アリーシャ姫のお茶会2
私は殿下とお揃いだという濃い青のドレスワンピースを着て、殿下のスカーフで首を覆ってから、アリーシャ様のお茶会へ向かった。
殿下はカメオ師匠と製鉄所の視察だそうだ。マーゴが行きたそうにしてて、ちょっと可哀想だったけど。
「私は殿下に、マロー様をくれぐれも宜しくと任されましたので」
そう言って何やらポケットに色々と詰めていた。
取り扱い危険のマーゴを、製鉄所へ連れて行かずに済んで良かったのかもしれない。
「本日は私の我儘にお付き合い下さって、本当に有難うございます」
アリーシャ姫はタップリの赤髪を持つ、愛らしい姫で——って。
あれ?
「お招き有難うございます。あの、アリーシャ様。お茶会に参加するご令嬢達は?」
「本日のお客様はマロー様だけですわ」
「……ええと」
私だけのわりに、あなたの隣にはキラキラしたジェラルド伯爵が居ますけど。
「やあ、マロー。私のことは気にしないで、アリーシャの保護者みたいなものだから」
「嫌ですわ、伯爵様。保護者だなどと」
「どう言って欲しかったかな、アリーシャ」
「え、それは……」
アリーシャ姫。
顔を赤くして目を潤ませてる場合じゃないと思うけど。
というか、一国の姫を呼び捨てかい。
姫のお側付きと思われるメイドさんが、お茶とお菓子を用意してくれたけど、私はバシバシに警戒してるので、お茶を飲むどころでは無い。
彼女は殿下より一つ上の十三歳。身分的にも、容姿的にも、殿下の隣が似合う愛らしい貴婦人なのだけど。トランス王の一人娘で残念ながら殿下とは縁ができそうも無い。このままなら、彼女はお婿さんを貰って王家を継がなければいけないからね。
アリーシャ姫がジェラルド伯爵に心酔しているというのは、本当の話のようだ。もう、目がウルウルで、彼しか見えていない。呼ばれた私は置物のように二人のイチャイチャを見せられているのだが——。
もし、私の認識が間違ってなければ、伯爵って二十五、六歳なわけで——十三歳の姫とは年が離れすぎではないだろうか。少女趣味でもあるのか? まあ、政略結婚にはあるかもしれない年齢差だけど。
アリーシャ姫を観察してて思ったのは、彼女は魅了魔法のせいで心酔してるんじゃないかもしれないってこと。ウルウルはしてても目にはちゃんと光があるし。発言も、まあ、気持ち悪いけど、恋する乙女なんじゃないかなぁ。
——どうなんだろう。
出方が分からずに二人を観察してたら、伯爵が立ち上がって私の側に来た。
「マロー。少しだけ私と二人で話さないか、いいかな、アリーシャ」
「……少しだけでしたら」
私の返事は聞かないのかい。
マーゴが一歩進んで私の背後に立つと、伯爵がキラキラ光りながら笑った。
「君がついてくる事はない。姿が見える所に居る。さ、マロー。それとも抱き上げないとダメか?」
アリーシャ姫の目が怖いし、とにかく、この会の真意だけでも聞いてみるか。
私はマーゴに目配せしてから立ち上がった。
伯爵はニコッと笑って、では、噴水の側で——と、ゴージャスな水の精霊を象った噴水に誘った。アリーシャ姫達の居る東屋から、そんなに離れていない。ここなら、何か起こってもマーゴが助けに来てくれるだろう。
そう思ったんだけど。
あんまり期待はできそうもないや。
マーゴは伯爵のキラキラに当てられて、目が少しドンヨリしてる。
あとで、浄化してあげないとな。
噴水の淵に座った伯爵に促され、仕方なく私も座った。なるべく、距離を取ってね。まあ、話を聞かなきゃいけないんだから、ほどほどの距離だけど。
「ねえ。なんでルーガ王太子と婚約したんだい」
伯爵はタップリの銀髪を揺らして、魅惑の微笑みを私に向ける。
「殿下のお側に居たいからです」
うん。
これは本当の事だからね。
彼の幸せな姿を拝むまでは、側にいてお守りしたい。
「……君は私の送った薔薇を嫌がってたね。手紙にも一度も返事をくれなかった。私は嫌われているのかな?」
——そうですね、とは言えないよね。
淑女としてはさ。女官長様にしばかれる。
「ジェラルド伯爵。私は思い出したんですよ」
彼の淡い緑の目が少し見開かれた。
「お祖母様のところへ、右足の治療に来ていた少年が居ました。彼はジーンと呼ばれてましたね」
「……ああ、思い出してくれたんだ」
ふっと肩の力の抜けた伯爵は、自分の右足を摩った。
「僕の足は本当なら、もう、動いていない。リリサの所へ行く前に多くの医者や魔法使いに——諦めろって言われてたんだよ」
私は伯爵の長い足を見つめた。
それで、感謝のあまり私に執着したのか?
