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避暑中2

 次の日の朝、殿下は何事もなかったように、ラベナや王妃様と談笑してた。

 食事も普通の量を食べられていたし、顔色も悪くはない。


 ただ——。


「マロー。頼むから、俺をそういう目で見ないでくれない?」

「そういう目とは?」

「嫁の粗探ししてる姑みたいな目だ」

「殿下は、どこでそういう品のない言葉を覚えてくるんですか」

「衛兵と訓練してみろ、品のある言葉を探す方が難しいぞ」


 嫌そうに私を睨む。


「だって、昨日の今日ですから」

「黙ってろよ」

「黙ってるじゃないですか」


 殿下が軽い溜息をつく。


「大丈夫だよ。あんなの日常茶飯事だし」

「……殿下」


 ベルナンド王子が走り込んで来て、殿下の足に抱きついた。


「にー。むし!」

「ああ、虫取りな。分かった、行こうか」


 殿下は兄らしく微笑んでベルナンド王子を抱き上げる。


「今日は別荘の庭を出ないから、側についてなくていい。ベルナが一緒だから、カメオがついてくる」

「そうですか……」

「ベルナと虫取りするだけだよ」

「……分かりました」

「だから、そういう目をすんなよ」


 殿下は呆れ顔で私を見てから、ベルナンド王子を連れてテラスの方へ歩いて行ってしまった。


 分かってる。

 どんだけ彼を観察したって、昨日の失態は失態だ。


 私は自分の手を広げて手の平を見る。

 なんでだったんだろ。


 ——なにせ、あんたはあたしが知る中でも指折りの治癒系魔法使いだからねぇ。


 お婆ちゃんはそう言ったのに。

 私の治癒魔法は、殿下を一度では治癒できなかった。


 辺りを見回して、植え込みの後ろに座る。

 なんというのか——今は誰の目にも映りたくない。


 きっと、私が動揺していたせいなんだろう。

 殿下が一人で発作を起こしてた事に、すごく動揺したから。


 だからって——。

 いざって時に動揺して魔力減なんて、私ってなんて使えないんだ。


 膝を抱えて風にそよぐ木々の葉を見つめた。

 歌ってるみたいな、騒めきが聞こえる。


 ふっと人の気配を感じて、足首のナイフに手を伸ばすと。

「何をヘコんでんの?」

 ラベナのゆるい声が聞こえた。


「ラベナ」

「マロー。なんか、朝から暗いよ?」

「自分の仕事に自信を失ってる所」


 彼は首を捻りながら、私の隣に座る。


「なんでだ? マローは良くやってるじゃないか」

「もっと良くやれるはず」

「……お前な。王都から移動しても熱を出さず、あまつさえボート遊びに興じる殿下なんか、はっきり言って脅威だぞ」


 ラベナはふいっと空を見上げて、懐かしむような目をした。


「一日動けば熱を出し、二日動けば喘息発作、俺はそんな殿下しか見たことない」

「……まさか」

「本当だよ。まあ、それも成長してくウチに間隔が開いてったけどな」


 小児の喘息は成長と共に治ってゆく事が多い。

 そうは聞くけど——。


「マローは、自分だけがルーガ王子の側付きのつもりか?」

「健康管理は私の仕事だし」


 ラベナがポンッと私の頭に手を乗せた。


「一人で何でも抱え込むなよ。だいたい、お前だって十六歳の小娘なんだしな」

「小娘って…クーネル王国で、十六歳っていったら成人だよ」

「去年まで未成年だろ。成人ですね、そうですかって、すぐ大人になってたまるか」

「………偉そう」

「そりゃな、俺はマローより年上だし」

「……ラベナって幾つなの?」


 彼は青い目を大きく開いて、呆気に取られたように私を見る。


「お前、俺の歳を知らないのか? 半年も同僚やってて?」

「知らない」

「……どんだけ俺に興味ないんだよ」


 そんな事を言われても、ラベナの歳は私の仕事と関係ないしさ。


「俺は十九歳だ。マローの三つ上。だからな、頼っていい」


 私が黙ってるとーー。


 ラベナは少し離れた所から、私達を見てた殿下に視線をやった。

 おかしいな、植え込みの陰になってたハズなのに、皆んなに場所がバレてる。


「ぶっちゃけ。お前がヘコんでると、殿下のテンションが上がらないんだよ」

「ラベナ。私も人間だよ。テンションの低い日だってある」

「……そうだろうけどな」


 困った顔のラベナが、何度か目を瞬いた。


「少し、ほっといてくれないかな」

「……分かったよ」


 彼は立ち上がると、ポンともう一度、私の頭に手を置いた。


「けどな、さっきのは本気だ。何で自信を失くしてんのか知らないが、もう少し周りを頼れよ」


 ——申し出は、ありがたいし。元気付けようとしてくれたのも分かる。けど、今の私には逆効果だ。頼れなんて言われると、やっぱり力不足なのかって……落ち込んでくる。


 少しして、タタタタッと小さな足音が聞こえた。


「マロー。マロー!」

「ベルナンド殿下」


 彼は私の名前を覚えてくれたらしい。

 私の首っ玉に飛びついて、柔らかな頬をひっつけてくる。


 ——ああ、可愛い。


「むしー! ちゅかまえた!」


 小さな手にギュッと握られているのは。


「ダンゴムシですね」

「ダンゴ?」

「お団子みたいに丸くなる虫」


 と、私の頭にポンっと何か乗っけられ、顔を上げると殿下が私を見下ろしてた。


 夏の日差しが彼の顔に濃い影を作って、前髪の隙間から覗く目を強調してる。黒曜石のような瞳は大きくて、鼻筋の通った形の良い鼻や、少し薄い唇、細くて尖った顎——ほんとに、綺麗な子だ。まるで、壊れ物みたい。


 ソファーの陰で、隠れるように丸まっていた殿下を思い出し、胸がギューっと痛くなる。


「……殿下」

「やるよ」


 ベルナンド王子がニコニコっと笑った。


「マロー。可愛い」

「……これ?」


 手にとってみると、草花で作られた花かんむりだった。ポーチュラカ、サンミスト、サンフラワー、夏の花が集められた花かんむりは、色も鮮やかでとても綺麗だ。


「お袋に教わって作った。お前にやる。ほら、ベルナ、行くぞ」

「マロー。ゆくー!」

「ベルナが来いってさ。あっちで、お茶入れてくれてる」


 ——ああ、泣きそう。


「行くぞ」


 殿下はベルナンド王子を抱き上げると、伺うような視線で私を見た。


「……ありがとうございます」


 私の言葉に小さく溜息をつく。


「お前、ヘコミ過ぎなんだよ。調子でないだろ? あっち行って、茶を飲むぞ」

「……はい」


 胸の辺りが、キュンじゃなくて、ギュッと——痛い。

 なんだろ、コレ。


 


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