注意事項
殿下の胡乱な視線を受けながら、私は椅子を立ち上がった。
「暴走する側付きを抑えるのは、主人の務めと心得ています」
「……物は言い様ってヤツだな。ラッチェが呼んでるから広間へ行くぞ。荷物整理は後だ」
私は殿下と肩を並べて歩きながら、ちょっと聞いて見る。
「それで……殿下は、どの辺りから聞いてました?」
「お前が王家のインフルエンサーってとこ」
全部聞いてたんじゃないか。
なんで止めてくれないんだよ。
彼はチラッと私を横目で見た。
「マロー」
「はい」
「王太子の許嫁として、お前がイレギュラーだって事は皆んな知ってる。お前には元から、大魔女の孫娘って看板がついてんだし」
「はい?」
「少しくらい変わってても、誰も気にしない。プレッシャーなんか、感じるだけ無駄だ」
「……ええと」
「婚約解消なんか、受け付けないからな」
——やっぱ、そこも聞いてました?
足を止めた殿下は、後ろをついて来てたマーゴを見た。
「マーガレット。いや、俺もマーゴって呼ぶ。マーゴ。コイツが逃げ出しそうになったら、本気で調教しちまえ。お前にはマローの側付きっていう特等席を俺が保証してやる」
「心得ました。王太子様」
「え、いや、そこ! なに不穏な協定を結んでんのさ!」
殿下は半眼になって私を見ると、フンッって前を向いて歩き出した。
立ち止まってた私の背中を押して、マーゴが嬉しそうに笑う。
「殿下の許可が頂けました。逃がしませんよ、王太子妃様」
「……妃じゃないから」
「四、五年なんか、すぐに過ぎます。さ、参りましょう」
なんてことだ。
……マーゴが殿下の手先になってしまった。
殿下は人のくすぐり所を知ってるからムカつく。
人垂らしめ。
☆
広間というのは、甲板に作られた広い一室で、窓もついてるゴージャスなお部屋だった。ラッチェが集めたのは、王都から連れて来てる十人だ。彼はソファーに座ったまま、王太子にも座るように促した。
「集まってもらってありがと。じゃあ、これから、トランス王国についてからの注意点を話すよ」
ラッチェは珍しくフード付きローブを脱いでいた。品の良いドレスシャツに、藍色のベストとズボン、ジャケットは濃いグレーで、色素の薄い彼の美貌が引き立っている。こうして見ると、少し引くくらい綺麗な少年だよ。ただ、殿下と違って、どこか人形めいた雰囲気がある。
殿下も美形だけど、人形めいて感じた事は一度もないからなぁ。
猫みたいだと思う事はあるけど……まあ、どっちにしろ綺麗な動物だよね。
「まず、建前としてトランス王国へは慣例の視察に来たってこと。ただし、二手に分かれる。僕とそこの彼らは、王太子達と別行動が多くなる。見て回る場所が少し違うからね」
文官だという二人を目で示して、いつも通りにニコニコっと笑った。
カメオ師匠の目が細められた。
口元だけが嗤ってる。
「皆んなに注意して欲しいのは、僕がラッチェだってバレないようにして欲しいってこと。僕は別の名前を名乗る」
殿下は静かに頷いた。
「ラッチェの名前は、有名過ぎるからな」
「殿下のいう通り。警戒されても面倒だからさ。僕は、ラチュール・ジーニャスっていう貿易省に勤めてる文官ってことでよろしく。そこの二人とは同僚になってるからね。カメオには、こっちも少し手伝ってもらうと思う。基本的には殿下の護衛を頼むけど」
師匠が耳でも出しそうな雰囲気で頷いた。
「トランス王国での滞在中は、ルーガ殿下やマロー嬢に身の危険は少ないと思う。向こうにも面子があるからね。でも、油断は禁物だから。カメオの留守には、君たち衛兵だけが殿下と許嫁の守りになる。心して取り組んでね」
三人の衛兵の方々は、ピッと姿勢を正して了解の意を伝えた。
「で、マロー」
「はい」
「君は王太子の許嫁として頑張る。殿下の横で花の役目だからね」
「……花?」
「人の目を引きつけるんだよ。絶対に殿下から離れない。分かった?」
「ええと」
「殿下と一緒に王族や貴族と歓談しててね」
もう……。
一番苦手な役目を回してくるかな。
「マーガレット」
「はい」
「マローの護衛とお目付け役。彼女から離れないで。あと、マローを綺麗に飾ってやってね」
「誠心誠意尽くします」
「オーケー」
——ええと。
この視察って……。
「トランス王国との貿易で、収支バランスが崩れてきてる。不正の疑いが濃厚だから、膿を出すよ。ついでに、我が国の大事な魔女に目をつけてる男を排除する。宜しいですか、殿下」
——魔女って私のことか?
殿下は何でもないように頷いて、珍しくラッチェに笑いかけた。
「こちらを気にせず、存分に働け」
「御意」
ラッチェはゾワゾワするような笑みを浮かべた。
けど——怖がってるの私だけみたいだ。
寒気がすると思ってたら、カメオ師匠が私の腕をポンッと叩いた。
「俺が居ない時には、アルプに見張らせる。怖がるなよ、マロー」
「……分かりました」
アルプは苦手だけど、ラッチェよりは怖くない。
なんか、ブックマークが増えてて、嬉しいです。ありがとうございます。
続きを——っとモチベ上がります。




