表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/80

帰路

 けっきょく、避暑地からは二日ほど前倒しで王都へ戻ることになった。

 別荘の広間、血だらけだしね。


 私はホロに囲われた薄暗い貨物馬車に乗り込み、荷物の間に転がって物思いに耽ってた。


 ノクターンから王都へやって来て、まだ一年も経ってない。

 でも——今の私は、お婆ちゃんのまじないが無くても、殿下を守りたいと思ってる。


 けっして丈夫とは言えない体で、王族ならではの面倒に晒され、それでも——周りを気遣う。


 彼なら立派な国王になってくれるだろう。


 所詮は一介の治癒魔法使いである私に、そう思わせる所が王の器なんだろうな。


 叩き込まれた薬草の知識と、治癒魔法だけで、どれだけの事ができるんだろう。ラベナのお陰で、少しは護身術が使えるけど——。


 この先を思うと、いろいろ、不安だな。

 もっと鍛錬しなくちゃ。


 私はボンヤリした意識の中、自分の左胸に手を当ててみる。

 ——これが本当に聖痕で、私が聖痕の乙女だというなら。


「私の願いを叶えてくれたっていいのにな」


 他の誰かじゃなくてさ。

 私自身の願いを叶えてはくれないもんかな。


  ゴロゴロと車輪の音が響く馬車の中で転がってると、薄暗さと揺れで微睡んでくる。あんまり寝てないし、魔力切れも起こしてる。


 このまま、少し寝てしまおうーー。

 そう思って目を閉じたら、ホロの一部が捲れて外の明かりが入って来た。


「マロー」

「………殿下。移動中の馬車を動いたら危ないでしょ」

「ラベナに手伝ってもらった。別に危なくない」


 彼はのそのそと荷物の間を移動して、私の隣に転がった。


「どうかしましたか? 体調悪いですか?」

「……眠い」

「ああ。寝不足だもんね」

「レオナがいると寝られない。ここで寝る」

「いいですけど、あんまり眠ると夜に眠れないですよ」

「薬だせばいいじゃん」

「すぐ薬に頼るのは感心しない」


 荷物の隙間は、そこまで広くない。

 殿下は、私の肩に頭をつける形で横になってる。


 彼との距離が近くて——。

 なんとなく、居心地が悪く感じた。


「殿下。もう少し離れましょう?」

「んなこと言ったって、ここは狭いじゃん」

「でも、暑いでしょ?」

「馬車の中は、どこも暑いよ」


 ——まあ、そうなんだけど。


「……疲れたな、マロー」

「はい」

「そういや、お前、傷はどうなんだ?」

「もう塞がってるって言ったじゃない」

「見たわけじゃないし」

「……見せろって言うんですか?」


 殿下はモゾッと動いて、私の方を向いた。

 綺麗な目にジッと見られると、なんか居心地の悪さが加速するなぁ。


「見せろなんて言ってない。お前さ、自分が女だって自覚ある?」

「ありますけど?」

「なら……俺に見せるとか、ありえなくないか?」


 少し拗ねたように、上目遣いで私を見る。

 なんだろな。


「あのさ」

「はい?」

「俺を守るのに怪我をするな」

「……また、無茶を言いますね」

「無茶じゃないだろ。あの時だって、お前が飛び出さなくても良かっただろ? 俺の刺し傷をお前が治癒すりゃ良かったんだから」

「バカ言わないで。刺さり処が悪ければ死んでる」

「同じ言葉をお前に返す」

「殿下を守るのが私の仕事です」


 彼は疲れたように溜息をつく。


「お前の体に傷なんか残ったら、俺が困るんだよ」

「なんで殿下が困るんですか」

「……いつかは、お前だって嫁に行くだろ。体に——傷跡なんかつけるな」

「大丈夫ですよ。私は殿下が王になるまで嫁に行きませんから」

「はぁ? 何言ってんだよ。お前、行き遅れになる気か?」


 だって、そういう運命だし。


 ……いや、嫁に行けないわけじゃないか。

 殿下を立派な王にすればいいだけで。


「体に傷の一つ、二つあるくらいで、文句を言うような男には嫁ぎません」


 彼は微妙な顔で私を睨む。


