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淑女 

 何がフリフリのメイド服だ。

 私は王太子に一人でムカついてた。


 子供のくせに側女にしてやるとか。

 ハーレムに入れとか。


 現国王だってハーレムなんか持ってないじゃない。

 どこのバカに吹き込まれたかしらないけど、冗談じゃないわよ。


 こんなのを立派な王に育てろって?

 お婆ちゃん——無理。


 訓練の為にと剣技場まで付いて来た以上は、剣技の訓練には私も参加する。

 初めてのことだけど、何事も体験だ。

 その為の男装だし。


 王子の一日の活動を把握しないと、カロリーの計算ができない。成長に必要なカロリーは最低限でも確保しないと、そこは薬だけでどうにかできるものじゃないからね。


 王子はラベナさんに訓練を受けてたけど、私は近衛兵の方に教わることになった。

 剣の持ち方を教わって、いくつかの型を教えてもらう。


「ありがとうございます。あとは、隅っこで型の練習しますから」

「そうですか? では、僕は訓練に戻りますね」


 教えてくれたのは、ラベナさんと同じ年くらいの穏やかそうな青年だった。名前はグラフさんというらしい。果樹園の主人だったビストさんに、少し似てるかな。ビストさんの方が年上だけど。


 私は集中して剣の型を繰り返してた。

 だってね、私が側に居るのは王太子だもの。


 いつ、何時、賊に襲われたりして盾にならなきゃならない時が、来るとも限らないじゃない。そんな事になるのは、ぜーったいに嫌だけど。


 腕が痺れて上がらなくなってきた頃、ルーガ王子が声をかけてくれた。


「おい。そろそろ上がるぞ」

「え? あ、はい」


 集中すると時間を忘れるのは私の悪い癖だわ。

 王子そっちのけで訓練しちゃった。


 彼は不思議そうな顔で私に聞いてくる。


「お前、剣を振るのが好きなのか?」

「いいえ」

「その割には飽きないでやってたな」

「なんていうのか……癖なんです。始めると集中しちゃう」


 ラベナさんが、面白そうに私を見る。


「そういう人は強くなりますよ」

「どうも。でも、強くなる必要はないですよね。私は護衛ってわけじゃないし」

「そうも言ってられないのが、側付きってヤツだよ」

「側付き護衛はラベナさんでしょ? 私は健康管理をするだけです。王子からは、できる限り遠ざかっていたい」


 小さく笑ったラベナさんは、少し眉を下げた。


「殿下の朝の発言に貴女が怒ってるのわかるけど、殿下を責めないで欲しいな。今まで、そういう女官が居なかったわけじゃないんだし」

「そういう…女官?」


 私は衝撃で固まってしまった。


 そういう女官がいなかったわけじゃない?

 この歳で側女が居たってこと?


「ああ、違う、違う」


 私の表情を見て、ラベナさんが苦笑する。


「殿下のベッドに潜り込んだり、入浴のお世話に真っ裸で入ってったり。迫った女官が居たって意味だよ」

「ちょ、ちょ、待って下さい? 殿下は十一歳ですよね? 王宮の倫理観どうなってますか?」


 彼はポリポリと首の後ろを掻く。


「そういう奴って性別に関係なくいるんです。殿下は、ほら、見た目が美少年でしょ? その上で王太子だ。青い蕾を摘みたい奴、それなりにね」


 ニッと笑ったラベナさんの表情に、背筋を怖気が走り抜ける。

 私は思わず側にいた殿下の腕を引っ張った。


「に、逃げよう。こんな恐ろしい所」

「どこに逃げんだよ? お前が俺に引っ付いて、守ってればいいだろ。側付きなんだろーが」

「……まあ、そう。そうですけど」


 ラベナさんは恥ずかしそうに瞼を伏せる。


「あ、俺は違いますよ? ドストレートですから。相手なら殿下よりマローさんの方が良いです。男装似合うし」


「!!!!」


 ——いや、落ち着け私。


 今の発言は異常じゃない。

 異常じゃないよね?


