賊4
地下へ向かって歩く途中、殿下が少し押さえ気味に聞いてきた。
「マロー。ああいうの、どこで覚えたんだ?」
「はい? ああいうの?」
「男の……急所狙うとか」
「ああ、祖母の得意技です」
「!! 大魔女の?」
殿下、そんなに目を見開いたら目玉が落ちますよ。
「そこまで驚きますか? お婆ちゃんは悪漢に絡まれたくらいで、魔法なんか使わないんですよ。どんなに体格のいい男でも、あそこは急所らしくて、よく潰してました。あ、完全にじゃないですよ? あれ、潰れてなくても痛いらしいんで。子供の私でも対抗できる手段として仕込まれました」
——ん?
殿下が軽く引いてるし、カメオさんまで苦い顔してる?
カメオさんが苦笑に近い笑いを漏らして言った。
「なるほどな。それで、躊躇しなかったわけか」
「いやぁ、本音を言えばやりたくない。気持ち悪い感触だし、汚いし。ただ、ちょっと、キレちゃっただけです」
殿下がふるふると首を振ってる。
どういう反応?
「……お前が本気でキレないように、俺も言動に気をつける」
「嫌だなぁ。殿下の潰したりしませんよ。国益を損ねますからね」
すごく微妙な顔で見ないで欲しいな。
カメオさんが片手で小さな扉を押すと、椅子にグルグル巻きにされた灰色髪の男が居た。
——で、その頭の上に。
「フクロウ?」
「厳密にはフクロウじゃない。コイツは俺の配下にいる妖魔だ。名前はアルプ」
「アルプ」
全長は五十センチくらいだろうか、私が森で見かけたフクロウより大きいし、何より色が珍しい。黒というか、灰色というか——そして、目が怖い。鬼灯みたいな色をしている。
思わず殿下の腕を引っ張る。
「なんだよ、マロー」
「いえ、なんか、怖いです」
「妖魔が?」
カメオさんが少し嗤った。
「ああ、マローは聖属性の魔法を使うんだったな。闇属性は相性が悪いかもしれん」
「……へ?」
「ご苦労だった、アルプ。帰っていいぞ」
カメオさんがそう言うと、フクロウは羽を広げて羽ばたき、部屋の隅の暗い影に消えた。
——消えたよ。
「で、殿下。消えた」
「聞いてたろ? 闇属性の妖魔だからな」
「……平然としてる」
「お前、勉強したろ? クーネル王国に生息する妖魔の種類とか、属性とか?」
ああ、こんな所でサボってたツケが。
カメオさんが私を見て狐目を軽く細める。
「マロー。アルプが今回の功労者だってのは覚えておけよ。アイツが知らせてくれたから、いち早く賊の侵入に対応できたんだ。無闇に嫌うな。妖魔だって役に立つんだからな」
——ああ、あの、フクロウの鳴き声か。
にしても、カメオさん。やっぱり、妖怪枠の人なんだな。
あんな怖いのを配下に置けるとか、人間じゃない。
裏切り者を下ろしたカメオさんは、目の前にいる灰色髪の人に目をやった。
「要望通りに、治癒魔法の使い手を連れてきたぞ。喋れ」
「……そこの衛兵に聞かれたく無い」
「気絶してるさ」
「途中で意識が戻るかもしれない」
「注文が多いな」
カメオさんは懐から何か出して、転がってる衛兵の耳にツッコミ、ポケットからスカーフを出して目隠しした。なんでも持ってる人だな。
「あの」
「ん?」
「何をしたんですか?」
「耳に綿詰めて、上から目隠し。ついでに耳の上も一緒に巻いとけば、見えないし聞こえない。手足も縛って拘束してあるだろ? この状態で、額に水を零し続ける。ピチャン、ピチャンとな」
「……拷問?」
「そうだ。覚えておけよ、マロー」
なぜに私が覚える必要があるのだ。
「ほら、これで意識が戻ったとしても聞かれないぞ」
「分かった」
灰色髪の男は、ゼンと名乗って、私を見つめた。
「王都の東、ミリュの町に小さな教会がある。俺の妹は、そこで療養してるんだ。名前はヴィオラという。妹を保護して、あんたの治癒魔法で診てもらえると言うなら、今から話すことを何処ででも、誰にでも証言する」
彼はふっと目を落とした。
「ヴィオラはグラハム公爵の援助で療養している。俺が仕事をしくじれば、ヴィオラが殺される」
「……脅されてるんだな」
「そうだ。だが、それは言いわけだ。王太子を殺そうとしたのは——俺だ」
「確かにな」
殿下は眉間に深い皺を寄せた。
「ゼン。お前は毒を飲んだな? お前が死ねば妹が助かるのか?」
「公爵の使いとはそう約束した」
「確証はないな」
「ああ、だが、俺には選べない」
カメオさんが、ポリッと顎を掻いた。
「標的は王太子か」
「その通りだ」
腕を組んだカメオさんが、溜息をついて殿下を見る。
「………殿下。ここで聞いたことは他言無用です」
「分かった」
——え?
