気に入らない
ジェラルド伯爵を逃したのは失態だったけど、不正に関与した人達は処分できたし、外交的には良好な状態を保ったまま視察を終えられたということで——。
「まあ、良かったんじゃないかな」
ラッチェは帰りの船の中で、皆んなにそう言ってた。
陛下に代わって外交を行った殿下も、トランス王国の人達からは好評だったと聞いてる。
——王太子殿下が、あの歳であれだけ出来ればクーネル王国も安泰だろう。
そんな評価を頂いたそうだ。
まあ、殿下は頑張ってたもんね。
私は私で、未来の王太子妃として受け入れられたらしい。
未来はどうなってるか分からないけど、大役を果たせたから肩の荷が降りた。
ジエラルドは魔法協会から追ってが掛かったみたいだし。
早く捕まれば安心なんだけどな。
魔法協会なら、邪法の解き方も知ってるかもしれないんだしね。
そうして——。
クーネル王国へ戻った私たちは、日常に戻りつつあった。
私はハーブ畑に立って、空を見上げる。
雲の形がすっかり変わって来た。
日中の気温も上がってきてる。
草木は新芽を出し始め、春早い時期の花が咲き出してる。
スミレ、勿忘草、菜の花、ポピー、エトセトラ。
もう春なんだな。
トランス王国はもう少し北だから、まだ春は遠いのかな。
ハーブ畑に立って、そんな事を思っていたら。
「マロー! マロー、マロー!!」
ラベナが血相を変えて走って来た。
「朝から大声で呼ばないでくれないかな」
「大変なんだよ!」
「ちょっと、掴まないで」
彼は私の両腕を掴んで、半べそになってる。
お前、もう二十歳のいい大人だよな?
「殿下が……」
「え? 発作でも起こした?」
ふるふるっと首を振ったラベナは、そのまま崩れ落ちるように膝をついた。
「反抗期だ」
「………は?」
☆
ラベナに引っ張られ、殿下の部屋に連れてかれる。
「どういう事?」
「もうな。俺の言う事なんか、全く聞いてくれないんだ」
「ラベナが無茶を言ったんじゃないの?」
「そんな事はない。ちゃんと、身支度してくれって言っただけだし」
「殿下はいつも自分でキチンと身支度してるじゃん」
「いつもはな」
部屋に入ると、殿下はベッドの上に胡座を掻いて座ってた。
確かに夜着のままだし、なんだか不貞腐れた顔してる。
「どうしたんですか、殿下」
「なにが」
「着替えもしないで、ベッドの上で」
「今日は休む」
「へ?」
「休むんだよ」
「体調悪いの?」
「別に」
「別にって……」
彼は私を睨むと、ベッドに潜り込もうとする。
「ちょっと、殿下!」
「煩ぇな。ほっとけよ」
「休む理由は?」
「……ねぇよ」
「ねぇよって、あのねぇ!」
私が彼の手を掴むと、すごい勢いで振り払われた。
「俺のことなんか、ほっとけ。お前は今日からラッチェの仕事を手伝うんだろ」
……まさか、それで不貞腐れてんじゃないよな。
「ラッチェは忙しいから、彼に必要な調薬を手伝ったりするだけですけど? 私は薬師ですし」
「お前な。アイツが求婚したの忘れた? わざわざ、そんな奴のとこで仕事する?」
「殿下が私を側付きから外したんでしょ。だから時間が空いたんじゃない」
「側付きを外せって言ったのは親父だ」
「え? そうなの?」
「俺の許嫁にするのに、側付きじゃ不都合があるって言われたんだよ」
国王陛下め。
始めから、私が殿下の方を選ぶって思ってたんだね。
まあ、殿下の方が幼いからね。
婚姻まで時間が稼げるし。
「ラッチェの仕事を回して来たのも国王陛下ですからね。私が自分から言ったわけじゃないですよ。それに、私の仕事と殿下の仕事は関係ないでしょ? ちゃんと起きて、支度して、殿下は王太子の仕事しないと」
殿下はギュッと私を睨む。
「休むって言ってんだろ」
「子供みたいな我が儘を言わないで。あなた、王太子でしょ!」
「好きで王太子なわけじゃねぇよ!」
そのまま布団を被った殿下は、ウンともスンとも言わなくなった。
——トランス王国で見た、出来過ぎな感じの殿下はどこに行ったのか。
私は大きな溜息をついて、ラベナに白旗をあげる。
「ダメだね。今日は体調不良ってことで休ませて」
「……それは、まあ、いいけど」
「あとは、ほっとく」
「ほっとくってマロー」
「自分でほっとけって言ったんだしね」
「でもさ」
「でも、じゃない。ラベナも殿下に構わないで」
「——マロー。そういうけど、俺は殿下の側付きだしな」
「なら、そこに居なよ。私は知らない」
気に入らないからって、不貞腐れて布団を被ってるなんてさ。
「我が儘なお子様に付き合ってたら、時間がいくらあったって足りない。私はワゴンが来たら、ご飯を食べて勉強があるし、仕事に行くからね」
ラベナが布団の中の殿下を見て、ハーっと大きな溜息をつく。
こんな事で折れてたら、殿下は気に入らなきゃ布団を被って黙り込む大人になるじゃない。
冗談じゃない。
いちいち構ってたら、ロクな大人にならん。
私はメイドさんの運んで来てくれた朝食を一人で食べて、なんとか殿下を宥めようとしてるラベナを睨む。
「殿下。せめて朝食は食べましょう?」
「いらない」
「そう言わずに。食べないと体力が落ちて、本当に具合が悪くなりますよ?」
「……とっとけ。後で食べる」
「でも、殿下」
私は苛っとしてラベナのコメカミをグーで挟んだ。
お婆ちゃんが言うところの、万力という技だ。
そのまま思い切りグリグリする。
「い、痛い、痛い、痛い。マロー!」
「ほっとけって言ってるじゃない。あんたは、殿下を、気に入らなきゃ不貞腐れるような大人にする気なの!」
「んなわけ無いだろ! 殿下だって分かってるさ。ただ、気持ちのやり場がないだけ——痛いって!」
「やり場のない気持ちを、自分でどうにかするのが大人だ!」
殿下はガバッと起きて私たちを睨んだ。
「お前ら、本当に煩い! 俺は一人になりたいんだよ!」
——ふん。言うことだけは、一人前ね。