「お前に傷が残るのは、俺が嫌なんだってば」

「殿下が気にするような事じゃないですよ」

「……素直に分かったって言え。俺のために体に傷はつけるな」


 頑固だなぁ。

 言葉には力があるから、断言したくないんだけど。


「努力します」

「最大限な」

「はいはい」

「マロー」

「分かりました」


 殿下は私を見ると、小さく微笑んだ。


「約束な」


 すっごく眠そうだな。

 寝不足なのもあるけど、やっぱり疲れてるんだよね。


「せっかくの避暑だったのに、賊のせいで大変だったね」

「まあな。……でも、俺は、けっこう面白かったよ」

「肝が座ってますね、殿下」

「賊の話じゃない。お前と、馬に乗って…釣りして、虫取ってさ」


 湯浴みをし損ねた殿下からは、焦げたような陽だまりの匂いがした。

 目を閉じて、口元だけ微笑みを残し、彼は寝息を立て始める。


 そっと、殿下の頭に顔を寄せた。

 サラサラした髪が私の鼻先に触れる。


 なんでか、私の胸がギュッと痛んだ。

 体の傷なんかより、ずっと痛いな。


 本当に、この胸の痛みは何なんだろう。


 ☆


 馬車から荷物を下ろしながら、私はラベナに文句を言ってた。


「なんで誰も起こしてくれないかな」

「よく寝てたし、カメオも寝かせておけって言ったからな」


 私と殿下は、王都につくまで眠り続けてしまった。

 ほぼ一日だよ、朝から夕刻まで。

 夜に眠れる自信がないや。


 ラベナがクククッって面白そうに笑う。


「何?」

「いや、殿下とお前が仲良く寝てる姿を思い出してな」

「……悪趣味だな」

「マローも大変だったんだから、移動時間くらい寝ててもいいさ」


 そう言うラベナは王妃殿下達の護衛で、ずっと馬の上だったんだろうから。

 やっぱり、体力が違うってことかな。


 裏切り者の衛兵は、深緑の森から一番近いダクネスという村の牢に入れられた。

 金に目が眩んだ衛兵が、山賊を手引きして王家の別荘を襲い、近衛兵に粛清された——というのが、表立って流された事件の内容のようだ。


 ゼンはカメオさんが何処かに連れてった。何処に連れて行ったかは敢えて聞かない。彼は死んだ事になってるからね。尋問で、なぶり殺しだって。


 地下室から妃殿下の部屋へ報告に上がった時の、カメオさんの大根役者っぷりが凄かった。


「妃殿下様……大変に申し訳ございません。賊の頭を殺してしまいました」

「……え?」

「手加減はしたつもりだったのです。ですが……あまりに頑固な男で」

「マローの治癒魔法は効かなかったのですか?」

「妃殿下様。治癒魔法は、死にかかってる人間には効きますが、死んだ人間には無力です」

「あ——そう。そうね、そういうものよね」

「申し訳ありません。仲間が他にいないのか、根城はどこか、聞き出そうとしたのですが」

「……どちらにしろ、あの者は反逆罪ですから。斬首になったでしょう。気に病まないで」

「妃殿下様。そのご寛容な御心に、私は深く痛み入ります」


 ここで歯を食いしばって震える、カメオさん。

 私も殿下も、皆んながカメオさんを信じたのが、信じられなかったくらい。


 でも、まあ。

 よく考えれば、あの、カメオさんだ。

 尋問でやり過ぎたっていうのは、すっごく信憑性に溢れてるんだよね。


 王宮に戻ったのが夕刻だったから、荷物を運び込むと、すぐに湯浴みと食事だった。移動に疲れた妃殿下やベルナンド殿下は、早々に自室へ引き上げて、お休みになった。


 メイドも近衛兵も夜勤仕様になる時刻に、殿下が私の部屋のドアを開く。

 予想通りといえば、予想通りなんだけどね。


「マロー。眠れる薬くれ。目が冴えて眠れない」


 ……まあ、仕方ないか。



ブックマーク、嬉しい(^ ^)ので。

今日は二回あげます。


読みに来てくれてる方も、ありがとうです。

昨夜の地震、ちょっと怖かったなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