賊1
避暑地で過ごすのも、あと数日になった夜のこと。
「今夜は皆んなでカードゲームをしましょう。夏の思い出に!」
王妃様の提案で、広間に集まって夜を楽しむことになった。王族である王妃様が、息子達とこんなに一緒に過ごせるのは希少なんだろうな。
王都にいる時は、殿下とも夕食の時間くらいしか会わないようだしね。彼女は避暑地についてから、すごく機嫌が良いんだってマーガレットも言ってた。
マリアンヌさんに頼まれて、ベルナンド殿下には、少し眠くなる甘いお薬を出した。普段と違うことで興奮気味だというし、何度か夜泣きしてたそうで、幼児の体力も考えて夜は眠ってもらいたいと言うのでね。
そんなわけで、ベルナンド王子はマリアンヌさんの腕の中で、すでに半分目を閉じてる。
ルーガ王太子、王妃様、ラベナ、なぜか——私の四人が席に着き、クレイジーエイトというカード遊びに興じようとした時、ホーーホーッとフクロウの鳴き声が聞こえた気がする。と、カメオさんが緊張した声を出した。
「……皆さん、落ち着いて聞いて下さい。侵入者のようです」
みんな一様に緊張し、目を合わせている。
「女性達と殿下は、食料庫に避難して下さい。あそこは窓がありませんし、出入り口が一つです。マロー」
カメオさんが強い視線で私を見た。
「その出入り口は、お前が守れ。食料庫へ行く前に武器庫に寄って剣を持て、殿下あなたも剣を持って下さい。ラベナは俺と一緒に来い」
また、ホー、ホーッとフクロウが鳴いた。
「屋敷に侵入して来るぞ、急げ」
王妃様が立ち上がって、女官達を静かに見る。
「行きますよ」
お美しいだけでなく、肝の座ったご婦人だ。
私と殿下は武器庫に寄って剣を手にし、武器庫の入り口に錠前を掛ける。その間に王妃殿下達は迅速に食料庫へ避難して下さった。
「では、殿下も食料庫へお入り下さい」
「いや、俺もここで——」
「入って。私が突破されたら、妃殿下達を守るのは殿下だけなんだから」
彼はキュッと唇を噛んだ。
「分かった。……マロー」
ふいっと首を引っ張られたと思ったら、殿下が私の頬へ自分の頬を寄せた。私を掴む手が、少し震えてる。殿下、緊張してるんだ。そうだよね、私も少し怖い。
「無理はするな」
「大丈夫。一緒に剣技の訓練をしたでしょ?」
広間の方で激しい物音が聞こえてくると、彼は私を離してキツイ目でそっちを睨んだ。
「……頼んだ」
「お任せ下さい」
背後で扉が閉まると、私も臨戦態勢に入る。
賊は何人なんだろう。
ラベナやカメオさんは大丈夫だろうか——。
——と、背の高い男が闇の中に立つのが分かった。
私は指を弾いて明かりを作り出す。
灰色の髪に灰色の瞳、背は国王ぐらいある。要するに、デカイ男が剣を片手に突進して来た。一撃目は上から、何とか自分の剣で止めたけれど、力が全く違う。両手で掴んだ私の剣が震えて、押されてる。
力では、絶対に押し負ける。
剣を離した私は、身を屈めて足首の小型ナイフを掴んで、男の太ももへ刺した。
だが——男は怯むこともなく、蹴り飛ばした私ごと扉を蹴破る。
腹を蹴られて蹲った私は、痛みで上手く呼吸もできない。
だけど、絶対に敵から目を切っちゃダメだ。
女官達の悲鳴が私の耳をつんざく。
——足止めもできないなんて。
と、男の動きが変わった。
手首から何か飛び出してる。
男は殿下を見た。
頭の中で、お婆ちゃんの声が聞こえる。
——朝に太陽が昇り、夜に月が輝くように。
私は跳ねるように立ち上がって、殿下を抱きかかえた。
「マロー!」
背中に何か刺さるのを感じる。
私はすぐに向きを変えて、自分の背に殿下を隠す。
——体が痺れてくる。毒が塗ってあったのか。
腰から、もう一本のナイフを掴み、男を睨みつける。
男の剣が振り上げられた。
待ってたら切られる。
——私は男に向かって走り込み、ナイフごと体を当てた。
灰色の目が見開かれ、まだ動けるのかと私を見つめる。
足が痺れて動かなくなってく、ずるずると、そのまま膝をつく。
体に力が入らない。
私を跨ごうとした男の首に、カメオさんの腕が絡むのが見えた。
カメオさんは、そのまま両手で男の首を回しながら後ろに引き倒す。
間に合った。
さすがカメオさん。
でも——ヤバイ。視界が歪んできてる。
私は急いで自分に治癒魔法を発動した。
殿下が駆け寄って来て私を抱く。
「お、おい! 大丈夫か!」
「……刺さったの………抜いて下さい」
殿下が無言で背中から刃物を抜いてくれた。血液と一緒に毒が吹き出し、私の傷が塞がってく。意識がはっきりしてきた。ああ、ビックリした。死ぬかと思った。
「マロー! コイツ、毒を飲んだ。死なせるな!」
カメオさんの強い声で、私は立ち上がって殿下を狙った男に駆け寄る。泡を吹き出した男の首を掴み、全力で治癒魔法を発動した。死なせてたまるか——コイツには、殿下を狙った罪をたっぷり償ってもらわなければ。
胃液と一緒に飲み込んだ毒が逆流して吐き出される。混ざった血液も一緒に吐き出され、男の顔が苦悶に歪む。
私は掴んだ首を引き寄せて、男の耳に呪詛を流し込んだ。
魔術は使えない。
でも、呪ってやると本気で思った。
「簡単に死ねると思うな、下郎が。殿下を狙った罪はお前の命一つで贖えるものじゃないぞ」
男の目が開かれ、灰色の瞳が私を見つめた。
酷く——悲しそうに見えて、私は男の首を投げ捨てる。
カメオさんが小さく息をつき、男を拘束して、私の腕を軽く叩いた。
「よくやった、マロー」
「カメオさん」
「生きてるのはコイツだけだ。俺が——尋問する」
お、おおぅ。
私はその夜一番の恐怖を感じた。
カメオさんが、魔王みたいな顔してる。
——怖い。




