賊2
カメオさんは、自分よりずっと大きな男を肩に担ぎ、食糧庫を見回して言った。
「皆さん、お怪我はありませんか? 別荘に侵入した賊は制圧したはずですが、外の様子が分かりません。今夜は一塊りで行動した方が良いでしょう。妃殿下、申し訳ありませんが、皆を妃殿下の部屋へ移動させたいと思います」
王妃殿下が皆んなを気遣うように微笑む。
「そう致しましょう」
女官達が立ち上がると、王妃殿下が私の側へ寄って、隣に立って居た王太子ごと抱きしめた。
「二人とも無事で何よりです。マローさんには、心より感謝するわ。ルーガを守って下さって、ありがとう」
ああ、甘い香りがする。
妃殿下、柔らかくて、暖かい。
「身にあまる光栄です」
そのまま妃殿下の部屋へ移動したんだけど、大広間の扉はピタッと閉められてた。廊下から中を伺うことはできないけど、血の匂いが漂ってたから、うん。ご婦人に見せるものではないんだろうな。
「ラベナが衛兵を呼びに行っています。私は、この男を地下室へ連れて行きますので、マロー。お前がここに残っててくれ」
「了解しました」
「あ、ほら、これを持て」
いつのまに拾ったのか、カメオさんは私に剣を渡した。
狐顔がキュッと引き締まる。
「護衛が武器を捨てるな」
「申し訳ありません」
「……いや。お前には、こっちの方がいいのか」
ポケットから小型ナイフまで出してきたよ。
いつ拾ったんだろ。
やっぱり、妖怪枠のカメオさんは凄いな。
「ありがとうございます」
「体ごと突っ込むの良い判断だ。小柄なお前だから剣をすり抜けた」
カメオさんが、ふっと微笑む。
まともに褒められたの、初めてかもしれないな。
でもさ、私は小柄って程に小さくないよ。
もちろん、女性としてはだけど……。
カメオさんは私の性別をちゃんと理解してるんだろうか。
☆
妃殿下の部屋へ移動した女官の人達も、興奮状態で疲労しているようだ。神経が立って、上手くリラックスできないんだろうな。マリアンヌさんの表情も優れない。ベルナンド殿下だけは王妃殿下に抱かれ、私の薬でクークー寝てる。ほんと、良いタイミングで薬が処方できて良かった。
「マーガレットさん」
「はい?」
私はマリアンヌさんの後ろに控えてるマーガレットさんに声をかけた。
「皆さんにハーブティーを入れましょう。気持ちの落ち着くお茶が良いですね——。ああ、ジャスミンの乾燥葉がありましたよね。ジャスミンティーを用意しましょう」
彼女はキョトンとしてから、大きく頷いて立ち上がる。
「殿下、私はマーガレットさんと食堂まで行って来ます。ここを——任せていいですか?」
彼は小さく頷いて立ち上がり、扉の横へ移動してから手招きで私を呼んだ。
「なんですか?」
「気をつけて行けよ」
「了解です」
「……で、お前の傷は?」
殿下が少し不安そうに私を見る。
「もう塞がってますよ」
そう言って微笑んだら、肩パンチされた。
——なぜに?
「痛いじゃないですか」
「俺は無理すんなって言ったよな」
彼は拗ねたように私を睨む。
「……死んだかと思ったじゃないか」
「殿下——」
「なんだよ」
私は彼の耳に顔を寄せ、小声で言った。
「私は殿下を残しては、決して死んだりしません」
大魔女リリサのまじないが、かかってるからね。
滅多なことでは死なないと思う。
——と、殿下の頬に赤みが差し何度も目を瞬かせた。
少し離れて立ってたマーガレットさんが、キラッキラッした目で、あらって言うのが聞こえた。なんだろうな、あらって。
食堂でマーガレットさんと人数分のお茶を淹れてたら。
「私、あんなにストレートな口説き文句を聞いたの初めてです」
なぜか赤くなって、そんな事を言う。
「……? 口説き文句ですか?」
「マローさんに、あの距離であんな言葉をかけられたら——イチコロですよね」
「ちょ、ちょ、待って下さい。なんのことですか?」
「殿下に言ってたじゃないですか。君を残して死なない的なこと!」
「え? あれは主君に対する忠義的な言葉ですけど」
「また、またぁ」
いや、またまたじゃなくて。
「次は殿下を壁に押し付けて言って下さいね?」
「へ? 押し付ける? そんな、暴力的な」
「殿下を押さえつけるんじゃないです。こう、逃げられないように腕を壁に押しつけて」
「……そんな事しません。不敬罪で殺されます」
「殿下とマローさんのそういうシーンを見られたら、私は死んでもいい!」
——マーガレット。
お前、頭が沸いてんじゃないのか?
「……妙な妄想は止めて、お茶淹れに集中しましょうね。これは、妃殿下もお飲みになるんですから」
「あっ——すみません」
彼女は両頬に当てていた手を下ろして、慎重にハーブティーを淹れ始めた。
うん。この子との距離感は、少し考えた方が良いかもしれない。




