部屋替え
殿下は真顔で私を見つめると、言い聞かせるみたいにいった。
「俺はお前を嫁にする。分かったか?」
少し顔は赤いけど、冗談とか、揶揄ってるつもりではないみたいだ。
私は殿下が掴んでた手をそっと外した。
「それは無理ですよ」
「……なんでだよ」
「殿下、まだ未成年じゃない」
「今すぐの話じゃないに決まってるだろ」
——なんて言えばいいのかなぁ。
「結婚っていうのは、好きになった人とするものだよ。そりゃ、殿下の場合は、それだけで決められるものじゃないかもしれないけどさ」
「……マローは俺が嫌いなのか」
「嫌いじゃないですよ」
私は少し背が伸びて、肩より高くなった殿下の顔を覗き込む。
軽く下唇を噛んで、我を張るような目つきの少年王子は——可愛い。
頭を撫でたい衝動をグッと我慢する。
だって……年頃も同じくらいで。
隣に立っておかしくない女の子に、君はこれから出会うんだろうし。
殿下は今でも綺麗で、格好いい男の子だし。
きっと、素敵な男性になるもの。
「ルーガ王太子殿下。私は、あなたを主君とし、誠心誠意尽くしてお守りする従者です」
殿下は唇を噛だまま、私を睨みつけた。
ほんと、この子って——目を逸らさないな。
「あなたを異性としては見られないんですよ」
「……男とは思えないって?」
「まあ、そういう事です」
殿下が眉根をギュッと寄せ、無言のまま背中を向けて行ってしまった。
本音をいえば、嬉しいんだけどね。
殿下が側に居て欲しいって、そう思ってくれたってことだから。
私は軽い溜息をつく。
少しだけ……ローズちゃんが羨ましいと思う。
彼の隣に立って、殿下に寄り添って、なんの違和感もないもの。
彼が、いつか、本当に好きになれる人に出会うといいな。
私は——あなたの幸せを、本気で願ってるよ。
☆
……いやさ。
私は真面目に答えたつもりだったんだよ。
相手が子供だからって、適当な返事をしたつもりもない。
ラベナが苦い顔して私を見た。
「お前、殿下に何を言ったの?」
「忠誠を誓っただけだよ」
「それが、なんでこうなってんの?」
「知らない」
少し気まずかったから、殿下が着替えを終えるまで時間潰して戻ったら。
「マロー。お前の仕事は、俺の健康管理だ。隣の部屋に控えてる必要はない。ラベナと部屋を交換しろ。側付きもラベナに戻ってもらう」
殿下がそんな事を言い出して、彼が午後の授業を受けてる間に引っ越しとけって言われた。まあ、彼は彼なりに何か考えたんだろうけど。
「それにしても、お前の荷物多すぎじゃないか?」
「そんな事ないよ。乳鉢やアルコールランプは必需品でしょ?」
「薬草の量だよ。どんだけ集めてんだ」
「いやあ、畑のハーブが豊作なもんだから」
ラベナが呆れたような溜息をつく。
「俺は良いんだけどな。もともとが側付き仕事してたし。護衛に代わりはないし。だけど、お前はこれでいいのか?」
「これでって?」
「殿下の言い方だと、お前には薬と治癒魔法以外は望まないってことだろ? せっかく陛下に剣まで頂いたってのに、護衛を外されてさ」
私は苦笑を浮かべるしかなかった。
「私の契約は、殿下の言うとおりだからね。治癒魔法使いの薬師として、殿下の健康管理をすることだから」
「けどさ」
「もちろん、訓練は続行するし。いつでも彼を守れるように、側付きの知るべき事は学ぶよ」
殿下が暗殺者に狙われる事があるって理解した以上、それを辞める気はない。側にピッタリついてなくたって、力になれることはあるだろうから。
ラベナは伺うように私を覗き込む。
「こいつは俺のだって発言から、一変して部屋替えだ。お前、やっぱり殿下に何か言ったろ」
「うーん。殿下を異性としては見られないって言った」
「!!!! おま、なんてこと言うんだよ!」
「だって、本当のことだもん。殿下は五つも下で、しかも仕えるべき主人なんだよ?」
「……そりゃ、そうだろうけど。あの年頃は多感なんだから、もう少し言い方ってのがあったろ」
そんな事を言ったってさ。
軽く目を閉じてから、ラベナが首を振る。
「いや——そうだよな。お前が正しいか。多感な時期だからこそ、判断としては間違ってない。マローには、マローの人生があるしな」
——そういう事ではないんだが。
彼は青い瞳を優しげに細めた。
「お前、冗談だと思ってるだろうけど。俺は、本気でお前を気に入ってる。俺の嫁になるって選択もあるのを覚えとけよ」
「ありがたいけど、ラベナ。あなたも、異性としては見られないや」
「!! なんで!」
「男って気がしないんだもん」
「……お前、どいつになら異性を感じるっていうんだよ」
私は腕を組んで真剣に悩んでしまう。
だいたい、そういう感情は持っても仕方ないと思ってるからな。
「……陛下?」
「望みすぎだろ」
陛下は愛妻家で、家族愛に溢れてる。
側女も持たないし、宴会で女性を侍らせる事もないって聞いてる。
「そうなんだから、仕方ない」
——陛下って言っておけば、安心って感じでしょ。




