へは連れてってもらえてないけど。
うん。焦らない。
ラッチェの別棟へは城内を移動し、中庭を通って行くのだけど——。
「おはようございます、マロー様」
「ラッチェ様の所ですか? 行ってらっしゃいませ」
「先日は百日咳のお薬を有難うございました。すごく効きました。さすがは大魔女のお孫さんですよね」
「ああ、マロー様。良かった、会えて! これ、先日のハーブのお礼です。お茶請けにどうぞ!」
などと、やたらと声が掛かるようになってしまった。
ハッキリ言おう。
私は人の名前を覚えるのが苦手だ。
顔は分かるんだけど、この人は誰って思うことが多くて困惑する。
まあ、そんな時にはニコニコしながら、向こうの会話に合わせるんだけどね。
——女官長様の社交術。
素晴らしいと思う。
私がラッチェの別棟に行くまでは、マーゴも一緒についてくる。
まあ、彼女は私の側付きなので一応は護衛らしいんだけど。
「ふふ、マロー様もすっかり王宮の方々と顔馴染みですね!」
「そうでもない。名前が分からない人ばっかりだし」
「人数が多いですからねー。でも、職業や身分で身なりが違うから、相手の仕事は分かりますよね?」
「まあ、だいたい」
「なら大丈夫ですよ」
そんな中、妙に身なりの整った青年が私に声を掛けて来た。
「お前がマローか」
黒髪に茶色い瞳、どことなく整った顔の青年。
後ろに近衛兵がついてるから、たぶん身分が高いんだろう。
面倒な時は淑女のフリだ。
「仰る通りで御座います。貴君様にはご機嫌麗しく」
彼は目を瞬かせ、ニッと口元を綻ばせた。
まあ、目は笑ってないけどね。
——ほんと、誰なんだ、コイツ。
「へぇ。思ってたよりマシかな。ルーガも年上の側付きなんかに入れあげて、酔狂な奴だと思ってたけど。そこそこかね。俺が抱くならもう少し色気が欲しいとこだけどな」
マーゴも私に合わせて膝を折ってるけど、俯いたままで肩が微妙に震えてた。
——ああ。
怒ってるよ、マーゴ。
こういう男って、なんで物言いで敵を作るって分かんないかな。
頭が悪いんだろうなぁ。
後ろについてた近衛兵が、苦い顔して釘を刺してくれる。
「アルデンテ様。マロー嬢は王太子様の許嫁様でございます。そのような物言いは控えて頂きますよう」
——アルデンテね。
グラハム公爵の息子か。
王位継承権で第三位に入ってた、アレだな。
そう言われれば、殿下と似てる……ような気もする。
ほんと、造作は似てても出来が違うよなぁ。
殿下の美形っぷりって、顔の造作だけじゃないんだなって痛感する。
コイツは残念な奴だな。
紛い物感がバシバシと伝わってくるもの。
アルデンテは整った顔に傲慢な笑みを浮かべた。
「何言ってんだよ。まだ、王太子妃候補だろ? それに、王太子妃になったって、要するに俺の従兄弟の妻ってことだからな。堅苦しいのは無しだろ。お嬢さんも、そんなに他所よそしくしなくていいぜ」
面倒臭いから他所よそしくしてんだよ。
私は姿勢を戻して、淑女スマイル。
うん。取り敢えず笑っとけ。
ニコニコして黙ってたら、面白くなかったらしい。
彼は私を軽く睨んでから。
「俺の顔は覚えとけよ。また会うだろうからな」
そう言って去って行った。
——あれが、アルデンテね。
言われなくても記憶するよ。
殿下の敵に回りそうな奴だからね。
マーゴが貼り付いた笑顔で、声を抑えたまま楽しそうに言った。
「弱い犬ほどよく吠えると言いますが、虎の意を借る猫にも劣る。私のマロー様を舐めくさった態度、いつか後悔させて差し上げます。身の程を思い知るといい」
「……マーゴ?」
「ふふふ。これだから、王宮勤は辞められない。勘違い野郎に、どうやって報復するか考えるだけでゾクゾクして来ちゃう」
「……………マーゴ」
彼女はハッとしたように私を見て、満面に笑みを浮かべた。
「失礼しました、マロー様」
「うん。心の声はしまっとこうね」
「あら、漏れてました?」
「ダダ漏れ」
マーゴが薄く嗤う。
「お気になさらず。マロー様にご迷惑はお掛けしませんので。ふふ。さ、参りましょうか」
——うん。
気に入らない男なのは間違いないけど、ちょっとだけ同情するよ。
マーゴは武闘派じゃないけど……怖いからなぁ。




