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出発

 トランス王国へは、一日馬車で移動して港へ行き、そこから船で一日。まる二日かけて移動するそうだ。


 殿下にはカメオ師匠が側付きで同行し、私はマーガレットに着いて来てもらう。ラッチェは外交というより視察がメインの仕事らしく、文官だという二人の男性と一緒だった。他にも衛兵が三人同行し、十人での移動になる。


 王太子殿下の一行としては、たぶん少人数なんだろうな。

 ラベナは見送りの時に半泣きで、殿下の手をずっと握って——。


「生水は飲まないで下さいよ? 俺の作った薬、ちゃんと寝る前に飲むんですからね。殿下は無理すると、すぐ熱を出すんだから。下着は長袖を着るんですよ? あっちは寒いんだから。ベストとか、カーディガンも入れときましたから、面倒がらずに体温調整して下さい。ポケットに少し菓子を入れといて、疲れたら食べるんですよ? エネルギー切れを起こさないようにして——」


 延々と母親みたいな事を言ってた。

 殿下はウンザリした顔しながら、うんうんって辛抱強く聞いてる。

 ——偉いな。


 ラベナが最後に、潤んだ目で私を見た。


「マロー。くれぐれも殿下を頼む」

「ラベナ、永遠の別れじゃないんだから」

「んな事を言ったってな。俺は殿下とこんなに長く離れるの初めてなんだよ! お前を信じてるからな。殿下の体調管理は任せたぞ。俺の殿下に無理させないでくれよな」

「………了解」


 馬車に乗り込むと、マーガレットが不思議な口の形で笑ってた。


「いいですね。ラベナ様。飼い主に置いてかれる犬みたいで」

「マーゴ。殿下の前だよ」

「あ…すみません」


 マーガレットは長いので、最近は彼女をマーゴと呼んでる。

 そう呼んでって、本人が言ったし。


「別にいいけどさ。マーガレットも口悪いんだな。主人のせいか?」

「殿下、彼女の口が悪いのは私のせいじゃありませんし、今のは褒めてるんです」

「そうなの?」

「そうです。彼女なりの褒め言葉です」


 殿下に呆れられて、マーゴは少し俯く。

 ヘコんでると思うでしょ?

 逆だから。

 殿下の呆れ顔は彼女の好物らしいんだよ。


 ——美しい少年の面差しにかかる微かな影のような憂いは、吐き出される溜息の粒子まで煌めくような、淡き青春のほろ苦さを感じさせてくれます。殿下の呆れ顔には、ビターでスウィートな香りが漂うのです。


 とか、前に目をウルウルさせて言ってた。


 カメオ師匠は殿下の隣で我関せず。

 腕を組んですでに眠る体制だ。


 この面子で、まる一日馬車に揺られてゆく。


 ☆


 ノクターン村というのは、クーネル王国でも内陸に位置してる。山がちで川は多いんだけど、海って初めて見るんだよ。船は思ってたよりずっと大きいし、港って——人だらけだ。


 私は殿下の側に行って、彼の腕を掴んだ。


「殿下……すごい人」

「ああ。港は物流の要だからな」


 王都に入った時も思ったけど、私って人が多い場所は苦手みたいだ。目が回るし、ずっと居ると頭が痛くなってくる。殿下は人の多さも気にならないみたいだけど、カメオ師匠は眼光が鋭くなってる。


 殿下が私を見て、腕から手を外し——そのまま繋いでくれた。


「離れると迷うぞ」


 私は思わず彼の手を強く握り返して、何度も頷く。


 そんな私と殿下を見たマーゴが、何を妄想しているのか、顔面が崩壊しそうな笑みを浮かべてる。


「マロー。港は初めて?」


 声に顔を上げると、相変わらずの唐突さで私の隣にラッチェが立ってた。


「はい。辺境の村で育ちましたから。なんですか、この人の多さ」

「物が動く場所に人も集まるからね。物の売り買いが盛んだし、乗じて裕福層の懐を狙う犯罪者も集まるから——ね?」


 そう言ったラッチェは、私の空いてる方の手を掴んだ。

 殿下はチラッとラッチェを見たけど、無言。


 というか、少年二人に挟まれて両手を繋がれてるって——。


「ラッチェ。私は殿下の手を掴んでますから」

「僕の手も掴んでれば、二重に安心だね」

「……」


 カメオ師匠が少し呆れた声を出す。


「船に移動するだけなんだぜ?」

「カメオ。馬だって、慣れない人混みでは落ち着かないだろ? マローも同じだよ」

「……あぁ」


 納得するかな、師匠。

 私は馬ではないんだけどね。


「カメオ。俺たちは、どの船に移動するんだ? さっさと船に乗りたいんだけどな?」

「失礼しました、殿下。あちらの船になります」


 師匠が差したのは、港に停泊してる中では中位の船だ。

 ——十人の移動に使うような船じゃないだろ。


「ノトス号と呼ばれています。ダンスホールや舞台はありませんが、喫茶室やゲーム室、浴室が完備されておりますので、船内では御ゆるりとお過ごし頂けるかと」


 ——それ、本当に必要なのか?

 海の上なんでしょ?


 あの——大量の水の上を移動するんでしょ。

 なるべく軽くした方が良かったんじゃないのかな?


 思わず強張ってしまう私を、殿下が少し面白そうな声で励ましてくれた。


「マロー。沈まないから大丈夫だよ。クーネルの造船技術は高い方だからな」

「……そうですか」


 そうであって欲しい。

 避暑に行った湖では黙ってたけど、私は泳げないからね。


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