帰路
けっきょく、避暑地からは二日ほど前倒しで王都へ戻ることになった。
別荘の広間、血だらけだしね。
私はホロに囲われた薄暗い貨物馬車に乗り込み、荷物の間に転がって物思いに耽ってた。
ノクターンから王都へやって来て、まだ一年も経ってない。
でも——今の私は、お婆ちゃんのまじないが無くても、殿下を守りたいと思ってる。
けっして丈夫とは言えない体で、王族ならではの面倒に晒され、それでも——周りを気遣う。
彼なら立派な国王になってくれるだろう。
所詮は一介の治癒魔法使いである私に、そう思わせる所が王の器なんだろうな。
叩き込まれた薬草の知識と、治癒魔法だけで、どれだけの事ができるんだろう。ラベナのお陰で、少しは護身術が使えるけど——。
この先を思うと、いろいろ、不安だな。
もっと鍛錬しなくちゃ。
私はボンヤリした意識の中、自分の左胸に手を当ててみる。
——これが本当に聖痕で、私が聖痕の乙女だというなら。
「私の願いを叶えてくれたっていいのにな」
他の誰かじゃなくてさ。
私自身の願いを叶えてはくれないもんかな。
ゴロゴロと車輪の音が響く馬車の中で転がってると、薄暗さと揺れで微睡んでくる。あんまり寝てないし、魔力切れも起こしてる。
このまま、少し寝てしまおうーー。
そう思って目を閉じたら、ホロの一部が捲れて外の明かりが入って来た。
「マロー」
「………殿下。移動中の馬車を動いたら危ないでしょ」
「ラベナに手伝ってもらった。別に危なくない」
彼はのそのそと荷物の間を移動して、私の隣に転がった。
「どうかしましたか? 体調悪いですか?」
「……眠い」
「ああ。寝不足だもんね」
「レオナがいると寝られない。ここで寝る」
「いいですけど、あんまり眠ると夜に眠れないですよ」
「薬だせばいいじゃん」
「すぐ薬に頼るのは感心しない」
荷物の隙間は、そこまで広くない。
殿下は、私の肩に頭をつける形で横になってる。
彼との距離が近くて——。
なんとなく、居心地が悪く感じた。
「殿下。もう少し離れましょう?」
「んなこと言ったって、ここは狭いじゃん」
「でも、暑いでしょ?」
「馬車の中は、どこも暑いよ」
——まあ、そうなんだけど。
「……疲れたな、マロー」
「はい」
「そういや、お前、傷はどうなんだ?」
「もう塞がってるって言ったじゃない」
「見たわけじゃないし」
「……見せろって言うんですか?」
殿下はモゾッと動いて、私の方を向いた。
綺麗な目にジッと見られると、なんか居心地の悪さが加速するなぁ。
「見せろなんて言ってない。お前さ、自分が女だって自覚ある?」
「ありますけど?」
「なら……俺に見せるとか、ありえなくないか?」
少し拗ねたように、上目遣いで私を見る。
なんだろな。
「あのさ」
「はい?」
「俺を守るのに怪我をするな」
「……また、無茶を言いますね」
「無茶じゃないだろ。あの時だって、お前が飛び出さなくても良かっただろ? 俺の刺し傷をお前が治癒すりゃ良かったんだから」
「バカ言わないで。刺さり処が悪ければ死んでる」
「同じ言葉をお前に返す」
「殿下を守るのが私の仕事です」
彼は疲れたように溜息をつく。
「お前の体に傷なんか残ったら、俺が困るんだよ」
「なんで殿下が困るんですか」
「……いつかは、お前だって嫁に行くだろ。体に——傷跡なんかつけるな」
「大丈夫ですよ。私は殿下が王になるまで嫁に行きませんから」
「はぁ? 何言ってんだよ。お前、行き遅れになる気か?」
だって、そういう運命だし。
……いや、嫁に行けないわけじゃないか。
殿下を立派な王にすればいいだけで。
「体に傷の一つ、二つあるくらいで、文句を言うような男には嫁ぎません」
彼は微妙な顔で私を睨む。
