優先事項
避暑地から戻ってから、なんだか殿下の様子がおかしい気がする。
彼は今、乗馬の訓練で馬場にいるけど、ラベナではなく騎馬兵に教わっている。
腕が上がったというのもあるんだろうけど、それだけじゃない気がした。
「ねえ、ラベナ」
「なんだ?」
「最近の殿下は、訓練しすぎじゃない?」
剣技や弓、乗馬、そういう訓練は午前中しか無かったはずなのに、午後の授業を受けた後までラベナと護身術の訓練してる。夜、寝る前にはヘロヘロになってるんだよね。回復薬をねだられる頻度も増えたし、無理してるんじゃないかな。
「同じことを殿下が言ってたぞ」
「へ?」
「お前、小型ナイフの自主練してるんだって?」
「ああ。うん。精度を上げようと思って。殿下の護衛もあるし」
「同じだよ」
「同じ?」
「殿下もな、自分の身くらい自分で守りたいそうだ。妃殿下やベルナンド王子が無事だったのは、俺やカメオさんのおかげだって頭を下げられた」
——殿下。
責任感強いなぁ。
「それが俺たちの仕事ですって言ってんのに、聞き入れないんだよ。まあ、殿下が強くなってくれれば、それに越した事はない。どんなに気をつけてたって、一人の時に襲われないとは限らないからな」
それは確かにそうなんだけど。
でもなぁ——。
「無理してないと良いんだけど」
ラベナが微妙な顔で私を見る。
なにさ。
「お前が来て、すぐの時にも思ったけど。殿下とマローって似てるよな」
「はい?」
「殿下が、そっくり同じ言葉をお前に向けて言ってたぞ。無理してないといいけどなって」
「うわぁ。主君にそういう言葉を言わせちゃってるの? 反省するなぁ」
——しかも、殿下の方がずっと歳下なのに。
「お前もさ、もう少し周りを信じてみないか?」
「変なこと言うね? これでもラベナを評価してるよ。カメオさんに至っては畏怖すら感じる」
「なら、護衛は任せろよ。お前は側付きだけど、俺は近衛兵なんだし」
「そう言うけど、カメオさんだって国王様の側付きでしょ。近衛兵じゃないよ」
「……マロー。お前、女の子なんだしな?」
ラベナは少し困ったような目で私を見た。
「ラベナこそ、殿下と同じこと言わないで」
「ああ、殿下も気にしてたか」
「いつか嫁に行くんだから、体に傷をつけるなってさ」
「だよな」
「私は殿下が王になるまで、嫁になんか行かないけどね」
「!?」
なに、その表情。
殿下より驚いてない?
「マロー。クーネル王国の結婚適齢期って知ってるか?」
「知ってる。女性は十六歳から約五年。男性は十八歳から約五年が、適齢期と言われてるねぇ」
「殿下が国王に成られるとして、陛下が御壮健なら数十年は先の話だぞ」
「そうだね」
「お前、行き遅れる気か?」
「だから、殿下と同じ事を言うなってば」
いいじゃない。
人の婚期なんか、どうだって。
「私はね。殿下が立派な王になって、お妃様をもらって、平和なクーネル王国を作ってくのを見るの」
「いや、気持ちは分かるよ? 俺だって、それを望んでる。その為に力を尽くすつもりだ。けど、お前は女の子なんだし、嫁いで子供を産むだろーが」
「別に子供を産まなくてもいいけど?」
「……嫁ぐ、よな?」
私は軽く首を捻った。
最近、そういうのはどうでもいいかと思ってる。
「殿下の子供が生まれて、私も引退を考える頃には、茶飲み友達の爺さんでも作って、老後を一緒に暮らすのは有りかな」
「いやいや、マロー。お前、枯れすぎだろ」
「だって、一つの仕事を遣り遂げるっていうのは、そのくらいのリソース使うでしょ?」
「……お前の幸せはよ」
「殿下の幸せを見ること」
なに、その驚愕の表情。
「マロー」
「な、何? いきなり腕を掴まないで」
「お前、もしかして。ぜんぜん、気づいてない?」
「何によ」
「……俺の気持ち」
「ラベナの? そんなの知らないよ。それは私の仕事と関係ある?」
思わず手を振り払ったら、あれ——?
すっごく項垂れちゃったんだけど。
「仕事には関係ないだろうな。けど、少しは気づけよ。俺はさぁ……」
後ろから殿下の声が聞こえた。
「ラベナ。お前、人が真面目に訓練してる時に女を口説いてんじゃねぇよ。いい根性してんじゃんか」
「——殿下」
殿下の目つきってば剣呑。
剣を担いでラベナを睨んでる。
というか、私って口説かれてたのか?
ラベナが少し困った顔になってから——。
「すみません。マローが嫁に行かないって言ったもんで、ついムキになってしまいました」
「………また、そういうこと言ってんの?」
殿下が疲れた目で私を見た。
「殿下もラベナも、私の行く末なんか放っといて。そんな事より、殿下は少し訓練しすぎ。成長期に筋肉を付けすぎるのは良くない。ラベナも私より殿下の様子に気を配りなさいよ。殿下の健やかな成長こそが、私達の優先事項でしょうが!」
——二人して、持て余し気味に私を見るのは止めろよ。
「嫁には行けよ、マロー。お前だって、一応、クーネル王国の国民だろ? 子を産むのは国への貢献だ」
で、殿下。
なんて施政者じみた発言を——。
というか、嫁に行けって。
「え? マロー? お、おい」
殿下が狼狽えた声を出す。
私ってば、体が細かく震えてる。
「なんだ? どうした、マロー? おい、泣くな」
ラベナまで動揺してる。
実際、私も自分がどうして震えてるのか分からない。
泣いてるつもりなんかないのに、視界も滲んできた。
「わ、私……お手洗いに行ってきます!」
思わず捨て台詞を吐いて、その場を退却した。
なんだっていうのか——。
どうした、私。




