賊3
妃殿下の部屋へ戻り、皆さんにジャスミンティーを振舞っていると、扉を開いてラベナが顔を覗かせた。つるっと綺麗なのは顔だけで、髪も乱れてるし服には血が飛んでる。
ここへ来るのに顔だけ洗ったんだね。
「マロー居ますか? カメオさんが呼んでます」
「はい?」
「ああ、ここは俺が変わるから、大広間へ行ってくれ」
「了解しました」
私がカップを置いて立ち上がると、なぜか殿下まで立ち上がった。
「殿下。呼ばれてるのは私です」
「煩いな。俺が付いてっちゃダメなのかよ」
ラベナが少し考える様子で殿下に言う。
「待ってた方が賢明ですよ、殿下」
「なんでだ」
「……広間は、ちょーっと刺激の強い光景になってるので」
「マローには見せられるんだろ?」
「俺は反対したんですけど、カメオさんが大丈夫だって言うんで」
「なら、俺も平気だ」
困った顔のラベナが私を見るけど、殿下はこういう時、頑固で引かないんだよな。
「マローさん。ルーガを連れて行って下さい」
王妃殿下が、そう言って立ち上がった。
「……妃殿下様」
「この子は未来の国王です。ここが襲われたのも、私達が居たからでしょう。自分の目で何が起こっているのか、見定める良い機会になりますから」
彼女にそう言われてしまっては——。
「仰せの通りに致します。では、参りましょう、殿下」
妃殿下がルーガ王太子に寄って、背中に手を触れる。
「どんな光景でも怯えない。いいわね? 怯えれば、周りの人の迷惑になるわ」
「分かりました」
二人は視線を交わして、改めて私に視線を移す。
「よろしくね、マローさん」
「……はい」
——面倒だなぁ。
だって、大広間は血の海だと思う。
死体も転がってるだろうし。
チラッと殿下を見たけど、彼は無言で前を見て歩いてる。
仕方ないなぁ。
☆
大広間へ入ると、カメオさんが仁王立ちで五人の男性を睨みつけてた。
「来たか、マロー。殿下まで?」
「母上に見定めて来いと言われた」
「左様でございますか」
危惧していた程の惨状では無かった。血の跡は残っているけど、死体は——たぶん、衛兵に片付けさせたんだな。彼らの服に血がついてるから。
カメオさんは、殺気を放ちながら衛兵を睨んでる。
「彼女は大魔女リリサの孫だ。知ってる者は知ってるな? 王太子殿下の側付きだ。治癒魔法の使い手で——半殺し程度なら回復してくれる」
——間違ってはいないけどね。
なるほど、私は彼らを脅すのに呼ばれたわけか。
「嘘は聞きたくない。なぜ、賊が別荘にまで侵入できたのか教えろ」
だよねー。
この別荘の敷地を守ってるのは、衛兵の彼らなんだから。
「なぜ、黙ってる。衛兵長!」
「も、申し訳ありません!」
「謝る前に状況を説明せんか!」
「——我らにも、何が起こったのか掴めてません」
跳ねるように飛んだカメオさんが、衛兵長を蹴り上げた。
ハッキリ言って、どんだけの身体能力なんだろ。
五メートルは離れてたよ、五メートル。
蹴り飛ばされて転がった衛兵長の横には、すでに移動したカメオさんが立ってる。
「掴めてないで済むか? 別荘は広く壁で閉ざされてる。門を開かなきゃ、あの程度の賊が侵入できるわけがない。裏切り者が居るんだろ?」
カメオさんの殺気は、広間一杯に広がって感じられた。
「どいつが国王への忠誠を売った」
衛兵の一人が真っ青になって震えてる。
——ああ、分かりやすい。
カメオさんが口元だけで嗤う。
「お前か」
真っ青になってた男が、突然に踵を返して走り出す。
こういうのを条件反射というのか、逃げられるわけないのに。
私は腰から抜いたナイフを投げ、そいつの足を止めた。
うん。太ももに刺さったね。
男はナイフの刺さった足を抱えて転がった。
