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コロッケ 3個

 

 城のコックや賄いの女性が不安げに私を伺っている。ヒソヒソと小声で囁き合っている声が聞こえて、私はガックリ項垂れてしまう。


 ——ええ? 王太子様と口喧嘩?

 ——食事をするしないで大喧嘩になったそうだ。

 ——美味しい物を作らないと首を切られるってさ。

 ——く、首を? 


「はぁぁぁ」


 何だってお守役の自分が台所に立ってなきゃいけないのか。

 私は自分の堪え性の無さに目眩がした。


 が……。

 仕事は仕事である。


 手を抜くわけにはいかないし、王太子の体を健やかに成長させる為には、あんな食事の仕方では……。


 今朝の王太子の食事を思い出すと無性に腹が立ってきた。


「だいたい、起きるのが遅いのよ。起き抜けに食欲が湧くわけないじゃない」


 初日に王太子の薬を処方した私は、次の日に王様とお妃様に謁見した。まさか、自国の王に間近で会う日が来ようとは、思いもしなかったが、彼は穏やかな紳士であった。


 王太子にそっくりな黒髪、少し灰色がかった黒い瞳。逞しい体躯の美丈夫である王は、息子を頼むと言って笑ってくれた。


「我が儘放題に育ってしまったが、心根は悪いくないと思っている。親の欲目かもしれないのだがね。貴女はお守役だ。少しくらいキツく叱ってくれて構わない。あの子を頼む」


 赤毛の混ざった金髪に茶色の瞳をした妖精のように美しいお妃様は、静かに微笑んで頷いてくれた。


「本来ならば、私達が叱らなければならないのですが、立場上、いつも側に居てやる事ができません。体のことも勿論なのですが、心の成長にも貴女の力が必要です。よろしくお願いします」


