カメオ師匠
陛下の執務室から出ると、カメオさんが待っててくれた。
「お疲れ、マロー」
「カメオさん。置いてくとか、酷いでしょ」
「お前とサシでって陛下に言われてたからな」
「サシって、もう一人居ましたけど」
カメオさんが不思議そうな顔する。
あれ?
すぐ出て行ったとはいえ、一度は部屋に入ってる。
カメオさんが気づかないはずないけど。
「なんか、ラッチェと呼ばれてる魔法使いでしたけど」
「……お前、ラッチェに会ったのか?」
カメオさんの表情が変わった。
獣耳でも生えてきそうな、妖怪枠の顔になってる。
「会いましたけど」
「そんな、サラッと。自分が何に会ったか分かってないんだな」
「何って、宮廷魔法使いだって国王様は言ってましたけど?」
「ラッチェってのは、化け物みたいな奴だぞ」
「……カメオさんが、それを言いますか」
彼は私をジッと見て、少し眉を寄せた。
「そういや、お前はリリサの孫娘だったな」
「は?」
「アレが、ただの治癒系魔法使いに興味を示すわけがないもんな」
「カメオさん。アレ、アレって言われても、全然わかりません」
私が文句を言ったら、彼はフーッと息を吐き出した。
「ラッチェは、あの歳で、使う魔法の種類、魔力、ともにクーネル王国随一、それどころか、近隣諸国でもアレを上回る奴はいない。実際、人どころか、魔物を含めてもアレとまともに張り合えるモノはいないだろうな」
——あの人が?
「私とそう変わらない年齢に見えましたけど?」
「確かにそうだがな——現国王が、国王であらせられるのは、ラッチェが進言したからだ」
「え? でも、だって。国王様は前国王様の嫡男でしょ?」
「もし、ラッチェが王弟を推してたら、王弟が国王だったろうよ。そのくらいの影響力と実力を持ってる。いわば——クーネル王国の影の支配者だ!」
「いや、カメオさん。国王の戴冠式あたりだと、あの子まだ——三、四歳?」
えっと。
これは、あれ。
陰謀論的な?
カメオさんって、そう言う人?
細い吊り目に呆れた色を浮かべ、カメオさんは私にデコピンした。
「痛い! ひどい、カメオさん!」
「失礼なこと考えてたろう」
「だって、突飛すぎて話についてけないから」
彼は腕組みして、また、フーッと息を吐く。
「生まれてすぐに喋った。精霊が大挙して祝いに訪れ、魔物が祝宴をあげた。空が割れて、星が降った。これは、すべてラッチェ誕生の秘話だ」
「………えっと、何事?」
「大事だ。まあ、幼いラッチェが国王を王に推したのは本当だ。神童って言えばいいのか? アレは。まあ、人嫌いでな。人前に出なさ過ぎて、話に尾ひれがついてるってのはあるだろうけど」
神童ねぇ。
狐とのハーフとか言われてる妖怪枠のカメオさんがいるし。
この間のアルプも怖かったし。
突出した魔法使いがいても変じゃないけど。
「そんな凄い魔法使いがいるなら、彼が王太子を診れば良かったのに」
「残念ながら、ラッチェに聖属性の魔法は使えないんだ」
アルプを見た後、私も魔法属性を復習しました。
ええ——私が使う、治癒、回復、浄化、というのは、聖属性と呼ばれてましてね。使う人間は限られてるわけだ。相性の悪いって言われてた闇属性は、妖魔や精霊の一部が使う魔法でさ。
聖属性と闇属性は血筋に強く関係してるそうで、魔法の才能だけでは取得できないってなってた。
カメオさんが、しみじみ私を眺める。
「お前は大魔女の孫だ。突出した魔女の血筋だもんな。ラッチェが興味を持ってもおかしくない」
「いや、私が使えるの治癒魔法くらいだし」
「認識が甘いな。……お前も魔法を使うなら、天候関与魔法を知ってるな?」
「知ってますけど」
「リリサは現役時代に国からの正式な依頼で、二回ほど使ってる」
——なんですと?
「天候関与をですか! あれ、禁忌の魔法ですよ?」
「あの魔法が禁忌になってんのは、天候関与なんかされたら国が滅びかねないからだ。正式な依頼なら使える。そもそも天候に関与できる魔法使いは滅多に生まれないしな。ラッチェも無理だって言ってる」
「……神童が?」
カメオさんが、化け物って呼ぶ魔法使いに無理って。
お婆ちゃんってば、どんだけなのさ。
「お前の祖母は、その魔法で二回も国の大飢饉を救ったんだ。だからこそ、リリサは魔女ではなく、大魔女って呼ばれてるんだ。お前……どうして自分の祖母が、亡くなった途端にお前を王宮に押し込んだか、考えたことあるか?」
「え? それは、一人でも食うに困らないようにって」
師匠が同情するような目で私を見る。
「お前を守る為だろーが。身内に聖魔法使いが欲しい奴なら、力づくでもお前に子を産ませたいだろうさ。お前は、そういう血筋の娘なんだよ」
「はははは、冗談。師匠でも冗談言うんですね」
バシッと頭を叩かれた。
痛いな、師匠。
「冗談なわけないだろーが。リリサは自分亡きあと、お前をどうやって守るか考えたんだ。王太子にくっ付けときゃ、下手に手出しする輩は減る。お前に暴漢対策を教えたのだって、身を守らせる為だろ」
——んなこと言われたって。
「まぁ、心配すんな。俺はお前を気に入ってる。考えなしで、迂闊だが、根性と気合いがある。クズ野郎が寄ってきたら、俺が全力で潰してやる、お前は今まで通り、胸張って王太子の護衛をしろ。いいもんを貰ったんだろ?」
なんか、男前な発言ですね。
その狐顔が三割り増しで良い男に見えます。
私は大事に持っていた皮ベルトと剣を持ち上げた。
「カメオさん……私に剣術を教えて欲しいんですが」
「へぇ、俺に教わりたいと。いいだろう。これからは、俺を師匠と呼ぶがいい。覚悟しておけ」
カメオさん、目を細くして嗤わないで。
——怖い。




