仲良し
「殿下ってば、酷いと思わないか。俺を外したり、側付きに戻したり、そうかと思ったら魔法使いと比べるんだぜ? あのカメオが化け物っていうような奴と比べられたら、そりゃ、俺が見劣りするのは分かるけどな。けど、一応は俺の方が大人なわけでさ。戦闘経験なら、俺の方があるわけだし」
グチグチと、煩いな、ラベナ。
私はそれどころじゃないっていうのに。
この、やりきれない気持ちをどうすればいいのか。
なんだって、五つも下の男の子に翻弄された挙句に嵌められてるんだ。
お陰でトランス王国行きを、なし崩しで了承しちゃったじゃないか。
殿下っていうのは、天然の垂らしなんじゃないだろうか。
今からアレでは、この先が思いやられる。
私がモテてるのなんか、お婆ちゃんが大魔女だったからだし。
カメオ師匠に血筋の話されて、やっと、いろいろ納得がいった所だったのに——。
——俺はお前が好きだ。マロー。
「うわぁぁぁぁ!」
「な、なんだよ、マロー」
「耳について離れない」
「何が?」
「ラベナの気持ちは分かるよ。殿下は人垂らしだからね。だけどね、まだ十二歳の少年なんだよ? 分かる?」
「十分に分かってるよ。だからこそ——側でお守りしたいっていう、この俺の気持ちも分かってくんない?」
私は思い切り頭を抱える。
けっきょく、ラベナは殿下が好きで側に居たいし、彼の評価が欲しいわけだ。
——同じじゃん。
性別なんか、関係ないよね。
私もラベナも、あの少年に魅入られてるんじゃないの?
このまま大人になってったら、どれだけの崇拝者を作るんだろ。
「殿下って、末が恐ろしい」
「マロー。お前、なんか情緒が不安定じゃないか?」
「ラベナほどじゃない」
「……ショックだったんだよ。殿下に俺は必要じゃないのかなって」
頼むから、それ以上は喋らないで。
デジャブ過ぎるから——。
「楽しそうな所を悪いけどな。マローは、これから訓練だ」
カメオ師匠に覗き込まれて、ラベナが飛び上がった。
「え、そんな時間ですか?」
「そんな時間だよ」
「すみません。俺、戻ります。じゃな、マロー」
「ラベナ。ワゴンに朝ごはんが残ってるよ」
「!! サンキュ!」
走り去るラベナを微妙な目で見た師匠が——。
「お前らって、アレだな」
「アレ?」
「女学生? そんな感じだ」
——ごめん、ラベナ。
師匠の言葉を否定する材料が見つからない。
☆
早朝のハーブ畑で、来年に向けた種の採取に勤しんでたら。
「マロー。おはよう」
まるで朝霧みたいにラッチェ様が浮かび上がった。
本当に、いつも突然に現れる人だな。
「おはようございます。早いんですね、ラッチェ様」
「マロー。ラッチェって呼んでって言ったよね?」
「……公爵家の方に敬称なしは不遜ではないかと」
「ラベナはラベナなのに? あれも一応、伯爵家の息子だけどね」
忘れてた。
そういえば、そうなんだよね。
「彼は同僚ですので」
「ふぅん。なら、僕も君の同僚になろうかな」
「はい?」
「陛下付きを外れて、王太子の側付きやろうかなって」
「ラッチェ様」
「マロー?」
「分かりました。ラッチェ。それはダメでしょ」
「なんで?」
「陛下をお守りできるのは、貴方くらいでしょ?」
彼は綺麗な顔に笑みを浮かべた。
「ジェットは自分で身を守れるよ」
「……左様ですか」
「ああ。アイツはいい大人だからね。君や王太子の方が心配」
——それは、そうかな。
しかし、この人は陛下をアイツ呼ばわりなのかい。
「ところで、マロー。トランス王国行きを聞いてる?」
「聞きました」
「なら、話が早いや。ジェラルドは君になんて言ってた?」
「なんて?」
「伯爵は君に執着してるよね。すごい量の薔薇を送ってきたし、手紙攻撃されてるのも知ってるよ」
どうしようか——。
でも、あれだよね。
この人には聖痕を見られてるし。
他に相談できる人間はいないしな。
「……伯爵は、私の痣を知ってるようです」
「聖痕を?」
「聖痕だとは思ってないかもしれません」
私は採取の手を止めて、少し思い出す。
「彼は痣を見せろと言いましたから」
「他に何か言ってた?」
「祖母には小さい頃、世話になった……私とは幼い頃、会った事があると」
ラッチェが少し考えて、ふいっと私の額に指を当てた。
頭の中がシェイクされるような、奇妙な感覚が起こって、クラっと立ち眩む。
私の肩を支えたラッチェが、静かな声で教えてくれた。
「あぁ……。マロー。記憶は封印されてる」
「え?」
「伯爵の言った事は嘘じゃないみたいだね。君と伯爵は出会ってるかも」
「記憶が——」
あぁ、目眩が酷くなってきた。
「ごめん。いきなり封印に触れたから、混乱を起こしてるね。歩ける? あの木の下に座ろう」
「……すみません」
「いや、僕のせいだから」
畑の横に立っている栗の木に寄りかかって座る。
木のエネルギーが背中から流れ込んできて、少し私を落ち着かせた。
「やっぱり、君はこの土地に愛されてるね。栗の木も君を案じてる」
隣に座ったラッチェが、私を見て微笑んでから、少し眉を寄せた。
「余計な事をしたかな。思い出すかもしれない」
「何をですか?」
「ジェラルドに会ったこと」
「……それは、余計なことですか?」
「どうかなぁ。どんな記憶かまでは、僕にも分からないからさ」
彼は少し面白そうに笑った。
「ただ、恋敵は少ない方がいいからね」
「冗談を……」
「冗談じゃないんだけどね」
ああ、ダメだ。
頭の中がクルクル回ってる。
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