「ちょ、カメオさん! 殿下は暗殺されかかったんですよ!」
「マロー。コイツの証言一つで、王弟が裁けるとでも思ってるのか?」
「でも……」
「安心しろ。国王へは詳細を報告しておく。妃殿下には漏らすな」
「なぜですか?」
「心労を増やすだけだ。それで良いですか、殿下?」
「それでいい」
それでいいって——。
ルーガ殿下は、私を見ると困った顔で笑った。
「暗殺されかかったのは、初めてじゃない」
「……え?」
「全部が叔父上の手の者とも思えないし、頻繁に起こる事でもないから……お前に言うつもりは無かったんだけどな」
カメオさんが引き受けるように続けた。
「だからこそ、王家の家系図は頭に叩き込んでおけ。王位継承者と貴族の関係は、直接ルーガ殿下に関わることだ」
——継承者争いってこと?
お婆ちゃん。
一命を賭しても、王太子を立派な王に育てよ——それは、健康管理の話だけじゃなかったんだね。
カメオさんは腕を組んだまま考えてる。
「あんたは、死んだことにしてもらう。問題はコイツだ」
裏切り者を横目で見たゼンは、少し皮肉な笑みを浮かべた。
「心配ない。コイツは俺の名前も知らなきゃ、生まれも知らない。賊の頭だと信じてるはずだ」
「あんたが生きてるって知れたら、こちらが暗殺者を把握してるという事も知られる。まあ、隠す気がどのくらいあるか疑問だがな」
「俺は殺されても構わない……妹を保護して欲しい」
ああ、また。
灰色髪のゼンが——すごく悲しそうな目をした。
少し考えたカメオさんが頷く。
「——いいだろう。お前の妹はこちらで保護する。ただし、お前にはコチラ側で働いてもらう。目の届く所に居てもらうぞ。証言者の一人にはなるからな。……どうでしょう、殿下」
殿下は少し考えてから頷いた。
「分かった。カメオの案に乗る。賊は全員が死亡した。ソイツの処遇はお前と父上に任せる」
「承りました」
ルーガ王太子は私の方を見つめて、小指を出した。
「お前も誰にも漏らすな。もちろん、母上にもだ。約束しろ」
「……殿下」
「約束しろ。マロー」
私は軽く溜息をついて、彼の小指に自分の指を絡めた。
「あなたが、そうお望みなら」
「ああ。お望みだ」
殿下は小さく笑って絡めた指を揺らした。
知らなかったな——。
この子は、この華奢な肩にどんだけのモノを背負ってるんだろう。
まだ——子供だっていうのに。
カメオさんがニヤッと笑った。
「さて、マロー。食堂から水瓶を持って来るから手伝え」
「え? 水瓶?」
「言っただろ? 額に水滴を零すんだよ」
カメオさんは、裏切り者を見てニヤニヤしてる。
ほんと、怖いよ、カメオさん。




