避暑地到着2
運んだ荷物を整理して、到着日は終わり。
遊びに行くほどの時間もないしね。
私は殿下の使う部屋で荷物を整理してた。
「見慣れない服が何着もあるね」
少したっぷりした半袖シャツや、薄手の生地の長いズボンばかり。
お洒落な薄手のカーディガンとかもある。
そのかわり、ハーフパンツや七部丈が消えている。
「ああ。この間、城下に出たろ? ラベナに見繕ってもらって、夏服を買ったんだよ」
「……なるほど」
「なに、不服そうにしてんだよ。お前にも買ってやったろ」
「はい。この夏服はとても気に入ってます——が」
殿下は椅子の上に胡座をかいて、私を見上げる。
「なんだよ」
「なぜ、ハーフパンツがない?」
「……子供っぽいだろ」
「似合ってたのに」
「煩いな」
睨むかな。
本気で似合ってたのに。
すんなり伸びた細い足が、ニョキッと出てるあの感じ。
大人でもなく幼児でもない、独特の感じは今しか見られないのに。
「なにヘコンでんだよ」
「だって、私は殿下の綺麗な足が好きなのに」
「……お前、さいきん変態発言多いな」
「履きましょうよ、ハーフパンツ。暑いんだし」
「処分した」
「ラベナのお古でいいから」
「嫌だ」
私が見つめると、殿下は綺麗な眉をひそめてソッポを向く。
これが——自我の芽生えってヤツか?
大人への第一歩?
「お姉さんは寂しい」
「誰が姉だ」
ドアが開いたと思ったら、ラベナが入って来る。
この男は、本当にノックしないな。
貴族の子息だろ?
マナーはどうなったんだ。
「殿下。食事の前に風呂に入れるそうですよ」
「……面倒」
「疲れが取れますから、是非とも入りましょう」
殿下は軽く溜息をついて立ち上がる。
——あ。
「マロー。着替えを出してくれよ」
「殿下。また、背が伸びた」
「……だから服を買ったんだろうが」
なんてことだ。
これじゃあ、座っている時だけでなく、立ってる時でさえ、つむじが見えない。
彼の頭は私の肩のラインを超えつつある。
「マロー? ボンヤリすんなよ」
「あ、はい」
「風呂に入ってくるから、脱衣所に着替え出しとけ」
「……はい」
「なんなんだよ。なんで、俺が伸びるとヘコむの?」
「私の愛らしい殿下が、どんどん遠くへゆくようで」
「お前のじゃないし、愛らしいって、気持ち悪いな」
「気持ち悪いって! 側女にしてくれるって言ったのに」
殿下が急に激しく瞬きした。
「全力で嫌がったろうが! お前を側女とか、絶対にない。ないからな!」
そんなに赤くなって睨まなくたって。
ちょっとした冗談なのに。
彼は、フーッと息を吐き出すと。
「……いいから、着替え出しとけよ。俺の次に自分も入るんだろ」
「分かりました」
彼はフンッと背中を向けて部屋を出てしまった。
ラベナが深い溜息をつく。
「マロー」
「なによ」
「殿下は第二次成長期って言わなかったか?」
「言ったけど」
「少しづつ、男になってくんだからな?」
「殿下は、もともと男の子じゃない」
何が言いたいのか分からん。
ラベナが憐れむような目で私を見てるし。
「そういう事じゃない。距離感っての大事にしろよ」
「何が言いたいのさ」
「一人前に扱ってやれって言ってんの」
「……別に甘やかしてるわけじゃないけど」
はぁーって。
溜息深いな。
「まあ、いいや。殿下の着替え持て。風呂場を教えてやるから」
「……頼みます」
☆
私は、いつも殿下のお風呂が終わったあとに浴室を借りてる。
すごく助かるんだよね。
痣があるからさ。
本来なら、こんなゴージャスな浴室は使えない身分なんだけどね。
女官には女官達の共同浴場があるからさ。
私は高価そうな陶器の湯船に触る。
すべすべ、滑らか。
お湯が少し緩いくらい、なんでもない。
人前で裸になる方が気を使う。
それにしても。
「やっぱり、男の子って面倒だなぁ」
王宮へ来た当初は、もう少し子供っぽかったし、甘えてくれたような気がするのに。
最近は何だか私にツンツンしてるし。
——お婆ちゃん。子育てって難しいんだね。
お風呂の後に夕食で、殿下やお妃様、ベルナンド王子の食事を給仕する。私は殿下の後ろに立って、彼の食事のお世話をしてる。飲み物を足したり、食べ終わったお皿を下げたり。ラベナも少し離れた所に立って、殿下や王家の食事を見守ってる。近衛兵としてね。
ベルナンド王子には、マリアンヌさんが付きっ切り。マリアンヌさんは品の良い中年女性で、あたりが柔らかくて気のつく女性だった。王妃様の後ろには、お側付きの女官が一人とカメオさんがついてる。
ゆったりとしたドレス姿の王妃様は、見てるだけで心が洗われるくらい綺麗。ベルナンド王子はお妃様に似てらして、金髪に赤毛の混ざった髪をして、ガラス玉のような茶色の瞳をしてる。すっごく愛らしい。
王妃様が、自分のグラスに水を注ぐカメオへ、少し面白そうに聞いた。
「そういえば、カメオはマローさんが気に入ってるのね?」
「そういう事もないですが」
「あら、そう? 疾風に乗せてたじゃない?」
「あれは、疾風が彼女に興味を持ってたからです」
殿下のグラスにオレンジージュースを注いでると、王妃様が私を見て微笑む。
「マローさんが乗りたがったからじゃなくて、疾風がマローさんに興味を持ったから乗せたの?」
「はい。あの子が人に興味を示すのは珍しいですからね。しかも、乗せたいような素振りは非常に珍しい」
「そういうのも……分かるのね?」
カメオさんの表情がキラキラと輝き出した。
「無論です。疾風の気持ちなら、手に取るように分かります。マローを乗せた疾風の表情ときたら、自慢気で優し気で、いつになく愛おしい様子でした」
少し俯いた彼の顔がパァッと赤く染まり、拳を握って小さく震えてる。
——ああ。
なるほど。
彼は疾風の表情に萌えていたわけか。
この人、やっぱり私の予想の斜め上を行くなぁ。
少し離れた場所にいるはずなのに、ラベナの押し殺した笑い声が聞こえた。
顔を上げていつもの表情に戻ったカメオさんは、私を見て珍しく微笑む。
「疾風がアレだけ気にいる人間は珍しい。マローは動物に好かれるんだな」
「え? あ、はあ。恐縮です」
「きっと、動物よりなんだろうな」
……動物よりってどういう意味だ。
人間は動物だよ。
なぜか私の前に座ってる殿下まで、小さくクククッと笑う。
伝染したかのように、王妃様もハンカチで口元を抑えて小さく笑ってた。




