記憶
一体、私は幾つだったんだろう。
懐かしいお婆ちゃんの家、だけど、何もかもが大きい。
クルクルと巻き毛の銀髪の少年が、お婆ちゃんに連れられて家に来た。
馬から落ちて、右の足が動かないんだって聞いた。
「にーちゃ。痛い?」
「痛いに決まってるだろ。あっち行ってろ、チビ」
その子はすごく苛立ってて、側によると怒られた。
でも——。
夜になると、泣いてるのを知ってた。
一人は寂しいものね。
私はよく、泣いてる彼の布団に潜り込んだ。
「なんだよ」
「ねれなー」
「寝れないのか?」
「にーちゃ」
「しょうがないな」
そんな時は、彼は少し困ったような目をして——私を抱きしめた。
一緒に丸まって眠ってると、時々、頭を撫でる。
彼はお婆ちゃんに治療を受け、少しづつ足を動かせるようになっていった。
まだ軽く足を引きずってた彼は、思い通りに動けないと癇癪を起こしてた。だけど、私が近寄っても怒らなくなってた。ある日、彼が右足を抱えて痛みに顔を歪ませてるのを見て、私は彼の足を抱きしめた。
「いたーの、いたーの、とんでけ」
ただ、彼の痛みが消えればいいと思っただけだ。
眩いオレンジの光が、彼の足を包んだけれど、自分が発した光だと思っていなかった。
「治癒魔法が使えるのか?」
「まほう? おばあちゃん、つかうよ」
「違う。今のはお前が使ったんだ」
「? にーちゃ、痛い?」
「……いや。もう、痛くない」
どのくらい家にいただろう。
たぶん、半年くらいだったと思う。
私は出かけた祖母を待って、庭に出ていた。
急な雨に降られ、慌てて家に戻ると、彼に怒られた。
「ビショビショだぞ、マロー。風邪ひくじゃないか」
「婆ちゃ、遅いんだもん」
「しょうがないな。着替えよう」
彼は私の服を脱がせて、乾いたタオルで体を拭いてくれた。
「これ、なんだ?」
「これ?」
「左胸の」
「見ちゃダメだよ。目が潰れるよ」
「ええ?」
お婆ちゃんに、そう言われてた私は、彼の目を自分の手で塞いだ。
「内緒なんだよ。見ちゃダメ」
「………」
ちょうど家に戻ったお婆ちゃんが、私たちを見て眉を顰めた。
「どうしたんだい?」
「雨に濡れたから、着替えさせようと思って」
「……そうかい。すまなかったね。あとは私がやるよ」
お婆ちゃんは少し慌てて私を抱き上げた。
「家に居なって言ったじゃないか。また外で待ってたのかい?」
「婆ちゃ、濡れてる」
「急に降って来たからね」
その後、普通に食事をして着替えて、眠って——。
次の朝には男の子の親が迎えに来た。
「お前は自分の部屋に居なさい。出て来ちゃダメだよ」
そう言われて、男の子の両親が、彼を連れて帰るまで部屋を出られなかった。
そして——私は、その子の事を忘れた。
名前は、確か——。
「ジーン」
目を開いたら、殿下が私を覗き込んでた。
「マロー」
「殿下?」
「大丈夫か? お前、気を失ってたんだぞ」
「少し、頭が痛い」
殿下が私の額に手を乗せる。
ヒンヤリと冷たい手だな。
「殿下、手が冷たい。体が冷えてませんか?」
「大丈夫だよ」
「夢を見てたようで」
「ああ。ジーンて誰だ?」
「誰? ああ、ええと。お婆ちゃんの患者ですね」
「……お前、俺をそう呼んでた」
「え?」
ああ、そうか。
ちょうど、殿下と同じくらいの少年だったか。
殿下は少し溜息をつく。
「俺の名前、呼んでみろ」
「ルーガ王太子殿下」
「名前だけ」
「ルーガ?」
殿下は、キュッと唇を噛んだ。
「もう一度」
「……ルーガ」
「他の男の名前で呼ぶなよな」
彼はパシッと私の額を叩いた。
「ラッチェを呼んでくる。目を覚ましたら、呼べって言われてたからな。お前は、ここを動くなよ」
「ここ——あれ?」
「俺の部屋だ」
「殿下のベッドなの?」
「そういう顔するなよ。ラッチェがここに運んで来たんだからな」
——ああ。
私、畑でラッチェに会って、目眩を起こしたんだっけ。
二回あげ……したいなぁ。




