嫁に来い
カメオ師匠は、どういう身体能力を持っとるんだ。
動きが目で追えないぞ。
「マローは、剣技の前に体を作らんといかんな。情けない」
「……師匠が変態的に運動能力高いんだよ」
「お前らもだ。ラベナ。殿下も……」
私が師匠に剣技を教わると言ったら、殿下もラベナと一緒に参加するって言い出してさ。
なぜか三人でカメオ師匠に教わることになったんだが。
私たちはヘロヘロになってる。
殿下が息も絶え絶えに膝をつき、平然としてるカメオ師匠を見上げた。
「……カメオ。お前、三人も相手にして…はぁ…はぁ」
「襲ってくる人数は決められませんからね。数人は相手にできないと側付きとは言えません」
——き、厳しいな。師匠。
「まあ、マローは側付きというより、お守役だったしな。これからの訓練次第だろう。殿下もまだ分かる。成長段階だ。だがな、ラベナ。お前はダメだろ、近衛兵として」
「いや。俺はこれでも剣技得意——ぐふっ!」
「その様でか」
腹に蹴り喰らってるし。
ああ、ラベナがヘコミまくってる。
賊に襲われた時の修羅場は見てないから、なんともだけど。
あれって、もしかして八割くらい師匠が殺ったのかな?
「仕方ねぇな。明日からは、体力づくりだ。今日はここまで」
午前中から鬼の訓練とか、午後の授業考えて欲しいよ。
動けないじゃないの——。
「ああ。マロー、殿下に回復薬を差しあげろ」
「……了解しました」
「自分も飲んどけよ? ラベナには不要だ」
「え?」
カメオ師匠は口元をニュッと歪めた。
「この程度で動けなくなる近衛兵はいらねぇ」
「!!」
「本気で辛かったら、自分で自分に治癒魔法をかけろ」
師匠のキツネ目に睨まれたラベナが項垂れてる。
……ドンマイ。
「ああ、そうだ。マロー、二、三日中にゼンの妹に会いに行くからな」
「保護できたんですね?」
「むろんだ。馬に乗れば半日くらいか——約束だしな、疾風に乗せてやるよ」
「やった!」
「そういうことで、殿下。予定しておいて下さい」
「……分かった」
師匠が訓練場を後にしても、私達は、へたり込んで動けない。私は自分の荷物に這って行って回復薬を二本手に取った。
「師匠に回復薬を持って来いって言われてた。始めから予想ついてたんだろうな。はい、殿下」
「これ、すぐ効く系か?」
「そうです。即効性のあるやつ」
殿下が飲むのを横目で見て、自分も瓶の七割を飲んで……。
息の上がってるラベナをチラッと見る。
この後、この人だって仕事が残ってるだろうになぁ。
「ラベナ。ちょっとだけ飲む?」
「……え? いいの?」
「ちょっとだけなら、バレないんじゃない?」
飲みかけを差し出したら、ラベナが軽く涙目になった。
「やっぱ、俺、マロー好きだわ。お礼にハグしてやろうか?」
そう言って、薬瓶に手を伸ばす。
いつもの、軽い冗談だろうに——。
殿下が私の手から回復薬を奪い取って、残りを一息に飲み干した。
「で、殿下?!」
殿下は情けない表情になったラベナを睨む。
「これは俺のだからな」
そう言って、私の首に手を回してガッツリとホールドした。
「手を出したら、ラベナでも首切るぞ。ハグとか、ありえない」
殿下、ずいぶん腕力がついて来たんだね。
喉が締まって苦しいんだけど。
「殿下、ちょっと、離して。苦しい」
「暴れるな。お前も覚えとけよ」
「……な、何をですか」
「お前は俺のだからな。人に触らせるな」
殿下が黒目がちの目で私を睨む。
少し拗ねた顔で赤くなって、唇噛んでる。
「触らせるなって。ラベナは回復薬を飲みたかっただけでしょ?」
「お前の飲みかけじゃないか。やらない」
ラベナが魂まで吐き出すみたいな息を吐いた。
「俺よりマローですか? あの、愛らしかった殿下はどこに? いつも俺の後ろをついて来てくれたのに……」
「気持ち悪いな、ラベナ」
私の首から腕を離した殿下は、そのまま腕を掴んで立たせた。
「汗掻いた。着替えに戻る」
「え? あ、はい」
まだ座り込んでるラベナを一瞥した殿下は、少し冷めた声で言う。
「ラベナ。お前も着替えとけよ。汗が冷えるぞ。行こう、マロー」
「え? ああ、はい」
彼は私の手を離さずに、掴んだままで歩き出す。
なんとなく取り残されたラベナが、項垂れて哀愁を漂わせてた。
「殿下。少し可哀想じゃないですか?」
「何がだよ」
「だって、ラベナは殿下が大好きなのに」
殿下が嫌そうに目を細めて私を見上げる。
「お前まで気持ち悪いこと言ってんなよ」
「だって、すっごく項垂れてたし」
「アイツだって、いつ迄も俺つきの近衛兵では居られないんだぞ」
「え? それって、どういう?」
「出世してけば、人を使ってく立場になる。俺のお守りばっかりしてる訳にいかないだろーが」
拗ねたような殿下の横顔を、思わずジーッと見てしまう。
「なんだよ」
「殿下って、苦労性だよね」
「煩ぇ。……お前は側にいろよ。出世と関係ないだろ」
「なら、他所に嫁げって言わないでよね」
「元から言ってねぇ」
「言ってたじゃない。嫁には行けって」
殿下が立ち止まって、私を見つめた。
「あぁ……。言葉が違ってた。行けじゃない。来い」
「こい?」
「俺の所へ嫁に来い」
——何言ってんだろうな。
評価ありがとうございます。なんか、いいね、まで、つけてもらって。
毎回、読んで下さってる方々にも感じるのですが。
なんというのか、一緒に遊んでもらってるって感じがして……こう…ね。
嬉しい余りに、今日も二回あげます。




