報告
目を覚ました私は、一瞬、どこに居るのか分からなくなってた。天蓋付きのベッドなんか、初めて使ったからね。薄衣を通して見る部屋に戸惑ったわけだ。
起き上がって衝立の見事な鳥の絵を見て、ああ、そっか、トランス王国に来てるんだと思い出す。衝立のすぐ横に、マーゴの眠る簡易ベッドが見えた。
大きな衝立の向こうからは、すでに人の話し声がしてる。私は起き上がってマーゴを覗き込む。彼女はスヤスヤと眠って居た。クーネル王国から、まる二日かかったし、昨夜も荷物整理や私の着替えなんかで忙しかったもんね。
絶対にコレじゃないんだろうな、と、思いながら、飾り気の少ない緑のワンピースに小豆色のショールを羽織って、話し声のする殿下のスペースを覗く。
ラッチェがすぐに気づいて、ニコニコっと笑った。
「おはよう、マロー」
「おはようございます」
殿下とカメオ師匠も私を見て、挨拶をしてくれる。
「皆さん、早いんですね?」
「ルーガに今日の予定と昨日の報告」
「殿下を呼び捨てですか、ラッチェ」
「ラチュールね。公の場じゃないから、いいかなって」
まあ、殿下って、そういう事をあんまり気にしないけどさ。
カメオ師匠が立ち上がって、私にも椅子を勧めてくれた。
師匠は生成りのシャツに黒ズボンで、シャツの裾を仕舞っていない。
皆んなして、殿下の前だっていうのにラフだなぁ。
「お前も座れ、マロー。茶を入れてやるから」
「え、師匠。自分でやりますよ?」
「いいから、いいから。昨日のお前は偉かったからな。よく我慢した」
それって、やっぱり夕食代わりの立食懇談会の話かな。
師匠もラッチェも会場に居たからさ。
「マロー。体調は?」
殿下が私を見て、どこか気遣うような目をする。
なんで?
私が殿下を気遣うべきなんだけど?
ラッチェがクスッと笑った。
「殿下。マローは大丈夫そうですよ」
「え? 何が?」
「ジェラルド伯爵だよ。彼はね、魅了魔法を使うんだよね」
「……魅了魔法」
存在は知ってるけど、実際にはよく分かってない魔法だなぁ。
お婆ちゃんは使わなかったし……。
「マローは、伯爵が輝いて見えたりしない?」
「!! します。あの人は、一人だけ光を乱反射させてるよね。イケメン効果かと思ってた」
殿下が私を横目で見て、軽い溜息をついた。
「イケメン効果ってなんだよ」
「いや、ほら、キラキラしい人なんだなって」
「普通の人間は光らねーよ」
そう言われれば、そうか。
私が妙に納得してると、ラッチェが説明してくれる。
「魅了魔法はね、影響を受け易い人、受け難い人がいる。基本的には異性の方が強く影響される。あと、性格もあるかな。依存心が強かったり、プレッシャーに弱かったりさ。彼の魔法は強くないけど、ずっと側にいると危ない。もちろん、伯爵はマローに魔法を使ってるよ」
——なんだって?
「嫌そうな顔するね?」
「当然ですよ。魅了の魔法って、詳しく知らないですけど、人を操ろうとする魔法じゃない」
「そうだね。会場に居たご婦人の大半は、彼の魔法の影響を受けてたね。男性の中にも強い影響を受けてる人間はいたみたいだ。国王様が、そこまで影響を受けてないのが救いかな」
なるほどな。
それで傍若無人に振舞えてたのか。
魔法の力かと思うと、ゲンナリするな。
カメオ師匠が不思議そうに私を見る。
「なんで、コイツは平気なんだ?」
「平気ってわけじゃないよ。ただ——」
ラッチェは軽く眉を上げて、複雑な微笑みを浮かべた。
「ルーガが側に居たからだね」
「殿下は魅了魔法を無効にでもするのか?」
「違うよ。彼女はね、彼を守ろうって意識が強い。彼の盾になろうとして、弾き返してる。マローは元々、魔力が強いからね。伯爵に良い感情を持ってないし。そのお陰で側にいる王子も影響を受けないんだよ」
師匠は狐顔に笑みを浮かべて、私の頭に手を伸ばし、ガシガシと撫でた。
「そうか、そうか。コイツはちゃんと殿下を守ってるのか。それでこそ、元側付きだ。褒めてやる。という事はあれだな。二人は、とにかく一緒にいりゃいいって事だな」
ラッチェが不服そうな顔で頷く。
「不本意だけど、そういうこと。今回は我慢する」
「我慢って、お前ね。一応は宮廷魔法使いだろ? クーネル王国の安寧のためにも、王太子をお守りしないでどうすんだよ」
呆れ顔の師匠に、ラッチェが文句を言った。
「僕が王太子を守るのは、マローの為だから。マローを守るのは国の繁栄のためだし。何より、クーネル王国のことを大事に思ってるさ」
さすがラッチェ、優先順位はブレないんだね。
でも、そこ、私と殿下の位置が逆だから。
「だからって、ルーガ殿下。君を軽く捉えてるわけじゃないからね?」
ニコニコっと笑ったラッチェを、私たちは微妙な目で見つめる。
「マロー様! マロー様ぁ!」
衝立の向こうでバタバタと音がして、マーゴが飛び出して来た。
私を見つけて、ホッとしたような顔をする。
「起こして下さいよ。ベッドに居ないから、ビックリ………あ」
彼女は私たちに見つめられて、寝間着姿のまま真っ赤になった。