でもな——直したのはお婆ちゃんだし。
「投げやりになってたよ。足は治らないんだって思ってた。僕は大魔女リリサにだって、直すのは無理だろうって思ってたね。両親は私の為に、資材を投げ打って手を尽くしてくれたんだよ。リリサの所へ行く頃には、家は傾いてた。全部、私の怪我のせいでね」
彼は口元に自嘲的な笑みを浮かべた。
「何もかもに嫌気が差してた。母は精神を患ってたし、父は憔悴してた。マロー、君も思い出したなら、私が幼い君に当り散らしたのを覚えてるだろ」
「……少年が、あなたなら。治療に来た当時、彼は苛立ってましたね」
伯爵は静かに微笑む。
その微笑みにはキラキラしい光は混ざっていなかった。
「リリサからは、痛みを伴うって最初に言われてた。想像してたより痛かったよ。でもね——それより、自分がほんの小さな女の子に当り散らしてる事の方が辛かった」
「……当たりどころが無かったんでしょう」
「優しいね、マロー。小さなマローも、とても優しかったよ。彼女が居なかったら、私は治療に耐えられなかっただろう。彼女は私が当り散らしても、他の人間のように私から遠ざかったりしなかった」
彼は何度か瞬きを繰り返す。
「——彼女は僕の癒しだった。心の傷も足の痛みもね。彼女なくして、僕の足は動いていない。直したのはリリサだ。確かにそうだが、耐えられたのはマローがいたからだ。だから、私は思い出した時、絶対に彼女に会って求婚しようって思ったんだよ。私の側に居て欲しいってね。もう一度、私を支えてはくれないかい?」
——なぜだろうな。
彼の申し出は随分と利己的に聞こえる。
殿下が同じ様な事を言っても、そんな風に感じないだろうな。
言葉だけの問題じゃないってことか。
「今のあなたは立派な紳士です。支えが必要には思えませんし、あなたの言う娘が私なのか疑問です。私には痣がありませんし——」
あなたは目の色が違う。
そう続けようと思ったら、彼に手を掴まれた。
「無いなら、無いでいいんだ。記憶違いなのかもしれない。私がこの記憶を思い出したのは——数年前だからね。曖昧な部分もある。幼い頃の痣は長じて消えることもあるって言うし。大事なのは、君が僕を覚えててくれたことだ。足の治療に来た少年。ジーンを思い出してくれた事のほうだ」
よっぽど、辛かったって事なんだろうけど。
何もそれで求婚するこたないと思う。
ありがとうって言えば済むことなのに——。
それとも。
「伯爵は、今も切羽詰まってるんですか?」
「……ああ。ギリギリだ。僕には君の支えがいる。妻になってくれないか?」
この人は分かってないのかな。
私は彼が必要としている幼いマローじゃないのに。
幼いがゆえの無償の善意なんか、もう、持ち合わせていない。
「求婚はお断りします」
「……なぜ?」
「私はルーガ殿下の求婚を受けましたから」
掴んでる手に力が入って、伯爵は私の腕をぐっと引っ張っりあげた。
「マロー。私の求婚を受けなさい」
ああ、まただ。
頭が急にボンヤリしてきた。
声が二重、三重に聞こえて——。
私の腕でブレスレットが光を受けて小さく反射した。
薄紫とピンクのガラスが、陽の光で煌めく。
私は伯爵を軽く突き飛ばし、腕を払って立ち上がった。
驚いたように私を見た目には、軽い失望が浮かんでいる。
「ジェラルド伯爵。私には、あの少年が貴方だとは思えない。彼は不器用で、苛立ってはいたけど、決して人を操るような少年じゃなかった。優しい男の子でしたよ。それに——あなたとは瞳の色が違う」
伯爵は身動きできないくらい、衝撃を受けたようだ。
少しして、ヒュッと息を吸い込む。
「知ってるんだね」
私は答えずに、そのまま踵を返して東屋へ戻った。そのまま姫の前に立って、彼女を軽く抱きしめた。アリーシャ姫様がキョトンと私を見つめる。
「マロー様?」
そのまま、浄化の魔法を発動した。浄化魔法は治癒、回復の上位魔法になる。使う魔力量も多いし、術式も少し複雑になる。それでも、アリーシャ姫とマーゴの双方に及ぶように、精一杯の魔法を使った。
私が姫を腕から離すと、彼女は不思議そうに何度も目を瞬かせた。
「なんでしょう、今のは——体が軽く感じられます」
「アリーシャ姫様。申し訳ないのですが、少し気分が優れません。本日は、このままお暇したいと存じます」
「あら、それはいけませんね。どうぞ、お部屋へ戻ってお休みになって」
「不躾をお許し下さいませ」
私はマーゴを連れて東屋を後にする時、噴水を振り返ったんだけど、伯爵の姿が消えていた。
ラッチェは魅了魔法については言及したけれど、彼が他の魔法を使うとは言わなかったよね。この短時間にどこに消えたんだろう。
——まあ、いいや。
本当に頭がクラクラする。
戻って休もう。
アリーシャ姫の浄化は上手く行ったみたいだったし。
うん。頑張った、私。今日のミッションはクリアだよね。
ブックマークを有難うございます。
続きを読んでもらえるのかなって、思うと嬉しいです。




