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取り逃がした

 充てがわれた部屋に戻ると、マーゴがパタパタと私の世話をし始めた。


「ごめんなさい、マロー様。ジェラルド伯爵が居たんですもの、マロー様に異変が起こらないように、私が注意すべきでしたのに」

「大丈夫だよ、マーゴ。本当に少し目眩がするだけだから、横になれば治るよ」

「うううう、魅了に当てられるなんて。側付き失格です」

「無茶言わない。マーゴは別に魔法使いじゃないんだし」

「……ですが」


 私の髪を解き、ドレスワンピースから部屋着へ着替えさせ、ベッドの用意をし、良い側付きじゃないか。


「気分の落ち着くお茶を飲まれますか?」

「いや、本当に少し眠るね」

「……はい」


 私はベッドに潜り込んで目を瞑った。


 ——ほらね。

 浄化魔法を使っただけで、このあり様だもの。

 師匠が言うような白魔女には程遠いのよ。


 あの人——傷ついた顔してたね。

 私が瞳の色に言及した事で、自分が何をしたか私が知ってると気づいた。


 どうして、そんな事になったのか、私は知らないけど。

 妖魔を食べるなんて、想像もつかない。


 そんな邪法を使って、彼は普通に戻れるのかな。

 戻れるといいね。


 あの人、たぶん——戻りたいんだろうから。


 どのくらい眠ったんだろう。

 ふっと目を開けたら、殿下が私を見つめてた。


「殿下」

「……目が覚めたか」

「視察から戻ってらしたんですね」

「ああ。そしたら、お前が体調を崩してるって言うから。大丈夫か?」


 そっと私の額に手を置く。

 なんだか、既視感。

 思わずクスッと笑ってしまった。


「なんだよ」

「殿下の手、冷たい」

「仕方ないだろ、さっき戻ったバッカリなんだよ。もう夕方で、外は冷えてきてる」


 私は殿下の手を握って、ホゥッと息をついた。


「アリーシャ姫の魅了魔法、解けましたよ。かけ直されてしまえば同じですけど」

「無理すんなって言ったよな?」

「無理はしてません」

「マーゴがオロオロしてたぞ。やっぱりジェラルドが接触してきたんだな」

「そうですね。でも、殿下のお陰で魅了魔法の影響を防げました」

「スカーフ、役にたったのか?」


 ニッコリ笑ったら、不思議そうな顔した。

 スカーフじゃないんだよね。

 私を守ったのは——。


「おい、起きて平気かよ」

「大丈夫ですよ。少し眠ったら目眩も治りました」

「今日はここに食事を運んでもらおうか?」

「良いんですか?」

「いいだろ。調子悪いんだから」


 なんか、殿下に甘やかしてもらってる。

 そう思ったら、頬が緩んでくるな。


「殿下の視察はどうでした?」

「面白かったよ。製鉄所って暑っついのな。鍛冶屋のデカイのかと思ってたけど、規模が違ってた。クーネルには、鉄鉱山はないけど、あの技術は欲しい気がするよな」

「職人を呼んで、教えてもらったらいいんじゃないですか?」

「そうだな。戻ったら親父に進言してみようかな」


 起き上がってショールを巻き、椅子に座って殿下と話してたら、衝立の影からラッチェが出てきた。


 うん。

 今、影から出てきたよね。


「マロー。体調悪いんだって?」

「ラッチェまで。マーゴが大げさに言いましたね」

「大げさかどうかは置いといて」


 彼はジッと私を見て、小さく頷く。


「大丈夫そうで良かったけど」

「マローの様子を見にきたのか?」

「いや、違うんだ。ルーガ」

「俺に用ってことか」

「……ごめん。ジェラルド、逃した」


 ——はい?


 ラッチェが苦い顔して空いてる椅子に座った。


「鉄鋼の輸出で上前を跳ねてた証拠は掴んだんだけどね。関係者も洗い出せたし、あとは言及して断罪するつもりだった。もちろん、邪法についてもさ」


 彼は足と腕を同時に組むと、ホーッと息を吐き出す。


「アルプが伯爵を見張ってたんだけど、まんまと裏をかかれた感じ。伯爵家はもぬけのからだし、資産も移動済み。不正に関わった人間をそのまま見捨てて逃げたね」


 私は思わず身を乗り出す。


「えっと、逃げ出した? 爵位も屋敷も仕事も捨てて?」

「そうだね。まあ、彼はどちらにしろトランス王国に長く居るつもりは無かったみたいだよ。数年で荒稼ぎしたしね。反感を持ってる貴族も多いし」


 殿下が眉間に皺を寄せる。


「そんなんで、マローに求婚してたのか?」


「連れて逃げるつもりだったんじゃないかな。暮らしに困るような状態ではないから——捕まらなければだけどね。邪法の疑いは確信になったから、今後は魔法協会が追うことになる。屋敷を調べたら、その手の類の本も大量に出てきたし、証言者が多いからね」


 ——そうなのか。

 ええと、もしかして、逃げたのって私のせい?


「ラッチェ。私、今日のお茶会で伯爵の瞳の色に言及しちゃったんだけど」

「ん? ああ、大丈夫だよ。マローのせいじゃない。周到に用意してたからね。君が無事でホッとした。本当に君を連れてくつもりだったろうから」


 やだ、ちょっと、今更のようにゾワゾワしてきた。


「貿易の不正の方は、トランス王の方で対処してもらえる事になったし。平謝りだったから、今後は取り締まりも厳しくなるだろう。ジェラルドに関しては、魔法協会の手腕に任せる事になるけど——逃げてるって覚えて置いて。マローを諦めたとも思えないから」


 ——ええ。


「なんでですか? 私には理解できない。あの人は、なんだって私に執着するんです? 小さい時にちょっと一緒に過ごしただけなのに。しかも、私は三、四歳だったんですよ?」


 ラッチェが困った顔で殿下を見た。

 殿下は軽く首を竦める。


「コイツは男の心情なんか、ぜんぜん分からない奴だよ」

「………殿下、失礼だな」

「事実だろ」


 ラッチェがクスッと笑った。


「マロー。思い出の人に会ったら、長じて綺麗に育ってて、激しく恋に落ちたっての分かる?」

「分かりません」

「んー。手に入らないからこそ、絶対に欲しいって男はいるんだよ」

「なんですか、それ。面倒くさい。どうすれば良いんですか? ぶった切ればいいんですか?」

「それはそれで喜びそうだな」

「……喜ぶ? 変態ですか?」


 ——変態。嫌だなぁ。


「ま、そういう感じ? 彼のことは、僕とか殿下に任せるのが最善だね」

「ええ! ヤダ。ラッチェはともかく、殿下に付き纏ったらどうするんですか!」

「……マロー。僕はいいわけ? 君も相当に失礼だね」

「だって、ラッチェなら負けてないでしょうけど」


 殿下にパシッと後頭部を叩かれた。


「そういうとこだ」

「ええ?」


 なんだよ。

 睨むことないじゃん。




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