褒美と魔法使い
成長期な上に訓練ホリックに陥ってる殿下の為に、最近は朝食の量も増やしてもらってる。乳製品が苦手だった殿下だけど、味がついてればミルクも飲むようになった。豆類も嫌がらずに食べる。
「……マロー」
「何でしょうか」
「なんで怒ってんだ?」
「怒ってません」
殿下は困ったようにラベナを見たけど、ラベナは諦めた顔で首を振る。
「怒ってないなら、朝からそういう顔してんなよ」
「元からこういう顔です」
昨日、殿下に嫁に行けって言われて、自分がどうして動揺したのか考えた。自分の存在価値を否定された気がしたんだと思う。殿下にとって、私は居なくていい人材なんだろうって思ったら——哀しかったわけさ。
そりゃ、もともと、ラベナがいるもんね。
彼は多少の治癒魔法が使えるし、薬学の知識も持ってる。
近衛兵としても優秀で、男として殿下の体の変化の相談にも乗れる。
単純に治癒魔法力の話なら私の方が高いけど——。
殿下は体力もついてきてて、無理さえしなきゃ喘息発作も出なくなってる。
彼が一人で我慢しちゃう子なのは分かってるけど。
そんなのは、ラベナだって知ってる。
というか——幼い殿下を支えたのは、ラベナだもん。
私はここに居なくても、そりゃ、殿下は困らないよね。
茶器を掴んで俯いてたら、殿下が覗き込んで来た。
「マロー?」
殿下の顔が綺麗だったもんで、私は苛っとした。
理不尽なのは分かってるけど。
「すみません。いま、お茶を淹れます」
「……お前、そんなに嫌なのか?」
「何がですか?」
「嫁に行くのがだよ」
「その話はしないでもらえますか」
「……男嫌いってこと、ないよな?」
「だから、黙って!」
殿下がビクッと身を引いた。
ああ、もう。
ラベナがお茶を飲みながら、今日の予定を殿下に告げる。
「殿下、今日の午後は、バッサム家のお茶会に呼ばれています。訓練はお休みして下さい」
彼は面倒そうな顔をしたけど、私が苛立ってるので黙ってる。
——と、ラベナは伺うように私を見た。
「マロー。お前にはカメオさんから伝言だ」
「カメオさんからですか?」
「今日の午前中は授業なし。マローは国王陛下に呼ばれてる。謁見の準備をしとくようにってさ」
「……陛下に、謁見?」
私の苛立ちもすっ飛んでしまう。
陛下にお会いするのは、殿下の誕生日パーティー以来だ。
「部屋に女官が来るから、支度してもらって待ってろって」
「そう…ですか」
まさか。
首ってことはないよね?
まだ先払いされた給金分も働いてないし。
☆
ドレスとまではいかなかったけど、綺麗目のワンピースに着替えさせられ、髪も結い上げられた。まあ、国王陛下に謁見とくれば、普段の側付き服ではダメなんだろうな。
ノックされた扉を開いた女官さんが、カメオさんのお迎えを告げる。部屋を出た私を見て、カメオさんが笑った。
「へぇ、馬子にも衣装。マローでもお嬢さんに見えるな」
「あの……謁見ということですが」
「そんなに緊張しないで良い。陛下はお前に礼が言いたいんだそうだから」
「お礼ですか?」
「ルーガ殿下を守ったからな」
「いえ、それって仕事ですしね?」
「お前、知らないんだな」
「は?」
避暑地を守ってた衛兵の間で、私は最強魔女になってるそうだ。
「治癒魔法しか使ってないですけど?」
「その使い方がエグいって評判だよ。お前みたいな男前の魔女は他にいないそうだ。それが王宮にも聞こえてきてて、衛兵の間じゃ噂になってる」
——褒められてる気がしない。
国王陛下の執務室って所に通されたんだけど、五十人くらいで会議しても平気そうな広さだ。床には毛足の長い絨毯が敷かれ、煌びやかな調度品に囲まれ、クーネル王国、国王様。ジェット・クーネル陛下が執務机に向かってた。
「陛下。マローを連れて参りました」
「ああ、良く来た」
