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ラッチェの申し出

 殿下は午前中と午後のスケジュールまで変えてしまった。


 朝食の時には顔を会わせるけど、それ以外はすれ違うようになった。

 これって、避けられてるってことかな。


 師匠の教えで筋力トレーニングに励みながら、軽く落ち込んでたら。


「マロー。お前、殿下と喧嘩したのか?」


 とか聞かれた。


「喧嘩……では、ないと思うんですが」

「殿下の様子は分かってるか?」

「朝食時に顔色や体調を診てますけど」

「ふぅん」


 なんだろ。

 殿下、様子がおかしいのかな。


「まあ、いいか」

「なんなんですか?」

「いや。殿下は訓練にも真面目に取り組んでるし、家庭教師の話だと勉強にも身が入ってるらしい」

「へぇ、頑張ってるんですね」

「だから、ま、いいかなと。おい、腕が下がってるぞ」

「すみません」


 急に話しかけてくるんだもん。

 気が削がれたの。


 師匠が訓練場を後にしても、私は少し座って休む。

 そうしないと、回復薬が効いてくるまで動けないの。


 木にもたれて、少し目を閉じてたら。


「お疲れだね」


 すぐ側で急に声がした。


「……ラッチェ様」

「ラッチェ、ね」


 私はちょっとビクッとしたけど、彼は意に介した様子もなく笑ってる。


「会いに来ようと思ってたんだけど、少し忙しかったんだ」


 気安い感じで、ニコニコ笑いながら隣に座った。

 私は思わず両手で自分の体を抱く。


「何もしないよ?」

「……」

「困ったな。そんなに怯えさせる気は無かったんだけど」


 警戒するに決まってるじゃない。

 いきなりシャツを脱がせようとする奴なんだから。


 でも——今日は、そこまで怖気が走らないな。


 ああ、目の色が違うからかな。

 玉虫色ではなく、金銀混合色の方になってる。


「このあいだの事は謝る。でも、見せてって言っても、見せてくれなかったでしょ」

「……ラッチェ様。私、一応は嫁入り前の乙女なんですけど」

「知ってるよ。肌を見ちゃったから、僕に嫁ぐかい?」

「冗談は辞めて下さい」

「冗談じゃないんだけどな」


 今日はフードを首の後ろに下げてて、眩い銀髪が日の光でキラキラしてる。

 見た目だけなら、本当に美少女だな。

 男の子だけど。


「殿下と喧嘩してるんだって?」

「喧嘩ではないと思います」

「でも、避けられてるんでしょ?」

「……そうみたいですね」


 彼は面白そうにククッて笑った。


「可笑しいですか?」

「初々しいなって」

「はぁ」

「まあ、悪い兆候じゃないけど。良い兆候でもないかな。あ、そういえばさ。気にしてるんだったら、リリサのまじない解いてあげるけど?」


 私は思わずラッチェの顔を見つめてしまった。

 この子、色素っていうものが無いのかな。

 眉毛や睫毛まで銀色だ。


「……解けるんです…か?」

「うん」


 大魔女のまじないが解けるのか。

 さすが——カメオさんをして、化け物と言わせる魔法使いだな。


「解いても未来に大きな変化ないし」

「そうなんですか?」

「僕が関わる事にしたから」

「………」


 どうしよう。

 解いてもらえるなら、その方がいいのかな。


 殿下なら、私が守らなくても立派な王様になりそうだよね。

 お婆ちゃんのまじないは、どっちかと言えば、私の為にかけられたものみたいだし。


 彼は少し首を傾げて私を覗き込むと、不思議な目で見た。


「ねえ、マロー。本当に僕のお嫁さんにならない?」

「………………は?」


 ラッチェは面白そうに笑う。


「その顔、可愛い」

「……バカにしてます?」

「まさか」


 彼はニコニコしてる。

 なんか、掴み所ないんだよなぁ。


