ラベナ
とにかく食事を取らせるのに成功して、私は少し気が抜けた。
どんな治癒魔法より、三度の食事は大事だからね。
王子は椅子に座って大きく伸びをしてる。
なんか、綺麗な猫みたい。
「で、お食事が終わったら殿下は何をするんですか?」
「お前、俺の側付きだろ? 逆にスケジュールを教える立場じゃないのか?」
「私の仕事は健康管理です」
「主のスケジュールくらい把握しとけよ。今日は——たぶん、剣技の訓練だ。ラベナを呼ぶ」
彼は立ち上がって扉の側に置いてあるベルを鳴らした。
「それでラベナさんが来るんですか?」
「メイドが来る事もあるけどな。そしたら、ラベナを呼んで貰えばいいし」
「へぇー。便利なベル」
「……聞こえたら、お前も来るんだぞ?」
「え?」
「お前、側付きって意味知ってるか?」
「ほどほどには」
すぐにやって来たラベナさんが、不思議そうに私を見る。
「お待たせしました、殿下……って。マローさん?」
「はい?」
「なんで男装なんですか?」
殿下が呆れたような声で言う。
「俺に合わせてんだと」
「……はぁ」
なんで呆れるのかしら。
「王太子殿下は腐っても男の子ですからね。お付き合いするには、男装の方が都合がいいですから」
「俺は腐ってないし、女は女らしい格好してる方が好きだ」
「はいはい」
「お前な? いつか本当に首切るぞ」
「私の首は私の体が大好きです。陛下にできますでしょうか?」
ラベナさんが呆気に取られて私を見る。
「……マローさんって、命知らずなんですか?」
まあ、そんな顔にもなるかしらね。
「不敬罪のお話でしたら、そんなの構ってられません。王太子殿下が健やかに成長するのでしたら、命の一つ、二つは彼にくれてやります」
お婆ちゃんにおまじないかけられたし。
陛下とお妃様に頼まれたし。
——と。
なんでか、王太子殿下が顔を赤く染めた。
目を瞬かせ、なんとも言えない顔で私を見る。
「お前、会って十日もたってない奴に言うセリフか?」
「自分で側付きの意味が分かるかって言ったじゃない。殿下のお側に付くっていうのは、そういう事でしょう?」
ラベナさんが、すっごく面白そうに笑いだした。
「……ラベナさん?」
「いやあ、薬師で治癒魔法使いのお嬢さんが来るって聞いてて、本音を言えば殿下の面倒なんか見られないだろうって思ってました」
彼はクスクス笑いながら殿下を見る。
「普通の子だって、この年頃は面倒でしょ? まして殿下は王太子だ。女の子には難しいだろうなって」
ルーガ殿下が嫌そうにラベナさんを見る。
「……どういう意味だよ」
「殿下は子供のくせに擦れてるしね」
「はぁ? お前も首を切られたいの?」
「またぁ。僕のこと大好きでしょ?」
「アホか」
私は二人のやり取りに思わず頬を緩ませる。
「仲良しだ」
「殿下をここまで育てたの俺ですから」
ルーガ王子がラベナの脛を思い切り蹴った。
「痛て!」
「キモいんだよ、ラベナ。マローはちゃんと女の格好しろ!」
「いいでしょ、男装してたって」
王子はサラサラの黒髪を描き上げて、顎を引いて私を見る。
「ちゃんと可愛く振る舞えよ。お前、けっこう綺麗な顔してるだろ? ゆくゆく側女にしてやってもいいぜ?」
「!!!!!」
こ、このガキは。
「あんたのハーレムに入れっての?」
「そういう事だ。情けをかけ——痛ってぇ!」
私は思わず王太子の腹に渾身のパンチを繰り出していた。
「ふざけんな! 王子がどんだけ偉いかしらないけど、腐った性根を叩き直してあげるわ!」
「お前、俺にパンチとか、マジで首切るぞ!」
「切れるもんなら、切ったんさい! マセガキが!」
「煩せぇ、ババァ!」
ラベナさんが苦笑しながら私たちの間に入った。
「まあ、まあ、落ち着いて、二人とも!」
「ラベナさん! どういう教育したら、こんなガキが育つの?」
「ラベナ、この女を牢に放り込んどけ!」
ラベナさんは私たちを見て、本当に面白そうに笑った。
「気が合いそうで良かった」
「「どこが!!!」」
「そういうとこ」
私が王子を睨むと、王子も私を睨んだ。
「少しは良い子なのかと思った私がバカだった」
「食べ物で釣ろうなんて、安易なんだよ」
ふんっと横を向いたと思ったら、王子は少し考えてから私に言った。
「まぁ、お前の作る薬は苦くないし、コロッケも美味かったからな。首は切らないでおいてやる。ただし、明日からは俺が用意したフリフリの服を着ろ。じゃなきゃクビにしてやる」
そう言って端正な顔に意地悪そうな笑みを浮かべた。
ブックマーク(^○^)嬉しいので、今日は頑張って二回上げます!