トランス王国 到着
移動の間は飾りの少ない深緑のワンピースを着てたけど、トランス王国へ入るのだからと着替えさせられた。さすがにドレスってわけじゃなかったけどさ。
暗い青の生地に金糸で刺繍が施され、スカート部分が二重になって上の生地にドレープが寄せてある。すっごく凝ったドレスワンピースを着せられた。
「綺麗なワンピースですよね。殿下が選んだそうですよ。殿下のジャケットとお揃いなんですって」
「……なんで仲良しアピール?」
「ラッ……チュール様が仰ったじゃないですか。マロー様は殿下の隣でお花になるんです。さあ、髪をセットしますから着替えて座って下さい。ふふ、腕がなりますね」
お花ねぇ。
……深くは考えるまい。
花にだって、いろんな種類があるもんね。
「ねえ、マーゴ。小型ナイフを仕込むとこがないんだけど」
「ええ? 必要ですか、それ?」
「持ってないと不安なんだよ。クーネル王国じゃないから、帯剣はするなって殿下が言うし」
「そうですねぇ。スカートの中しかないんじゃないですか?」
「でもさ、それだと初動が遅れるし」
彼女はクスクスと笑った。
「マロー様は何と戦う気なんですか。お守りみたいなものでしょ?」
「そうなんだけど」
考えた結果、ナイフは太腿に装着しておく事にする。スカート部分のポケットを加工してもらった。ポケットの底を外してもらったので、手を差し込めば素早くナイフが引き抜ける。
「うん。良い感じだよ、マーゴ」
「お着替えの度にポケットを加工する気ですか?」
「必要とあれば」
「マロー様らしいですけどね。そういうところが、雄っぽいんですよね。こう、何しでかすかわからない感じで目が離させない。うふふ。本当にマロー様の側付きになれて、幸せを感じます」
マーゴはニコッと笑ったけど、うん。
全く共感はできないよ。
雄ってどういうことだ。
「少し巻き髪にしましょう。きっと可愛い。メイクは淡くオレンジメインかな。顔色よく見えるし。ああ、なんかもう、男の子に女装させる気分で、メッチャ上がる! 手袋どうします? 白のシルク? 薄い水色のも用意してあるんですけどー。あ、ほら、このイヤリングつけたら似合う。可愛い!」
テンション高いんだよなぁ。
まあ、こう懐かれると可愛いなって思うけども。
髪を結い上げられて、暗い青の髪飾りで飾られ、同じ色のポンチョを着せられた。
「なんか、厚着じゃない?」
「トランス王国はクーネル王国より北ですし、山がちで風が吹き降ろすので寒いそうですよ」
甲板で会った殿下も同じような色のコートを着せられてた。
黒髪に黒い目の殿下には、濃い青もよく似合う。
そして、確かにトランス王国はクーネル王国より寒かった。
港に降りて思うのは——港はどこも人だらけだって事。ただ、迎えの馬車が船のすぐ近くに留まっていたので、私たちはすぐに馬車に乗り込む事ができた。
馬車に乗り込んで、遠目に見える山脈を眺める。
気候が温暖で、平地の多いクーネル王国とは景色も違って面白い。
「殿下はトランス王国へ来た事はあるんですか?」
「親父に連れられて、一昨年に訪問した」
「なら、初めてってわけじゃないんですね」
「全くの初めてじゃないけどな。大して覚えてないよ」
そう言った殿下はニコッと笑った。
なんだろう。
機嫌が良いみたいだ。
私はだいぶん緊張してるっていうのにな。
☆
トランス王国のお城は、クーネル王国の城とは随分と違ってる。石造りで堅牢な造りをしていて、城の周りは深いお堀が囲っている。城へ入るには橋を下ろさねばならない。トランス王国って、頻繁に戦でも起こるんだろうか。
馬車ごと城の庭へ走り込み、表玄関で出迎えてくれてた方々の前に留まった。馬車から降りる時、殿下が先に降りて私に手を差し出した。
ああ、これって、エスコートってヤツだね。
そうだよなぁ。
今日の私は、殿下の許嫁なんだよなぁ。
手を取って馬車を降りた私は、叩き込まれたマナーの通り、殿下の腕に手をかけた。彼は横目で私を見て、口元だけで笑った。
——私が淑女のフリするのが面白いのかな。
そう思っていたら——。
「似合うな」
「へ?」
「ワンピース。俺に寄せたから、どうかなって思ってたけど」
「……それは、どうも」
もしかして。
ペアルックが嬉しかったの?