「僕はね、この国が好きなんだよね。緑多くて、精霊や妖魔も住んでる。土地のエネルギーは強いし、古い魔法も生きてる。この国の安寧を望んでる。だから——結婚しようよ」


 リリサの孫って、そんなに嫁に欲しいブランドなのかな。

 ああ、でも、この子は聖痕を見てるし。

 そっちかな。


「これでも、一応は公爵の息子だよ。まあ、あの人たち、僕が怖いらしくて近寄ってこないけど」

「ラッチェ様は、まだ結婚できるような歳じゃないですよね?」

「来年には結婚できる歳だよ。君が僕を愛してくれるなら、この国は安泰になる。僕がそう望むからね。ね、聖痕の乙女さん」

「………」


 やっぱり。

 ——なんか、脅されてる?


「そういう顔しないでよ」


 彼は真顔になって空を仰いだ。


「まあ、王太子でもいいけどさ。でも、僕は君を気に入ったんだよね。どうかな?」


 ——どうかなって言われても。


「今は、そういう気は——」

「そう。まあ、急ぐ話じゃないけど」


 どういう理解をすればいいのかなぁ。


「そんな難しい顔しなくていいよ。君が愛さなければ、聖痕は反応しないんだからね」


 彼は笑って、その綺麗な手を伸ばして私の手を掴んだ。

 そのまま——微笑む。


 思わず手を引っ込めたら、ちょっと哀しそうな顔された。


「僕を好きには、なってくれない?」

「……聖痕があるからですか?」

「マロー。自分の色とか見えないでしょ?」

「色?」


 彼は思いの外に熱い目で私を見た。

 ちょっと逃げ出したくなる。


「僕が見てるのは、君の気の流れとか、気の色とかね。——綺麗だよ。魅入られる感じ。ずっと、見てたい。この間も言ったけど、見た目もわりと好みだよ。その髪色とか目の色とか、体つきも好きだよ」


 それから、クスッと笑った。


「直情的な性格もね」


 よく知ってるみたいに話すけど。

 まともに話した事もないような感じなのに。


「マロー。僕は君の好みじゃない?」


 ——うわっ。

 顔を近づけないで。

 殿下とは違う感じだけど、十分に綺麗なんだから。


「ラッチェ。何やってんだ?」


 苦い顔して立っていたのは、殿下とラベナだった。

 ラッチェが、殿下に微笑む。


「マローに求婚してたんだけどね。良い返事をくれないんだ」


 殿下がジロッと私を睨んだ。

 えっと。


「……もうすぐカメオが来る。訓練を始めるから、移動してくれ」


 立ち上がったラッチェが、ひょいっと私を抱き上げた。


「え?」

「マロー。動けないんでしょ? 連れてってあげる」


 体つきの割に力持ちじゃないかよ。

 殿下の奥歯がキッって音を立てた気がする。

 気がしただけだけど。


「だ、大丈夫ですよ。もう、動けます」

「いいから、大人しくしてな」


 彼は私を抱き上げたまま歩いて、殿下の横に立って微笑む。


「ルーガ殿下。訓練、頑張って。じゃ」


 訓練場から出ようとした時、背後でラベナの声が聞こえた。


「良いんですか、アレ」

「……嫌ならお前が取り返しに行けば?」

「え? 相手、ラッチェなんでしょ? 無理だよ」

「なら、黙ってろ」

「でも、でん——」

「煩ぇな。口を閉じてろ」


 すっごく不機嫌な殿下の声が聞こえた。

 怒ってるのかな。


「マロー」

「え? あ、はい」


 私を下ろしたラッチェは、少し拗ねた目で見た。


「僕より、王太子の方が気になるわけ?」

「え? ……いえ」

「ふぅん。いいけど。で、まじない、どうする?」

「………」

「解きたくなったら、いつでも言いな」

「はい」


 彼はニコッと笑った。


「僕の申し出に頷いてもらうには、けっこう時間がかかりそうだね? ま、それも面白いか。ここからは、歩いて戻れるかな」


 私は、ただ、小さく頷いた。

 なんか——思考が追いつかないや。


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