贈り物
私の癒しは早朝のハーブ畑だけになってしまった。その畑も、枯れてきた草花は抜いたし、肥料を撒いて耕したし。冬は畑をお休みさせるから、することって来春の予定を考えるくらいなんだよな。
晩秋から冬は、することがなくてつまらない。
「マロー」
呼ばれて上を見たら、殿下が窓から覗いてた。
「おはようございます」
「……少し避けろ。降りる」
「へ?」
殿下は窓枠に足をかけて、二階から飛び降りた。
——うわぁ!
私は思わず両手を広げて、飛び降りて来た殿下を抱きとめる。さすがに受け止めきれずに、殿下を抱えて畑に転がってしまった。
「ちょ、殿下! 危ないでしょ!」
「危ないのはお前だ。避けろって言ったじゃんか」
「怪我したらどうすんのよ!」
「このくらい、平気だよ」
「平気じゃなーい!」
殿下は苦笑を浮かべて、私を立たせるとパンパンとスカートの土を払ってくれる。
「お前な。受け止めようとするとか——相変わらず、女の自覚が足りなくないか」
「それを言うなら、二階から飛び降りるとか、殿下は王太子の自覚が足りないでしょうが」
「文句を言う前に後ろ向け、ああ、土だらけじゃんかよ」
彼は私の体をパシパシ叩きながら、ククッって笑う。
「なに?」
「いや、まじない、解けても俺を守ろうとすんだな」
「それが私の仕事だし?」
「もう、仕事じゃないだろ。でも、まあ、ホッとした」
「……?」
私の顔を覗き込んだ殿下は、微妙な表情になってる。
「何かのせいで、強制的に俺を守ってたんなら——なんか、嫌だなって思ってた」
「……あれは、どっちか言ったら、私の為にかかってたみたいですよ。カメオ師匠が言ってましたけどね。お婆ちゃんが、私を守る為に、殿下の側から離れられなくしてたらしい」
「お前を守る為?」
「ええ。ほら、私は天涯孤独になったでしょ? あなたの側なら、人もたくさんいるし。たぶん——」
「たぶん?」
「殿下が私を守ろうとするって、分かってたんでしょうね」
そう言ったら。
何度も瞬きを繰り返して、困った顔になった。
こういう顔は久しぶりに見た。
——私、殿下の困った顔って、けっこう好きなんだよね。
ニコって笑ったら、ムッとした顔で睨み返された。
「ヘラヘラすんなよ。用があって降りて来たんだからな」
彼は私の手を掴んで引っ張ると、栗の木の下に座らせた。
まあ、どうせスカートは泥だらけだし、いいんだけど。
「どうしました?」
「手を出せ」
「手ですか?」
彼は広げた手の上に、可愛らしいブレスレットを乗せた。
薄紫とピンクのガラスの花びらがついてて、殿下が作らせたドレスを思い出させる。こういう色が好きなのかな。
「やる」
「え? 私にですか?」
「……お前、今日、誕生日だろ」
「!!!」
彼は私を見て笑った。
「忘れてたな?」
「…忘れてましたよ。なんか、忙しかったし」
彼だって視察の準備で忙しいはずなのに、覚えてて、贈り物をしてくれるとは——くすぐったいような気がする。
「よく、知ってましたね。ありがとうございます」
「雇用書類に記載されてたからな。お前、十七歳?」
「十七歳ですね」
「……春になったら、また、四つ違いに戻るな」
「それは、俺の誕生日を忘れるなって事ですか?」
彼はニコッと笑った。
相変わらず、綺麗な笑顔だね。
「……それ、つけてやる」
「ブレスレットですか?」
「ああ。手を出せよ」
私の手、畑仕事してたから、あんまり綺麗じゃないんだけどな。
殿下の指が腕に触れて、なんだか居心地悪く感じたけど——。
「うん。似合うじゃん」
「ありがと、殿下」
細い金の輪に、淡い紫の花が一つ。
シンプルだけど、上品なデザインだな。
「これ、どうしたの?」
「……前に、城下町に行った時に買ってあった」
「え? ラベナと行った時?」
「そうだよ。買い物に行くのも、けっこう面倒でさ。城を出る時って、いろいろ書かされるから、出た時に思いついた物は買っとくんだ」
そんな前から用意してくれてたわけか。
なんか——。
「すごく、嬉しい」
「素直なマローは気持ち悪い」
「そういうこと、言うかな」
そういえば、あの時のお土産のお菓子もスミレの花だったな。
「殿下って、紫とか好きなんですか?」
「割と好きな色だけど——まあ、マローに似合うから」
——やだ。
なんか、ちょっと、顔が熱い。
そんな私を見た殿下が、嬉しそうに笑った。
「気に入ったみたいで、良かった」
「はい」
「部屋にいないとラベナが煩いからな。俺、戻るよ。マローも早めに戻れ」
「分かりました」
殿下は立ち上がって、私の頭にポンと手を置いた。
「忙しいみたいだけど、無理すんなよ」
「はい。……殿下も」
畑を抜けて城内に戻ってく殿下を見てて、なんだか、妙な気分になった。
この気持ちは何だろう。
すごく、戸惑う。
ブックマークが増えてて嬉しいです。読んでくれてる方々にも、ありがと!
なので、今日も二回あげます。