「い、痛ってぇ。………このアマ!」
カメオさんが飛んでって、転がった男の腹を蹴り上げた。
「誰がアマだ! マローは体を張って王太子を守ったんだぞ! 足にナイフが刺さったくらいで喚いてんじゃねぇ! それでも男か、金玉ついてんのか!」
私は微笑みながら、その男とカメオさんに近づく。
「潰しましょう。そんな無意味な玉は。ソレが無くなったくらいでは死にません。どいて、カメオさん」
カメオさんが、少し戸惑った表情になったけど、私は少しキレてた。
コイツのせいで、殿下がどれだけ怖い目にあったことか。
振り上げた足を股間に落とすと、そいつが悲鳴を上げた。
足の感触から、潰れてはいないって分かったけどね。
まあ、痛いんだろうなぁ。
「う、あぁぁぁぁぁ!」
股間を押さえて転げ回る男を見て、衛兵達が顔を引きつらせてる。
私は蒼白になって、脂汗を浮かべてる男の胸ぐらを掴んで睨みつけた。
——殺すぞ、この野郎って思いながらね。
「あんた、忠誠を誓って衛兵になったんだよね? 衛兵にはそういう儀式、あったよね? 何に引き換えたんだ。言ってみなさい。あんたの誇りは何に変わったんだ? 金か? 女か? もっと違う何かなのか?」
すっごく嫌だったけど、仕方ないから、今夜はこれで三度めになる治癒魔法を放った。実際、すでに魔力ギリギリ。男の腰回りがオレンジに光ると、男は目を瞬かせて私を見た。痛みが消えて良かったね。
「さぁ、話してみな。それとも、もう一回、潰してやろうか? 何しろ、私は何度でもソイツを潰してやれる」
「や、や、やめ。はな、はなす」
涙と鼻水でグチャグチャの顔。
汚いなぁ。
胸ぐら離して、思わずキュロットで手を拭く。
こんなクズ野郎を触るのは、金輪際ごめんだわ。
小さな笑い声が聞こえたと思ったら、カメオさんが私を呼んだ。
「くくっ、マロー」
「なんですか」
「やり過ぎだ。そいつ、怯えてて上手く話せないぞ」
転がってる男はヒクヒクと泣きながら私を見てるし、衛兵の方々も青い顔で私を見てる。
ふいっと殿下を見たら、彼もビクッと一歩下がった。
ひどい——殿下のためにキレたのに。
その後の話は簡単だった。金に目が眩んだ男は、相手のことなんか調べもせずに門を開けたそうだ。それが、あの灰色目の男。カメオさんが深ーい溜息をつく。裏切り者はカメオさんに手足を縛られ、猿轡を咬まされ、ついでに一発顎に蹴りをくらって気を失った。
「衛兵長」
「はっ」
「今の衛兵は、ここまで質が低いのか?」
「……申し開きもございません」
カメオさんがスッと目を細めた。
もともとが狐顔、目が線のように細くなる。
「他の衛兵は信じられるのか?」
「無論です。我らの忠誠はクーネル王国に捧げました!」
他の衛兵が胸に腕を当てて、王太子殿下に頭を下げる。
衛兵長がギリっと奥歯を噛んでから、絞り出すように言った。
「今宵の不祥事は全て私の不徳ゆえ、王太子殿下を危うくさせたのは私めでございます」
ルーガ殿下は、ふーっと息をついた。
「処遇は追って沙汰を出す。衛兵長」
「はっ」
「俺はお前を信じる。今夜は妃殿下達の警護に当たれ」
「で——殿下!」
衛兵長が顔を真っ赤にして目を潤ませた。
カメオさんが、裏切り者を片手にぶら下げ、私をクイッと顎で呼ぶ。
「なんでしょうか」
「このまま地下に来い。主犯の尋問だ」
「……私も?」
彼は狐目に笑みを滲ませる。
「お前の尋問は有効で効率がいい」
「褒めてます?」
「もちろんだ。なあ、衛兵長」
声を掛けられた衛兵長は、怯えた目で私を見る。
「そこらの衛兵より、よほど優秀です」
——おいおい。
そんなで大丈夫か、この国ってば。