カメオさんは私の背中を軽く押すと、そのまま扉を閉めて出てってしまった。
——ヤダヤダ。
置き去りとか、ないでしょ。
「緊張しないでいい。もう少し奥へ来なさい」
陛下が椅子を立って私の方へ歩いてくれる。
ここは、あんまり歩かせちゃダメだよね。
私は諦めて陛下の前に歩いていって、女官長に叩き込まれた淑女の挨拶をした。
「お目にかかれて光栄です」
「顔を上げなさい。私の方が君に会えて光栄だ」
陛下は相変わらずの美丈夫で、少し首を傾げて笑う姿は渋い男性の魅力に溢れてる。
うううむ。
いつかは、殿下もこんな感じになるのだろうか。
「女性の身でありながら、体を張ってルーガを守ってくれたそうだ。スーノンも心から感謝していた」
「妃殿下様が——勿体無いお言葉です」
彼女には抱きしめてもらったし、もう、本当にそれだけで十分なんだけど。
「ラッチェ」
陛下が呼ぶと、影のように立っていた人が音もなく前に出た。スッポリとフードを被ってるから顔は見えないけど、フード付きローブって、たぶん、魔法使いの人だよな。
その手には綺麗に細工された細い皮ベルトがあって、小ぶりの剣が装着されてる。陛下は剣を手にすると私に向かって差し出した。
「ミスリルの剣だ。硬質で刃こぼれもしないだろう。女性でも扱いやすいように、小降りに作ってある。君に贈るよ。褒美だ」
「——え?」
「マロー・ノクターン嬢。貴女には、帯剣を許可する。これからも、ルーガを側で守ってやってくれ」
思わず陛下の顔をガン見してしまった。
彼は優しく微笑んで、私の手に剣とベルトを渡してくれた。
——うわぁ。
「お言葉だけでも畏れ多いというのに、このような優れた物を頂き、言葉もございません」
「硬くならなくて良いんだ、マロー。レオナも君をとても気に入ったようで、時々、君の話をしてくれる。暇を見て会いに行ってやってくれ」
「レオナルド殿下がですか?」
陛下がクスッと面白そうに笑った。
「君は虫のお姉さんらしいよ」
「……あ、一緒に虫取りをさせて頂いたからですね」
「そのようだ。私の話はこれで終わりだ。戻って構わないよ、マロー」
「貴重なお時間を頂き、ありがと——え?」
謝辞を述べて退出をと思っていたら、フードの人が私の顎に手を伸ばして顔を覗き込んだ。
キラキラと不可思議な色に変化する、玉虫色の目。
なに、この人、人間?
私は全身を撫でられたかのように感じて、固まったまま動けなくなった。
ただ、顎先に指が触れているだけなのに——。
上等な絹の白いローブのフードから、女の子と見まごうような美貌の少年が笑ってる。ジェラルド伯爵も真っ青の美しい銀髪の持ち主だった。
「女性にいきなり触れるな、ラッチェ」
陛下に釘をさされ、少年は私の顎から手を離した。
「変なのに縛られてるね。それ、まじない? リリサの?」
この子——《運命を決定するまじない》が。
「視えるの?」
「うん」
陛下が困ったような声を出した。
「済まないな。彼は宮廷魔法使いなんだが、どうしても君を側で見たいと言うので同席させたんだ」
「そうですか……」
「陛下。この子、面白いね」
玉虫色の目がクルクルと色を変える。
その目の色が怖くて、思わず後ずさってしまった。
「僕が怖い? へぇ。怖がれるだけで、少し凄いんだけど」
「え? ええと?」
陛下が軽く溜息をつく。
「ラッチェ。控えろ」
少年魔法使いは、軽く首を竦めた。
陛下が苦笑しながら言う。
「行きなさい、マロー」
「は、はい」
私は急いで退出の挨拶に、膝を折って、逃げるように陛下の執務室を出た。
ブックマークも評価も、すっごく嬉しい。ありがとうございます。
嬉しいので、早く次の話をあげたいのですが——書き溜まっていないので、一日、一話。
頑張って維持しようと思います。




