ヴイオラちゃん
ゼンの妹さんは、王都の端にあるセント・アグネスという修道院に保護されてた。
カメオ師匠が懐かしそうに目を細める。
「ここには俺が育った孤児院が併設されている」
「……え?」
「いろんな理由で親を亡くし、行き場の無くなった子供を育ててるんだよ。ここのシスター長は顔馴染みなんだ」
——なるほどなぁ。
人には人の背景があるもんだよね。
私はともかく、カメオ師匠は男性なので敷地には立ち入れないそうだ。
別棟にある来賓室へと通されて、妹さんを診る事になった。
「ゼンにもここで働いてもらってる。修道院とはいえ、男手はあった方がいいからな。孤児院の方で寝泊まりしてるはずだ。まあ、アイツのスキルは特殊だから、ここの護衛にもなる」
「良い職場ですね。彼なら子供達への睨みも効きそうだし」
「そうだろ」
なんでか、カメオ師匠が嬉しそうに笑った。
たぶん、ここを評価されて嬉しいんだろうな。
現れたのはローズちゃんと同じくらいか、もう少し幼い少女だった。ゼンさんと並んでると、兄妹というより親子に見える。
「久しぶり。ゼンさん」
「ああ。足を運んでもらって悪いな。これが、妹のヴィオラだ」
彼女は少し戸惑いながら、小さく頭を下げた。
兄と同じ灰色の髪に灰色の瞳、色の白い可愛らしい女の子だ。
「じゃあ、さっそく。私の前に立ってみて?」
「……お兄ちゃん」
「大丈夫だよ。この人は、こう見えて女性だ」
ヴィオラちゃん。
なんで驚くのかな?
「すまないな。村を襲われた時から、妹は男性恐怖症になってるんだ。大人の男が怖いらしい」
——村を。
そうなのか。
北の方はけっこう治安が悪いって、お婆ちゃんに聞いたことある。
人攫いも横行するらしい。
村一つ襲って、若者を捕まえて、奴隷商に売るような輩も存在してると。
「怖かったんだね。大丈夫、本当に私は女の子だよ」
ベストを脱いで、一応は存在する膨らみを見せようとしたら、カメオ師匠に手を掴まれた。
「マロー。お前、ゼンが男だって分かってるか? 俺の存在はどう認識してんだ」
「あ、ああ。師匠のこと忘れてました。ゼンさんは、なんか、男というより熊?」
私がそう言ったら、ふふふって小さな笑い声が聞こえた。
ヴィオラちゃんが笑ってくれてる。
手招きしたら、素直に前まで来てくれた。
良かったよ。
「じゃあ、精査してみるからね。背中に触るよ?」
「…はい」
私の魔法が彼女の体をサーチしてく。
少し栄養状態が悪いけど、きっと、ここへ来るまでの状況のせいなんだろうな。
心臓という話だったけど——。
「少し血圧が低いのと、貧血気味なのが気になるけど。ヴィオラちゃんに疾患はない」
私がそう言うと、彼女は目をパチクリと瞬かせた。
師匠が軽く溜息をつく。
「やっぱりそうか」
「はい。血をたくさん作った方がいいから、お肉や野菜をたくさん食べてね。ここに来てから、心臓がドキドキしたりする? 痛くなったりはあるかな?」
彼女は、考え、考えして、首を振った。
「ここに来てからは、ないです」
「うん。良い答えだね」
私はゼンさんを見て、できる限りのアドバイスをした。
「貧血の予防にはとにかく血になる食事が大事です。彼女は子供だし、栄養価の高い食事をさせたい。肉や魚、チーズやナッツなんかを、できるだけ食べて。ああ、卵もいいな。朝が弱いとしても、それは彼女の体質なので、無理させずにタップリの睡眠をとらせて下さいね」
ゼンさんは生真面目に頷く。
「心臓に欠陥はないんだな?」
「ないです。断言します」
彼はホーッと息をついた。
私はヴイオラちゃんに笑いかける。
「好き嫌いしないで、なんでも食べること。元気に体を動かすこと。よく寝ることだよ。約束してくれるかな?」
「はい」
「では、お薬の代わりに、あなたにはコレ」
私はポケットからチョコボンボンを出して、彼女の手のひらに乗せた。
女官長から貰ったものだけど、この気温なら溶けてないだろう。
彼女の顔一杯に笑みが広がる。
やはり、女の子。
甘い物には目がない様子だ。
「ありがとう」
「どう致しまして」
嬉しそうに兄を見た彼女は、小走りでゼンさんの横へ戻った。
ゼンさんが律儀に頭を下げる。
良いお兄さんなんだろう。
結局、カメオ師匠の読み通りなんだろう。
王弟という人に会った事はないけど、ゼンさんを脅した奴は人でなしってことだ。
「ご苦労だったな、マロー」
「いいえ。約束ですからね」
「ああ」
カメオさんは、優しい目でヴイオラちゃんを見た。
この人、クズには鬼だけど、子供には優しいのかもしれないな。
今日は二回あげます。




