お久しぶりのジェラルド伯爵
到着初日の夕食は、立食タイプの簡単な懇談会的な集まりだから、そんなに気を張らなくていい。そう聞いてたのに——。
「殿下。なんですか、この人数」
「トランス王国の貴族達が、お前に興味を持ってるらしいよ」
「……なんで?」
カメオ師匠が背後から、こそこそっと教えてくれた。
「ウチの衛兵達が崇めてる最強魔女に興味があるらしいぞ。トランス王国ってのは鉱山を挟んで隣国と接っしてるから、ちょこちょこ小競り合いが起きる。兵士としての魔女ってのに興味あるらしい」
「……それ、誤解だから。私は兵士でも魔女でもない」
「誤解なのか?」
「誤解でしょ?」
何ですか、その狐顔。
私は側付きであって、兵士じゃないし。
魔女なんて言われるほど魔法は使えないのにさ。
——でも、国王様が私を見て、なんとなく不思議そうにした意味が分かった。
想像より普通だったわけだね。
「今晩は、マロー」
おう。
首筋がゾワッとくる、この声は——。
「お久しぶりです。ジェラルド伯爵」
答えたのは殿下なのに、ジーッと私だけ見てる。
私は思わず殿下の腕を強く掴んだ。
「君が他の男と婚約してしまったと聞いて、どれだけ傷心なのか分かるかい?」
相変わらず彼の所だけ光が乱反射してる。
私は、ほとんど反射的に一歩前に出て、殿下を半身で隠した。
「まあ、婚約は婚約だ。婚姻ではないから、良いけどね。いつでも、破棄できるよね」
くせのある長い銀髪を手で払って、ニコッと笑う。
キラキラが鱗粉みたいに広がった気がする。
なんなの、この男は——殿下にキラキラがかかるじゃないか。
私の腕を引っ張って自分の後ろに隠した殿下が、すごく不快そうに伯爵を睨んだ。
そばに立ってたトランス王国の貴族達が、苦い顔で伯爵を見てる。
客人に対する態度じゃないもんね。
私は殿下の後ろから、ヒステリックにならないように言った。
「申し訳ありません。伯爵様。ですが、私はルーガ王太子殿下をお慕い申し上げておりますので」
「………こんな、子供を?」
こんなだと?
誰に向かって言ってるんだ、この男は。
「生まれが王族だって言う以外の、何に惹かれたって言うんだ? 歳だって君よりずっと下だ。噂では君の方が剣の腕もたつんだろ? 女性としての君を幸せにできると思わないな」
いけない。
すごくムカついてきた。
殿下が笑いながら答える。
「彼女は必ず幸せにしますよ。それに、子供じゃなかったら、すでに婚姻してます」
「それは幸いだ。私なら今すぐに婚姻できるし、子供のお守りから解放してやれる」
思わず右手がスカートのポケットへ伸びた。
殿下が腰を抱き寄せるふりをして、私の手を抑える。
なんで抑えるんだよ、殿下。
「それは無理でしょう。マローが頷かない」
殿下はそう言って笑みを作ったけど、目が笑ってない。
しかも、私の手を抑えたまま、離してくれない。
——くそ。
ぶった切ってやりたいのに。
仕方ない。
私は意を決して、殿下の腰に自分の腕を回して彼に寄り添う。
殿下の体が軽く強張ったけど、ここは我慢してもらおう。
もう、ピッタリくっ付いて離れないアピールだ。
そのまま、思い切り伯爵に微笑んでやった。
伯爵の眉間にシワが寄って、憎々しげに殿下を睨む。
お前、自分で煽っておいて、子供に対抗心剥き出しだな。
「ジェラルド伯爵。私の客人に失礼だね?」
国王様が間に入って下さって、さすがの伯爵も首を竦めた。
それにしても——なんで、コイツはこんなに傍若無人に振舞ってるんだろう。
「彼女への求婚は、私が先だったものですから」
「後も先もないものだろう。それに、王太子殿下を子供だと判じるなら、君は大人の対応を取りなさい」
——全く。
国王の言う通りだろ。
伯爵はキラキラしい微笑みを振りまいて、主に会場のご婦人の視線を絡ませながら退場した。苦い顔をしているのは男性ばかりだ。
国王が殿下に軽く頭を下げる。
「不快な思いをさせて、本当に済まない」
それから、ピッタリくっ付いてる私たちを見て、ものすごく優しい目で笑った。
「それにしても、お二人は本当に仲がよろしいのですな。口さがない者は、大魔女の血筋である彼女を、他国へ嫁がせない為の計略だなどと言っておりましたが。とても、お似合いのお二人です」
殿下が、カッと赤くなってしまった。
「そう、言って頂けると……マローも喜びます」
そのまま、照れたように私の腰から手を退かせた。
私も殿下の腰から手を離し、国王様に満面の微笑みを送る。
むろん、喜んでますの意思表示だけどね。
国王様はニコニコして、存分に食べてから自室へ戻るように言ってくれた。国王様が離れた途端に、殿下が私の耳に口を寄せて、小言をいう。
「マロー。お前、こんなとこでナイフを出そうとするなよな」
「よく分かりましたね」
「殺気だってたじゃんか」
「だって、あの男、殿下を馬鹿にした」
「挑発に乗ってんなよ。騒ぎを起こしても、俺たちには一つの徳もない」
「だって」
「だって、じゃないだろ」
「……申し訳ありませんでした」
殿下はこういう所が歳にそぐわないと思う。
立場もあるから、そういう教育を受けたんだろうけど。
なんだか焦れったい。
「マロー。分かればいいんだからさ」
私が黙り込んじゃったら、殿下が困ったような顔で覗き込んだ。
思わず溜息をついて、小声で言う。
「殿下のバーカ」
「何だよ、それ」
少しムッとした殿下に微笑みを返し、彼の腕を取って引っ張る。
腹がたつと、無性に何か食べたくなるよね。
「どれ食べます? サンドイッチやパイがあるし、カップでならスープも飲めるみたいだよ?」
「あのな、マロー」
「ほら。どれにします? 片手でも食べられる物ばっかりですよ。それとも、私が食べさせて差し上げましょうか?」
「自分で食えるよ」
呆れたような顔の殿下は、テーブルの皿からミートパイを摘んだ。
私はローストビーフをサンドしたパンを掴んで齧り付く。
「美味しい!」
「マロー。淑女って言葉を知ってるか?」
「それは美味しいものですか?」
「………けっこう美味いって聞いてるよ」
「そうなの?」
彼はククッと意味深に笑って、ミートパイに噛り付いた。
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でも、書き溜めが追いついてない……。
なんとか、一日一話を頑張ります。




