ちゃんと話そうね
正直に言って、ラッチェの仕事は面白かった。
私が手伝ったのは、妖魔や精霊の為の薬で、その配合や製法は人へ向けて作るのと少し違ってる。知らない薬草や鉱物、エキスの抽出や魔力付与の仕方など、新しく覚える事が多くあった。
「マローに期待してるのは、弱った樹木や精霊、妖魔の治癒、回復なんだよね。ほら、僕には聖属性の魔法は使えないから。こうやって調合した薬で対処してるけど限界があってさ」
「……なるほど。ですけど、私も人間以外に治癒とか使ったことないので、あんまり自信がないな。癒せるんでしょうかね?」
「それは請け負ってもいい。大丈夫」
気をつけて欲しいのは、私が魔力を与え過ぎることだそうだ。
「君の力は心地良いからね。必要以上に欲しがるかもしれない。でも、君にだって限界はあるし、僕は——少しは魔力を分けることはできるけど、君自身の魔力が枯渇しちゃったら、しばらく動けなくなると思う——君を攫って行こうとする妖魔や精霊も出てくるかもしれないしね。森に入った時は気をつけて欲しいな」
——えっと。
「それって、餌にする的な?」
「いや、独り占めしたい的な」
……ほぉお。
妖魔っていうのにも、そういう感情があるんですかね。
「ノクターンの森では、そんな目に遭った事ないですけど」
「はは、そりゃ、リリサに睨まれてればね」
「あ、そういう事ですか?」
「あそこの森は彼女の庭でしょ?」
「確かにそうですね」
日暮れ前にラベナの別棟を出た。
「毎日は無理だって女官長が言ってたから、三日に一度程度でいいよ。ここへ来てね」
「分かりました」
ラッチェがニコニコっと笑いながら。
「で、どうだった。ここの仕事は?」
「すごく興味深かったです」
「うん。じゃあ、マロー。君が来るのを楽しみに待ってるよ」
とっても嬉しそうに笑った彼は、小さく手を振ってて、オンブロが途中まで付いて来て送ってくれた。なんて賢い妖魔なんだろう。
城へ戻って——。
殿下の様子が気になってたから、部屋に寄ってみようと思いたった。
さすがに、もう拗ねてないだろうと思ってさ。
少し話をしようと殿下の部屋をノックしても返事がない。
仕方なく扉を開く。
「殿下?」
ランプの灯りがついてて、テーブルに食事が乗ったままになってた。まったく、しょうがないなぁ。
「まだ、不貞腐れてるの? 食事くらいしなよ」
丸まってる布団に声をかけるけど、返事はない。
「いつまでそうやってる気? そうやって拗ねれば、自分の意見が通ると思ってるの?」
——と。
ガバッと布団をはいで起き上がった殿下が、物凄い顔で睨んできた。
「煩ぇな! 勝手に入って来て、グダグダ言うなよ。俺が拗ねようが、不貞腐れようが、お前に関係ないだろ!」
「関係なくはない! 私は殿下のお守役として——」
「そんなの要らねぇよ!!」
……なに?
目を吊り上げて怒鳴るかな。
「何に怒ってるの?」
殿下は横向いて、また布団に潜ろうとした。
思わず肩を掴んだら……。
「触んな」
ギロッと睨まれた。
こんな顔されるの、初めてかもしれない。
「殿下?」
「離せよ」
私が肩から手を離すと、睨みつけたままで言う。
「……出てけ」
キュッと唇を噛んだルーガ殿下は、溜息つくみたいに言う。
「お前はすぐ役割だからとか、仕事だからとか、言う。そんなので構われたって嬉しくない。なら、始めから離れてる方がマシだ」
——ええと。
何を拗らせたんだ?
「ねぇ、もう少し私に分かるように話して」
彼は何度も目を瞬かせてから、自分の手に視線を落とした。
「俺にだって分からない……視察に行ってた時は……ずっと、そばに居たよな。茶会の時には別だったけど、あとは一緒に居た。戻ってから、朝しか合わなくなって、つまらないと思ってたんだ」
消え入りそうに小さくなってく声を、聞き逃さないように耳をそばだてる。
「よく、考えたら——視察の時は、そばに居るのが役割だったもんな」
ええと。
役割でそばにいるんじゃ嫌だってこと?
「俺と会う時間が減ってるのに、ラッチェの仕事を手伝うんだろ。……なんだ、それって。ああ、もう。いいよ」
「よくない。思ってることは、言わなきゃ分からないよ」
殿下は眉を寄せて、目を閉じる。
「自分でも分からないんだって……。なんで、こんなにムカつくのか。なんか、俺ばっかり、マローのことを考えてる気がする。もう…嫌だ」
目を開いたルーガ殿下は、泣きそうな顔で唇を噛む。
そんな顔されると、こっちも泣きたくなるな。
「殿下」
「なんだよ」
私は彼の手を掴んで引っ張って頭を抱きしめた。
「ごめんね」
サラサラした髪が手に触れる。
殿下の体は思ったより熱い。
「なんで謝るんだよ」
「……私、いつも気づくのが遅いから。我慢させて、無理させちゃうんだ。きっと、今回もそうなんだよね。殿下は無理してたから、キレちゃったんでしょ?」
彼は頭を動かすと、私を強く抱きしめた。少し骨ばって、華奢なくせに、私より肩幅がある。腕だって細いくせに、私より長い。
どのくらい私を抱きしめてたのか、殿下が静かに言って私を離した。
「……いいよ。もう、大丈夫だから」
「大丈夫って?」
「明日から普通に振る舞える」
「無理してない?」
ルーガ王太子は、小さく笑った。
「してるに決まってるだろ。けど、大丈夫。ただ……約束してくれない?」
「約束?」
「ラッチェの所に行った日は、俺の所へも来るって」
「それって……」
「業務報告って感じだ」
「分かりました」
私が答えると、殿下はフゥッと息を吐く。
「今日は、ごめん」
「……私も、ごめんね」
彼は私の手を掴んで、難しい顔で首を捻った。
「なんで、お前には気持ちが抑えられないんだろうな。これでも、王太子教育されてきてんだぜ? 感情的にならないようにって、耳にタコができるほど言われてる。だいたいは、抑えられるのに……」
私は殿下の目を覗き込む。
「いいじゃない。少しくらい甘えたって」
彼は困った顔になって、何度も瞬きを繰り返した。