 王とお妃にそう言われて、私は頷くよりなく。


「全身全霊を上げて、勤めさせていただきます」


 両陛下の願いまで請け負ってしまった。


 もう、この仕事を全うするしかない。たとえ、一命を賭しても——だ。何しろ祖母にそう言われた。彼女の言葉はまじない言葉だ。逃げ道はない。


 初日は風邪っぴきだった王子の為に眠くなる薬を調合して居たから、彼は寝たり起きたりを繰り返し、合間に栄養価の高い果物や飲み物を取るだけだった。


 虚弱といっても十一歳の少年だ。丸二日ほど寝たり起きたりした結果、すっかり元気になって自前の我が儘が顔を出した。


 そんなわけで、三日目の朝、本調子に戻った王太子と一戦交えることになったわけだ。


 食べるのは甘い菓子だけ。しかも少量。

 お茶を一杯。

 以上が今朝の王太子の食事だ。


 ダイエット中の貴婦人かっての——。


「それでは体に悪いです。いいですか、身体を作っているのは野菜、肉や卵、牛乳などです。甘いものはエネルギーになっても、血や肉になりません!」


 彼はスープやサンドイッチを勧めても、嫌な顔をして押しのけた。


「食べたくないんだから仕方ないだろ。っていうか、お前なんで男装してんだ?」

「殿下の一日に付き合うための男装です。成長期の男の子なんですから動きも活発でしょ? そんなちょっとのお菓子で一日のエネルギーが足りるわけないし」

「足りなきゃ途中で足せばいいだろ」

「普通は足りない分をお菓子で補うんです。食事は食事できちんと食べて下さい」


 ルーガ王太子は胡乱な目で私を睨むと。

「煩せぇんだよ、ババァ」

 と、言った。


 思わずカチンときて、わざと王子のそばに立って言った。


「そりゃ、王子くらいのガキから見ればババァですけど」

「……ガキ?」

「食べないから貧弱で、背丈も低い」


 カッとした王子が椅子から立ち上がって私を睨んだが、それを見越して側に立っていたのだ。私の目線より背の低い王太子を、軽く見下げてやった。


 ノクターンでお隣さんだった、カッサンド家のちびっこならば、ここでムキになって食事をしてくれたものだ。


 食べれば大きくなるんだろーと言いながら。

 だが、王太子は違った。


「美味いもんなら食うんだよ! 不味いのが悪い」

「不味いわけないでしょう! クーネル王国でも指折りのコックが作ってるんだから!」

「うるせー。不味いもんは不味いんだよ。そんなに言うなら、お前が美味いもんを作れ。そしたら食ってやる」

「……作ったら完食しなさいよ」

「不味かったら首を切ってやる!」


 と、いう流れでの台所だ。


 王家の人間は不敬罪という罪で人が裁ける。

 首を切ってやるっていうのも、案外と冗談ではない。


 だけど、彼が食事をキチンと取らなければ、どっちにしろ私の未来はない。彼を健康に育てるのが私の仕事なんだから。


 報酬は先払いされてるし、無一文で行くところもない。


 本音を言えば、押さえ込んでも食べさせたいくらい——。


 私はラベナさんから聞き込んだ、王太子の好きな物を思い出す。


 ええと——卵は割と好き、乳製品は少し苦手、お肉は好きでも嫌いでもない。香辛料も辛くなければ好きな方で、酸味は割と得意。甘いものが好きで、蜂蜜は体質的に問題なしと。まあ、とにかく生野菜は大嫌い。


 お肉とか乳製品が好きじゃないって所を除けば、たいがいの子供の味覚だ。


「……ディニーの好物でいいかな」


 カッサンド家のちびっこディニーの大好物。

 それはコロッケ。


 炭水化物にタンパク質、脂質に糖質。少しカロリーは高いけど、成長期の子供には持ってこいだ。野菜も細かく刻んで混ぜてしまえばいいし、ソースに少し酸味のあるトマトベースのソースを作れば食も進むか?


「朝から揚げ物がシンドイっていうのは、大人の胃袋よね」


 たくさんは食べられないだろうけど。

 栄養価が高ければ問題ない。


「卵サンドもつけよう。ディニーはフワフワ卵のサンドイッチが好きだったし」


 王太子は胡乱な目でコロッケを睨んだ。


「なんだ、これ?」

「コロッケです」

「食べた事ないけど?」

「揚げたてが美味しいので、冷める前にどうぞ」


 フォークで突っついて、眉間にシワを寄せてる。

 これが子供の仕草なのかしらね。


 私は彼の横に座って、コロッケを一つをフォークに刺して、口に運んだ。


「はい。アーン」

「食って欲しかったら、ミニのフリフリでも着てこい」

「私の服で食が進むわけないでしょ」

「男みたいな女にアーンとか、虫酸が走る」


 綺麗な顔して、本当に口が悪いな。


「……ならチビのままでいるといいわ」

「誰がチビだって?」

「朝御飯もまともに食べられない、華奢で虚弱な子供の話です」

「俺じゃないな」


 ——埒があかない。


 私は片手で頬を挟み込んで口を開き、そこへ千切ったコロッケを放り込んだ。王子は凄い目で私を睨んだけど、むぐむぐと口を動かす。そこんとこ、育ちがいいんだな。吐き出したりはしない。


「……これ、何だ?」

「コロッケ」

「芋?」

「ジャガイモ」


 彼は自分でトマトベースのソースを付け直し、パクパクと食べ始めた。


「このソース。甘酸っぱいな」

「トマトと蜂蜜」


 他にも野菜のペーストとワインなんかも入ってるけどね。

 黙っておこう。


 横に置かれたジュースも、まんまと飲んだ。


「ん? これは、オレンジジュースか?」

「何種類かのオレンジを使ってます」


 他にも人参とパプリカが入ってるけどね。

 レモンと蜂蜜を足してるから飲みやすいはず。


「この卵はどうやって作ってるんだ?」

「それは企業秘密です」


 あなたが得意ではない乳製品を使ってるからね。

 内容は知らなくていいのよ。


 彼は三つのコロッケと、タマゴサンド。グラス一杯の野菜ジュースを完食した。できた時には褒める。これは重要な儀式だ。


「さすが王太子。偉い! すごい! 格好いい!」


 笑って彼の頭を撫でると、赤くなって私を睨み、手を振り払った。


「許可も取らないで俺に触ってんじゃねぇ!」

「食べられたじゃないですか」


 彼はぐっと詰まってから、すごく不本意そうに言う。

「……わりと、美味かっただけだ」


 それから、チラッと私を見て小さく笑った。

「首が繋がって良かったな?」


 あら、笑うと可愛いじゃない。

 さっすが美少年。

 お姉さん、少しだけキュンッてしたわ。


「このくらいの量を毎朝食べていれば、すぐに背も高くなるし、骨も太くなって、筋肉もついて逞しくなれるよ」


 王太子は上目遣いに私を見ると、キツイ目で睨んだ。

 自分の体が貧弱なのは気にしてるんだな。


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