思わず私の口元も緩んじゃう。
それで機嫌が良くなるなんて、ちょっと可愛い。
黙っとくけどね。
「ルーガ王太子殿下、遠い所をようこそ」
「お世話になります、トランス国王」
トランス王国の国王様は、ジェット国王より年かさのようだ。赤毛で髭を蓄え、あまり大柄ではないけど華やかな雰囲気を持つ男性だった。その横にふっくりした色の白い女性が立っていて、王妃様だと思われる。タップリした茶色い巻き毛で、微笑みは優しい。
殿下が私の手を取って自分の横に引いた。
「彼女は私の許嫁で、マロー・ノクターン嬢です」
私は両手でスカートを摘んで深く膝を折る。
国王様が目を瞬く。
なんだか、思ってたのと違うらしい。
「……美しいお嬢さんですね。大魔女リリサのお孫さんだと聞いておりますが」
「ありがとうございます。おっしゃる通り、マローはリリサの孫です」
「道中お疲れでしょう。どうぞ中に入ってお寛ぎ下さい」
いわゆる貴賓室というのでしょうかね。
私と殿下はそこへ通され、師匠とマーゴだけが付いて来た。
「この度の滞在は四日と伺っておりますが」
「そう予定しております。ご迷惑かと思いますが、よろしくお願いします」
「迷惑など、とんでもありません。こちらこそ、ご不便をお掛けしなければ良いと思っておりますよ」
そのまま、お茶を振舞われ、最近のクーネル王国の様子や、トランス王国の様子を当たり障りなく交換し、私と殿下が部屋へ案内されたのは小一時間後だった。ちっとも寛げなかったよ。
殿下の部屋と私の部屋は一つ繋がりで、間に見事な鳥の描かれた大きな衝立がある。衝立はあるけど——殿下と同じ部屋になるとは思ってなかったよ。まあ、マーゴもカメオさんも一緒だから、深い意味はないんだろうけど。
トランス王国側の使用人達が部屋の外へ出ると、殿下が面白そうに言った。
「大丈夫か? お前、顔が強張ってるぞ」
「いや、もう。笑顔が張り付いて戻らない」
師匠が関心したように褒めてくれた。
「いや、準備期間が一ヶ月だと考えたら、お前はよくやってるぞ。どこでボロが出るかと、ヒヤヒヤしながら見てたけどな」
「ボロ? ボロってなんですか」
「いつキレるかと——」
「キレる? なぜ?」
「話がなげーよってさ」
「師匠。いくら私でも、そんな事ではキレません」
マーゴが私の荷物を確認しながら笑った。
「ナイフは隠し持ってますけどね」
殿下と師匠が呆れ顔で私を見た。
「キレんなよ、マロー。俺たちは国賓なんだからな?」
「分かってますってば!」
「……まあ、大丈夫だろ。さっきだって、コイツは、はい、そうなんですか、すごいですね、の、三つしか単語を喋ってないしな。あの調子でいけ。見た目だけなら、お嬢に見えてんだから。殿下と並んでても違和感ないぞ」
殿下がヒョイっと首を竦めて見せる。
それは同意なのか、否定なのか——。
まあ、いいけどさ。
評価ありがとうございます(^^)
嬉しい!!