 私は離した殿下の腕に手を伸ばし、もう一度、掴んだ。

 ラベナさんよりは怖くないもの。


 王太子殿下は、なんでか困った顔で私を見上げた。


 ☆


 王宮にやってきて三ヶ月目に入った頃。

 ルーガ王子は私が側にいれば、文句を言いながらも食事を食べるようになった。


 ——見てないと食べないのが面倒だけどね。


 それに、体調を崩したのも二回だけだ。寒暖の差がある春先に風邪を引いてしまったのと、うたた寝して熱を出したくらい。どちらも喘息の発作まではいかなくて済んだから、お薬の処方で終わらせた。


 治癒魔法って便利だけど、それだと本人の虚弱体質は治らない。風邪くらいなら、自分で治してしまうように、体力をつけていかないとね。そのためにも、多少の病気は薬で治す方が本人のため。


 ——なのにさ。


「殿下。突っついても食事は口に飛び込みませんよ?」

「気持ち悪いこと言うなよ。勝手に飛び回る飯とか食う気が失せるだろ」


 その日の朝は、なんでかルーガ王子の機嫌が悪かった。食事も突っつくだけで、あんまり食べようとしない。最近になって、なぜか朝食を一緒に取るようになったラベナさんが理由を教えてくれた。


「来月に殿下の誕生日があるでしょ? それだけなら、別に良いんでしょうけど。国王様が祝賀パーティーを開くそうでしてね」


 ルーガ殿下が苦い顔で呟く。


「すげー面倒くさい」


 ——まあ、気持ちは分かるけど。


「そうなると、私はどういう立ち位置でしょう? 非参加でもいけますか?」

「馬鹿いえ。お前だけ楽するとか、許さないからな」


 私は殿下を無視してラベナさんに聞く。


「近衛兵の方々が護衛に付かれるんですよね?」

「そうだね。でも、ほら。近衛兵って貴族の子息が多いからさ」

「仕事休んでダンスパーティーの方に出るんですか?」

「そういう奴も多いかな。ああいう催しは嫁を見つける最大の機会だからね」

「貴族の結婚はお見合い中心って聞きましたけど」

「見合い絵とかスペック以外に、本物を見られる重要な機会でしょ?」


 殿下がポテトサラダを突っついて、拗ねた顔で言う。


「……お前ら、俺を無視してんなよ?」

「無視なんかしてませんよ。俺は、マローにもドレスを着てもらって護衛に参加して欲しいなって」


 殿下がキュッと私を見る。

 ——冗談。


「無理です。無理。ダンスなんか踊れないし。だいたい、ドレスで護衛はできないでしょ?」


 ラベナさんが含んだ笑いを浮かべる。

 絶対に何か悪巧みを考えてるんだ。


「そう思う所がミソだよね? 誰もドレス姿の可愛い女の子が護衛だなんて思わない。だからこそ、殿下の護衛をして欲しい。ダンスは、まあ、踊れなくても大丈夫だけど、覚えた方が今後のためだね」


 冗談じゃないよ。

 踊れるようになったりしら、ダンスパーティーのたびに駆り出されるじゃない。


「私にダンスは踊れないし、ダンスパーティーでの護衛なんか無理」

「一ヶ月あれば、形にできるさ。僕が教えてあげるよ」


 ニコッと笑った彼の笑みに、背筋がゾクッとする。

 この人が笑うと良い事が無さそうで怖いのよね。

 なんとなくだけど。


 私の隣でルーガ王子も含んだ笑みを浮かべる。


「ドレス着ろよ。けっきょく、用意したメイド服も着てないんだし。ダンスくらい俺が教えたっていい」

「……嫌です」

「お前、俺の側付きだろ? パーティーだからって、側にいないでどうすんだよ」


 少し顎を引いたルーガ王子は、意地悪そうに私を見た。


「人に教えるのは、俺の技術向上にもなるしな」

「……で、ですが、殿下。ほら、私ごとき者に殿下の貴重なお時間をいただくわけには、ね」

「じゃあ、ラベナと二人で教える。そうすれば、時間の節約になるだろ。な、ラベナ」

「そうですね、殿下」


 殿下は意地悪そうな、ラベナさんは天使みたいに穏やかな笑顔を、二人して私に向けた。


 ——この二人に組まれると、逃げ場がないじゃない。


 その日から、鬼のような特訓が始まってしまった。教えるって言ってた殿下でも、ラベナさんでもなく——。


「背筋は真っ直ぐ。腰を引かないで、顎を引く。淑女は微笑み。腕が下がってる。ステップがちがーう!!」


 なんと、王宮女官長様。


 ——なぜ?


「マローさん。貴女は仮にも王太子殿下のお側付きなのですよ? ええ、もうずっと前から気にはなっていたのです。男装していらっしゃったから黙っておりましたが、女性として振る舞うというなら、話は別です」


 彼女は恰幅の良い体の全体を使って私に迫ってくる。二重の顎がプルプル震えてラベナさんの笑顔に負けず劣らず怖い。


「この私が、貴女を、どこへ出しても恥ずかしくない淑女にして差し上げます!」


 ……けっこうです。

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