「お前に傷が残るのは、俺が嫌なんだってば」
「殿下が気にするような事じゃないですよ」
「……素直に分かったって言え。俺のために体に傷はつけるな」
頑固だなぁ。
言葉には力があるから、断言したくないんだけど。
「努力します」
「最大限な」
「はいはい」
「マロー」
「分かりました」
殿下は私を見ると、小さく微笑んだ。
「約束な」
すっごく眠そうだな。
寝不足なのもあるけど、やっぱり疲れてるんだよね。
「せっかくの避暑だったのに、賊のせいで大変だったね」
「まあな。……でも、俺は、けっこう面白かったよ」
「肝が座ってますね、殿下」
「賊の話じゃない。お前と、馬に乗って…釣りして、虫取ってさ」
湯浴みをし損ねた殿下からは、焦げたような陽だまりの匂いがした。
目を閉じて、口元だけ微笑みを残し、彼は寝息を立て始める。
そっと、殿下の頭に顔を寄せた。
サラサラした髪が私の鼻先に触れる。
なんでか、私の胸がギュッと痛んだ。
体の傷なんかより、ずっと痛いな。
本当に、この胸の痛みは何なんだろう。
☆
馬車から荷物を下ろしながら、私はラベナに文句を言ってた。
「なんで誰も起こしてくれないかな」
「よく寝てたし、カメオも寝かせておけって言ったからな」
私と殿下は、王都につくまで眠り続けてしまった。
ほぼ一日だよ、朝から夕刻まで。
夜に眠れる自信がないや。
ラベナがクククッって面白そうに笑う。
「何?」
「いや、殿下とお前が仲良く寝てる姿を思い出してな」
「……悪趣味だな」
「マローも大変だったんだから、移動時間くらい寝ててもいいさ」
そう言うラベナは王妃殿下達の護衛で、ずっと馬の上だったんだろうから。
やっぱり、体力が違うってことかな。
裏切り者の衛兵は、深緑の森から一番近いダクネスという村の牢に入れられた。
金に目が眩んだ衛兵が、山賊を手引きして王家の別荘を襲い、近衛兵に粛清された——というのが、表立って流された事件の内容のようだ。
ゼンはカメオさんが何処かに連れてった。何処に連れて行ったかは敢えて聞かない。彼は死んだ事になってるからね。尋問で、なぶり殺しだって。
地下室から妃殿下の部屋へ報告に上がった時の、カメオさんの大根役者っぷりが凄かった。
「妃殿下様……大変に申し訳ございません。賊の頭を殺してしまいました」
「……え?」
「手加減はしたつもりだったのです。ですが……あまりに頑固な男で」
「マローの治癒魔法は効かなかったのですか?」
「妃殿下様。治癒魔法は、死にかかってる人間には効きますが、死んだ人間には無力です」
「あ——そう。そうね、そういうものよね」
「申し訳ありません。仲間が他にいないのか、根城はどこか、聞き出そうとしたのですが」
「……どちらにしろ、あの者は反逆罪ですから。斬首になったでしょう。気に病まないで」
「妃殿下様。そのご寛容な御心に、私は深く痛み入ります」
ここで歯を食いしばって震える、カメオさん。
私も殿下も、皆んながカメオさんを信じたのが、信じられなかったくらい。
でも、まあ。
よく考えれば、あの、カメオさんだ。
尋問でやり過ぎたっていうのは、すっごく信憑性に溢れてるんだよね。
王宮に戻ったのが夕刻だったから、荷物を運び込むと、すぐに湯浴みと食事だった。移動に疲れた妃殿下やベルナンド殿下は、早々に自室へ引き上げて、お休みになった。
メイドも近衛兵も夜勤仕様になる時刻に、殿下が私の部屋のドアを開く。
予想通りといえば、予想通りなんだけどね。
「マロー。眠れる薬くれ。目が冴えて眠れない」
……まあ、仕方ないか。
ブックマーク、嬉しい(^ ^)ので。
今日は二回あげます。
読みに来てくれてる方も、ありがとうです。
昨夜の地震、ちょっと怖かったなぁ。




